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秩序だって群れると言う事は難しい。少なくとも、ここに集まった集団はそうだ。
誰もかれもが飢えていて、誰もかれもが自分の欲を優先した。広がったのだ。
肉体的に自分たちよりも強い存在を前にして、ほんのわずかに人数が多いと言う事に慢心して。包み込めば殺せると何の根拠もなく各々が判断し、薄く細く広がった。
失敗の代価は、血によって贖われる。
恐怖を堪えるための喚声が半ば絶叫と化し断末魔で終わるまではほんの僅かな時間。
最初は角によって胴体を貫かれ串刺しにされ、次に振るわれたそれは粗末な皮鎧を肉もろ共切り裂き、如何にも軽くと言ったように振るわれた腕は容易く人をよろめかせた。
だが、一人足りとて逃げようとはしなかった。逃げてどうなる。背を向ければ紫角に貫かれて死ぬ。逃げ果せても飢えて死ぬ。彼らは飢えによって統率を乱し、飢餓と死によって統率されている。この時、彼らは最も脆弱で最も精強な集団だっただろう。
『死にたくない、飢えたくない』の意思の元、流血の旗の下に意識は束ねられたのである。秩序は成った。さらば後は。
――その時を見計らったかのようにルクードは地面を蹴る。
魂消えた人の肉体を誇るように角に突き刺した紫角に対して見舞うは切っ先を地面に僅かに擦る不慣れで歪な半月。『孔雀の羽』の刃先が存分に敵手の首を薙ぎ、奇妙なほどに真白な角が泥と骸を跳ね上げた。
僅かな空白がその場において現れた。
一振りしただけにも関わらず、息が弾むのを懸命にこらえながら、暗い鳶色を見開きながら周囲に満ちる異形の蛮声に抗う様に少年は言う。先程までに盾と呼称した彼らに対して。
「戦え」
最初は囁くように。
「戦え!」
次は吠えるように。
「戦え!! 死にたくなければ! 戦え!」
半ば叫ぶ彼に対して紫角の角が迫る。必死の形相でリジェールが錆の浮いた剣を上から叩き付ける。ぐら、と揺れて角が地面に刺さる。その首に足を振り下ろすクーウッダを横に。更にその前にはヘクトーが刃毀れの目立つ剣で角を圧し折っている。
弾む、弾む。声が、息が弾む。それでも口は止まらない。戸惑うような雰囲気を背中に感じつつ、ルクードはなおも吠える。
「思うがままに食い! 想うがままに生き! 思うが儘に死ぬために! ただそれだけの為に! ――明日を腹いっぱいに迎えるために!」
――剣術の要諦は、主導権の奪取である。 過去からの声が彼に囁いた。なし崩しでも良いから彼らの長に成らなければならない。自身の腹を満たすために。
「ヘクトー! 頭数は揃えた!」
「――三人で一つの塊になれ! リジェール、クーウッダがルクードの隣に居るように!」
まだ幼さを残した少年の声音に、顔に戸惑いを残してもヘクトーは胴間声を張り上げる。かつては戦士であっただろう巨躯から放たれるそれは自然と威を帯びていた。人数が少なくなった故の素早さか、はたまた死を間近に感じたゆえの怯えか。はたまたヘクトーが左手のない腕で人を差しつつ右手で剣を振り敵を切り倒しているという離れ業の影響か。
薄く広がった人が、落伍者を出しつつも固まっていく。異形はそれを追うために薄く広がって包み込む。退路が断たれることに気付いた目ざといものが逃げ出そうとしたが、角で突かれて死んだ。
人の結束は、流血によって強固になる。彼は皮肉にも集団から逃げ出すことによって集団を強くした。離れれば死ぬ、と強く脳裏に刻み込ませた。
「三人で紫角一体に当たれ! 剣を同時に当てるな、一人は攻撃を避けるように動き、一人は動きを止めるように振り、一人が殺せ! さもなくば死ね!」
ヘクトーの張り上げる声を聴きながら――ルクードは息を吐いた。まだ寿命がほんの少し伸びたに過ぎないが。