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2章『白よりも赤が好き』 その1

「なあ赤里。お前、最近仕事の時以外は何してる?」

「こうやってお前たちと酒飲んだり、飯食ったりしてる」

「そうじゃなくてよ、趣味の話だよ。趣味」

「分かってる、冗談だ。そうだな……猫と遊んだり、釣りに行ったりだな」

「ふーん」

「随分薄い反応だな、自分で質問しときながら」

「いや、悪い。俺も最近何か新しい趣味を持とうと思ってよ。お前の意見を参考にしたかったんだ」

「どうした? 疲れてるのか」

「ある意味、永久に疲れが抜けない職業だからな。疲れてるっちゃあ疲れてるよ」

「青依は相変わらずだな」

「そりゃそうだ。翠佳が来たら、あいつにも聞いてみようぜ。……お、来た来た。ようやくご到着だぜ。俺らの――」






「――大切な人を、殺せるの?」


 車を走らせ始めるなり、助手席に座っているグリは、赤里に向かってクリティカルな質問を投げかけてきた。


「……出来る出来ないで言えば、出来る」


 わずかな沈黙を挟み、赤里はハンドルを握って前を見つめたまま、答えた。

 何故自分たちの関係性を知っているのかと一瞬疑問に思いかけるが、茶禅から聞いたのだろうと自己解決する。


 コンビを結成して教会を出た赤里とグリは、すぐに青依と翠佳の追跡にかかっていた。

 これまでに組織が集めていた目撃情報を基に、二人が今も潜伏している可能性のある場所へと車を走らせる。


「もし辛いなら、私が一人で全部やってあげましょうか」

「いや、それはいい」


 即答する。


「契約した以上、俺が引導を渡す。組織の掟は絶対だからな」

「……そう、真面目なのね。安心したわ」

「どういう意味だ?」

「私のパートナーが、きちんとした人で。私、こんな性格だから、真面目な人じゃないとバランスが取れないわ」

「自覚してるのかよ」


 互いに笑い合う。

 もっとも赤里の方は、ぎこちなさが完全に抜け切ってはいなかったのだが。

 胸の締め付けがそうさせるのだ。


「俺の方からも質問させてくれ」


 それを掻き消すように、赤里は話題を切り替えた。


「いいわよ、何でも聞いて」

「その手の衣装、いつも着てるのか?」

「ええ、こういう雰囲気の服が好きなの。それに、私にとても似合ってるでしょ?」


 自信満々なグリに、赤里は「そうだな」とだけ返した。

 確かにコンテストでも開けば、どんなに低く見積もっても上位入賞は間違いないだろう。


「反応が薄いわね」

「言ってることがあまりに正しすぎて、すぐに言葉が見つからなかったんだ」

「黙って待ってたら、他にもっと喜ぶことを言ってくれるの?」

「この世のどんな精巧な西洋人形よりも似合ってるよ」


 今度はグリの方が言葉を途切れさせた。

 赤里は、一瞬だけちらりと横目で顔色を窺ってみる。

 不機嫌になった訳ではないようだ。唇だけが、少し震えてたわんでいる。

 が、視線に気付くと、すぐ元に戻る。


「赤里は他に、好きなコスチュームはあるの?」

「あるよ。スーツなんかいいよな。こう、胸元が開き気味のやつでさ」

「……それ、私に対する嫌がらせ?」


 グリは不機嫌な顔を作る。

 小柄で華奢な体つきの彼女には酷な注文であった。


「いいや、将来の期待を込めての激励さ」

「将来? やだ、もう……!」


 わずかに頬を染めるグリを見て赤里は、案外単純な部分もあるのかもしれないと思った。

 あとは、あのエキセントリックな一面の対処法を考えねば……


 としばらく考えていたが、結局思いつかず、車はとある繁華街へと差し掛かる。

 車を降りると、待っていたと言わんばかりに、グリが赤里の手を握ってきた。


「緊急時の対応が遅れるぞ」

「大丈夫よ。私の強さはもう知ったでしょう? それとも、私には触られるのもイヤ?」

「まあ、そんなことはないけどさ」


 赤里は苦笑し、左手の親指を動かしてグリの肌をなぞる。

 柔らかくすべすべした感触が心地良いが、それ以上の感情が湧いてこない。


「うふふふ」


 グリからも同じことをやり返される。

 やはり赤里は何も感じない。疑問ばかりが色濃くなる。

 彼女は高確率で、自分に対して恋愛感情のようなものを抱いている。

 赤里も、それが分からないほど鈍感ではない。


 ただ、一体どこを気に入ったのかが分からない。

 容姿は平凡、性格も別に良くはない。

 人並以上なのは稼ぎと殺しの腕ぐらいだ。

 だが殺しの腕も稼ぎも、グリは自分と同程度有しているだろう。

 一目惚れするには電流が弱すぎる。

 鉄の掟だった恋愛禁止が解除され、たまたま最初に出会った『恋愛対象になり得る異性』が自分で、つい盛りがついてしまったのだろうか。


 このような推論を口にするほど、赤里はデリカシーの欠如した性格でもなかった。

 計算もある。

 下手にグリを拒んで、好感度を下げるのは得策ではないと考えていた。

 赤里が、繋いだ手を振り払わなかったのもそのためだ。

 下手を打って初対面の出会い頭のように、エキセントリックな行動に走られてはめんどくさい。


 そしてもう一つ。

 グリを万が一にも、単独で青依や翠佳と遭遇させたくなかった。


「行こう」

「ええ、行きましょう」


 繁華街は昼間から賑わっていた。

 ほとんど隙間なく詰め込まれた、統一感に欠けるデザインの看板や建物に挟まれた広くもない道を、ひっきりなしに人が歩いていく。

 あちこちからBGMや呼び込みの声が飛び交い、一つの不協和音となり空気を揺るがす。

 今は日中だからまだいいが、夜になればもっと眩しく、狭く、やかましくなる。

 そうなると、捜索は更に難しくなるだろう。


「"脱色者"さんたち、何もこんな所に逃げなくていいのに」


 グリがぼやく。

 二人がまずこの繁華街を捜索することを決めたのは、組織から提供された最も新しい目撃情報が、この街近辺に集中していたためだ。

 ディスカウントストア、ホテル、路地裏、家電量販店――

 だが、未だ決定的な手がかりはない。

 正確な滞在場所が判明していないのだ。


 そのため、目撃地点周辺をうろつき、時には立ち止まり、自らの目や耳といった器官を使って探し出す。

 ひどく効率の悪い方法だが、これは赤里の発案であった。


 警察ではないので、手当たり次第聞き込みはできない。

 事情が事情のため、街を裏で仕切る顔役に協力を要請する訳にもいかない。

 恐らく青依と翠佳の二人も、これらを見越した上で人混みに紛れることを選択したのだろう。


「私はいいけどね。これはこれで、デートみたいで楽しいから」


 赤里にとって幸いだったのは、グリも特にこの作戦を反対しなかったことだ。

 ただ一つ、気になったことは、


「つーかな、やっぱり目立ちすぎだろ」


 グリの姿が、街の景色からあまりに浮きすぎていることである。

 似たような嗜好の持ち主たちが集う通りではまだ紛れられるかもしれないが、この場所は明らかに空気が違う。

 好奇・疑惑・称賛・欲情……行き交う人間の過半数以上が、グリに様々な感情を込めた視線を送っている。

 しかし、当の彼女は注目されるのをとても喜んでおり、無い胸を張って微笑む。


「あら、いいじゃない。好きに見させておけば」

「いや、ダメだろう。俺達みたいな仕事をしてる人間は特に」

「ほんとに真面目さんね。でもそんな所も素敵よ」

「じゃあ着替えようか」

「買ってくれる?」


 グリは、前方に見えるファッションビルを指差す。


「……しょうがないな」


 後で経費として請求しても落ちなさそうな気もするが、仕方ない。


 ――そして。


「どう? 似合う?」

「ああ、いい具合に地味になったな」


 縁の太い伊達眼鏡を両手でくいくいと動かすグリを見て、赤里はため息混じりの褒め言葉を吐く。

 あらかじめ覚悟はしていたが、時間と体力の消費は相当なものだった。

 ファッションビル内全てをくまなく見て回る勢いで着替えを選び、何回もの協議や説得を重ねた結果、全てのアイテムを揃えるまで三時間近くかかってしまった。

 いや、三時間近くに抑えられた、と言うべきか。


 ただ、これで赤里が不機嫌になることはなかった。

 むしろ都合が良い。


「赤里がプレゼントしてくれたこれ全部、大切にするわね。ありがとう」


 合計しても大して高い買い物でもないから、別に使い捨てても構わないが。

 赤里はそう思いながらも、悪い気はしない。


「行こうぜ」


 アースカラー中心の、えらく落ち着いた色とシルエットになったグリを伴い、赤里は捜索の再開を促した。


「……見つからないわねぇ」

「まあ、こうなるよな」


 日も消えて夜の帳が下り、繁華街が本格的に華やいできた頃、二人の集中力にも衰えが見えてきた。


「私、お腹空いたわ」

「同感だ。今日はこの辺で切り上げよう」

「そうね」


 グリも賛成する。

 着替えを済ませた後、コーヒーだの紅茶だのケーキだのフルーツパフェだのと、なし崩しにカフェで軽食をつまみはしたのだが、短時間の捜索でも意外とカロリーを消費したらしい。二人とも空腹感に襲われていた。


 捜索期限は特に指定されていないため、焦る必要はない。

 人員を最低限に抑えている辺り、組織側もそこまで二人の始末に力を入れていないのだろう。

 これまでの態度を見る限り、グリもあまりやる気に燃えている訳ではないようだ。

 二人は組織に反逆したり、他勢力に情報を持って行こうとしている訳ではなく、単に自己都合で逃げ出しただけで、さほどの不利益はない。

 せいぜい示しがつかなかったり、赤里ら他の殺り手の仕事量が少し増す程度だ。

 幼なじみのせいで仕事量が増えても、赤里としては一向に構わなかったが、他の連中がどう思うかまでは保証できない。


「どこかで適当に晩飯でも食って帰るか。家はどこだ? 送ってってや……」

「赤里の家に行きたいわ」

「……言うと思ってたよ」


 予想できていたため、夕食を別々に取ろうとは言わなかったのだ。


 夕食を適当なイタリアンで済ませ、駐車場に向かう道中、女子学生のグループとすれ違った。


「羨ましいって思ったりしないのか?」


 赤里は、唐突に浮かんだ疑問をつい口にしてみた。


「全然。私、今の生き方が気に入ってるもの」


 グリは、赤里のややざらついた手を握る力を強めた。

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