村の外から来た男
海水浴場とするには高く荒々しい波が打ち寄せる砂浜。
右手には漁港、その後ろは高台がありてっぺんには灯台がたっている。
太平洋に面した、この小さな漁村では、1日の始まりはいつも海からやってくる。
灯台の麓にはこんもりとした森があり、中には神社がたっている。昔はいまある社の北側、海を背に建っていたらしいけれど、江戸時代ぐらいからは今の場所に移ったらしい。
この辺りは暖かい。そのせいか、神社を囲む鎮守の森には千手観音がその幾つもの腕で力こぶをつくっているかのような、奇怪な形の木がある。海辺から離れた隣の集落ではみないこの変な木は、南方系の暖かい地域に生える木なのだと、神社の案内板にはそう書かれている。
神社の掲示板には「肝だめし禁止」の注意書きがあり、神社とその周りの森が地元の子供達の遊び場になっていることがわかる。
神社から海に向かって急な階段を降りたところにあるバス停に、肩からリュックを下げて、日差しよけか帽子を被った男が降りたったのは5日前のことだった。
男はバスを降りると、目の前にある漁港へと歩いて行った。堤防の先から海を眺め、ひとつ大きく伸びをした。
夏には海水浴客やサーファー、釣り人もくるこの漁村では、村人でない人というのは珍しいものではなかったが、その男はよく来る観光客とはどこか違った雰囲気を醸し出していたらしい。
水揚げが終わったあとの漁港でその日の後片付けをしていた村人の一人が、その男の様をよく覚えていた。
ありゃあ、なんだろうね。海に遊びに来た風でもなかったが。
その男を記憶に残していた村人は多かったらしい。それは単に男の雰囲気が変わっていたから、というだけでなく、男自身が行った派手な聞き込みにもよるものだった。
堤防で海を見て伸びをした男は、そのまま、くるりと海に背を向けると集落内をうろうろと歩きまわり、であった村人に、この集落のことや高台にある神社のことを聞きまわったらしい。
漁港を超えた海岸べりに住む夫婦によれば、男はこの集落の歴史に興味があったのだという。
村の高台、神社の奥には小さな前方後円墳がある。その周りには小さな横穴式の墳墓群もあった。海の幸と温暖な気候ゆえ、ことの地には太古の昔から人が住んでいたのだといわれている。
また、ある家の婆が軒先きで干物を干していると件の男がやってきて、その家の歴史について、かなり食い下がってきいたらしい。婆が、うちは昔から漁師でここら一帯の家はみんなそうだと言っても、家の造りを見せてほしいだの、先祖の話を聞かせてくれだの言って家に上がりこもうとしたらしく、婆はとても難儀したと言った。
男は高台にある神社にも行ったらしい。神社の由来を聞き、境内にある本堂の周りをぐるぐると回っていたと、お守りをうっている巫女が言った。本堂の屋根をみてはぶつぶつとつぶやき、柱に刻まれたレリーフを指差してはぶつぶつとつぶやいて、少々気味が悪かったのだと巫女は怯えたように言った。
男は本堂だけでは飽き足らず、共に祀られている4つの祠のことも気になったらしく、中には誰が入っているのかと神官に尋ねてもた。
神社の参道は、奇怪な形の木がまるでトンネルのようになっていて、昼間でも薄暗い。男はこの参道にたち、コンパスをもっては仕切りに本堂の方向や古墳の方向、朝に海から昇ってくる太陽が見える方向を念入りに調べていたようだ。
そうして、なにやら村のことを調べていた男が、神社の本堂の脇にある鳥居とも言えない小さな木の門に気がついたのは必然だったといえよう。
普通の鳥居には上部に二本渡されているが、その鳥居のようなものには一本しかなかった。巫女が最後に気がついたのは、男がその鳥居の前に立ってその先をじっと眺めているところだったらしい。
社務所にいた巫女が手元にある帳簿を書き終えて再度境内を眺めた時にはもう男の姿はなく、君の悪い男が消えてくれて、正直なところほっとした、と後に語った。
その鳥居をくぐると右手には宮司の自宅が、左手には鎮守の森の中央へと至る小径があり、足元に小さな看板がおかれ、立ち入り禁止と書かれていた。
緑のリュックを片手に、日差しよけの帽子をかぶった男はどうやら日帰りの客だったらしい。男が目撃されたのは、その日1日だけだったようだ。
ただ、5日前の夜に神社で肝だめしをした悪ガキの一団がいて、そのうちの一人が誰かが本堂横の鳥居をくぐって行くのを見たと言ったらしい。村人がその鳥居の奥に行くことはまず無いので、子供は怖くなったのだという。その子は家に帰って、母親に泣きついたが、肝だめしなんだから怖いことがあって当たり前だろう、これに懲りてもう肝だめしはするな、と叱られた。
この日集落内の旅館には利用客もなく、真夜中で終バスも終わったころであるから、日中うろついていた帽子の男も帰っているはずで、村外の誰かがいるはずもない。
4日前の朝、海から太陽が昇ってきたころ、朝一番のバスがいつものように高台の麓、漁港の前から出発した。漁港からはいつものように漁師たちの活気あふれる声が響き、バスに乗ったのは学校へ行く村の高校生たちだけだった。




