表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/37

3章『脱色者』 その2

 赤里の眼前では、酸鼻を極めた光景が繰り広げられていた。


「あはは……はははははははっ! ダメよ! そんなのじゃダメよ! もっとよく狙いなさい! かすりもしないわよ!」


 飛び交う弾丸、舞い躍る刃を恐れるどころか、従えるように跳躍、疾走し、一人の可憐な少女――グリが、花を散らすように多数の人間を殺していく。

 得物は己の手足、ナイフ、銃……時には敵のものも奪って使い、急所を的確に捉えた一撃の下に命を絶つ。

 効率よく殺すために、必要なものを躊躇なく、最大限用いる。


 彼女の仕事ぶりを初めて目の当たりにして赤里が抱いた感想は、純粋な賛嘆であった。

 茶禅が評価した通り、最強の殺り手に相応しい殺人能力だ。

 仕事内容によって求められる要素が少々異なってくるため、今回だけでは全てを判断できないが、こと正面きっての殺人においてはグリの方が上だろう。

 赤里は、素直に力量を認めた。


 赤里の出る幕はほとんどなかった。

 せいぜい、自分を優先的に狙ってくる相手を確実に切って仕留める程度だ。

 もっとも、このような展開になったのはグリが事前に、


「ここは任せて。私の実力、知っておきたいでしょう?」


 と、切り出してきたからなのだが。


「はい、あなたで最後」

「や、やめ……うわあああああっ!」


 残った標的の首を、仕事前に赤里から借りたナイフで掻っ切る。

 不気味な高音を伴う鮮血の噴水が、仕事の終わりを告げる合図となった。


 四十二人の武装した男たちは一人残らず死亡。

 実行者は一組の男女。所要時間四分二十七秒。被害は、無し。


「お疲れ」

「あなたもね……いやよ、拭いて」


 差し出されたハンカチを受け取らず、グリはキスをせがむように顎を上に傾けた。

 赤里は小さくため息をついた後、言われた通りにしてやる。

 が、相当量の汚れは、ハンカチだけでは到底追いつかない。

 応急的に目鼻や口周りを拭う程度に留めておいた。


「どうだった? 私の実力」

「大したもんだ。俺より出来るよ」

「そんなことないわ。赤里の前だから、ついつい張り切っちゃっただけ」


 グリは、はにかんだ。


「だけどな、ちょっと派手すぎやしないか」

「場面次第ではちゃんと静かに仕事するわ。安心して」


 そうだろうな。赤里は声に出さず同意した。

 狂っているように見えるほど高揚していた精神状態とは裏腹に、手口は冷静極まりない。

 嬲ることも手心を加えることもせず、ムラなく一発で確実に殺している。


「それにしても、脱色者の追跡だけじゃなくて、他の仕事も平行してこなさきゃいけないのは面倒ね」


 赤里とグリは既に案件を抱えているにも関わらず、このように別の案件も行わなければならなくなったのは、言うまでもなく人員が減ったためだ。

 今遂行した『暴力団の皆殺し』は、本来青依と翠佳が担当するはずの仕事だった。


「ぼやくなよ」

「しょうがないじゃない。ただでさえ最近、欲求不満なんだから」

「毎朝のように、俺の横で火照ってるのにか?」

「それは……赤里がいつも冷めた目で見てるだけで、何もしてくれないのがいけないんじゃない。それとも、そういう遊びなのかしら?」


 大量殺人を行った後だというのに、グリは乙女のような恥じらいを見せる。


「もうそろそろ来るはずだが……」


 いつものように赤里が無視していると、黒スーツの男が音もなく事務所の入口に姿を現した。

 組織の後始末係だ。


「お疲れ様でした」

「いえ、俺はほとんど何もしてません。いつものように、後始末お願いします」

「はっ。……それと、脱色者二名の件ですが、新たな情報を入手致しました」


 男は慎重に血だまりを避けて歩み寄り、少しだけ厚いA4サイズの封筒を赤里に手渡した。


「任務で疲れているならば一日休暇を取っても構わないと、茶禅様がおっしゃっていました」

「そうですか、分かりました」


 後始末を男に任せ、赤里とグリは手配された車に乗り、用意された場末のホテルへ直行する。

 裏口から部屋に入り、老朽化した浴室で順番に一汗流した後、電話でピザの出前を頼むと、


「赤里……私、ちょっと疲れちゃった」


 グリが抱きついてきた。

 赤里はしっかりと服を着ていたが、グリはバスローブ姿、しかも下に何も身に付けず、前を開けたままの羽織った状態だ。

 異性としての大切な部分が直に赤里の目の前へ晒され、押し付けられているが、彼は特に反応を示さない。

 かと言って、無碍に扱うこともしない。

 今この時のように鮮烈なスキンシップを取られても、振り払うことはしなかった。


「だからって俺の体力を吸い取るなよ」


 安いシャンプーとボディソープの香りを嗅ぎながら、赤里は言った。


「吸い取っちゃお」


 悪戯っぽく微笑んだ後、グリは赤里のシャツのボタンを外していく。

 そして下にのぞく、彫刻のように絞り込まれた肉体の随所へ、唇で愛撫をし始めた。


「意外と古傷が少ないわよね」

「臆病だからかもな」

「優秀な殺り手の証拠よ」


 おどけた発言を真面目に返され、赤里は苦笑する。


「この傷が一番はっきり残ってるわね」


 唇や舌でつつとなぞられたりするが、痛みはない。

 赤里は全く抵抗しなかった。

 ピザが来るまでこのくすぐったさに耐えていればいい、などとぼんやり考える。


「本当に素敵よ、赤里。あなたは私の、最高のパートナー……」


 皮膚がふやけそうなほど、グリの体温が上がっているのが感じ取れる。

 粘膜よりも、彼女が特に意識させず触れ合わせている肌の方が、赤里には心地良く感じられた。




 注文から二十五分後、熱々のピザが二枚、部屋に到着する。

 仕事の後ということもあり、折よく空腹になっていた二人は、早速切り離してかじりつこうとするが、ふと思い出して動きを止める。

 赤里は立ち上がり、部屋の隅に据え付けられている小さなシステム冷蔵庫を開けた。


「そうだよな、忘れてた。ピザを食べると喉が渇きがちになるから、飲み物がないとな。……お、ビールがあるじゃないか。やっぱピザにはビールだよな。グリも飲むか?」

「何日か前にも言ったでしょ。私、ビールは嫌いなの」


 そうだったっけか、と赤里は思う。

 彼がよく覚えているのは、翠佳は大のビール好きだということのみだった。


「ミネラルウォーターはあるでしょ? それちょうだい」

「了解」


 ボタンを押して缶ビールとペットボトルのミネラルウォーターを取り出し、後者をグリに渡す。

 これでやり残したことはない。やっと食事にありつける。

 たっぷりの肉やシーフードと、粘性のあるチーズを存分に口内で愉しんでやろうと思った矢先、今度は赤里の携帯電話が鳴動しだした。


「ったく、誰だ。空気を読めよ」


 若干の苛立たしさを感じつつ、先に食ってていいとグリに手で合図し、電話に出る。

 最初の応答でも態度を軟化させていないのは、相手が茶禅でないと知っていたからだった。

 茶禅は原則的に電話をかけてこず、何か用がある時は組織の人間を介して伝えてくる。


 一分ほどの短い時間、雑なやり取りを交わした後、赤里は舌打ちして通話を切った。


「誰から?」


 ピザに手を出さず、水だけを飲んでいたグリが尋ねる。


「同僚。"橙希"と"会桃"って言って分かるか」

「ああ、知ってるわ、一応」


 平坦な語調が、彼女の無関心具合を物語っていた。


「それで? 用件は?」

「もし自分達が俺達よりも先に青依と翠佳を見つけたら、始末してもいいかってさ」

「え、何それ? 違反行為じゃないの。二人を始末するのは赤里と私でしょう? 何を勝手なこと言ってるのかしら」


 無関心が、一瞬にして嫌悪に変わる。

 グリは赤里以上に憤慨した様子を見せた。


「許せないわ。茶禅さんに掛け合って止めさせましょう」

「落ち着けよ。とりあえず先に飯食おうぜ。これ以上冷えさせちゃ、ピザに失礼だ」

「……赤里、もしかしてホッとしてない? 自分の手で幼なじみを殺さずに済むかも、なんて思って」

「まさか」


 赤里は、グリの顔を一直線に見つめて断言した。


「仮にあいつらが俺達より先に翠佳たちを見つけたとしても、気にするようなことは欠片もないんだよ」


 何故ならば。

 二人があの程度の雑魚にやられるはずがない。






「――って、赤里君は考えてるんだろうね」


 西の空に沈みかかっている巨大な太陽を背に、長身痩躯の青年・橙希は眼鏡をずり上げる。


「あはは、ウケるぅ~。つ~かムカつくぅ~」


 毛先が跳ねた髪とミニスカートの制服が特徴の少女・会桃は、両手に持っているリボルバーをガンスピンさせながら、けたたましい声で笑い立てた。


「あたしらの方が上だっつ~のに、な~にチョ~シこいちゃってんのかな?」


 ぴたりと、スピンさせていた銃を停止させ、周囲を見回す。


 二人が今いる場所は、都市部から離れた所に位置するゴルフ場。

 周りを森に囲まれ、民家などの建造物からも離れているだけでなく、この日は"諸般の事情"で貸切になっており、完全に一般人から切り離された領域となっていた。


 二人のいる位置を中心として、おびただしい死体が放射状に転がっている。

 その数は優に百人を超えているであろう。

 さながら大量虐殺後のような凄惨な光景だ。あるものはズタズタに、全身の骨をバラバラに、またあるものは顔面を蜂の巣にされている。


『組織に敵対する武装集団をおびき寄せ、殲滅せよ』


 それがこの日、橙希・会桃の両名が組織より受けた任務であった。 


 これだけの人数を相手取ったにも関わらず、二人とも疲労の色がないどころか、かすり傷一つさえ負っていない。

 ただオレンジの太陽光だけが二人を灼き、いびつに細長い影を芝生や砂地に描き出している。


「つーか橙ちゃん、マジで逃げた二人、殺っちゃうの?」


 言いながら、会桃は橙希に発砲した。

 二発、三発、四発、五発……


「もちろん。女の人の方はどうでもいいけど、青依君は大嫌いだから」


 至近距離にも関わらず、橙希は全ての弾をわざとギリギリの所で避けながら、涼しい顔で答える。


「踏み潰して、握り潰して、脳天から叩き潰してやりたいくらいに、ね。逃げ出してくれて感謝してるよ。殺すいい理由付けができた」

「ふ~ん。じゃあ、あのおばさんはあたしが殺っちゃっていいってことだよね」

「ああ、思う存分壊してやるといいよ。お友達の赤里君も『できるならどうぞ』って言っていたよ」

「えへへぇ、やったぁ~!」


 会桃は、二つの銃口を橙希から頭上へと向け変え、残りの弾丸を全て撃ち放した。

 渇いた轟音は、憎い元競合者の血を求める、二匹の狂暴な獣の哮りだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ