闇黒歴4852年 3月8日
闇黒歴4852年 3月8日
今日も暇だ。
先日の勇者の弁ではないが、人間たちのように国でも作り運営すれば面白いのだろうかと思った。
が、今いる下僕どもは私の教育が行き届いているからいいのだが、他の魔物たちはよろしくない。
何しろ彼らは、何かがある度に殺し合いを始めるような協調性のない連中だ。まとめ上げるなど不可能に近く、まとめ上げたとしても何かあがればすぐにでも散開してしまうだろう。
だからといって人間やエルフ、他にもたくさんの種族がいるが、魔物以外のそれらのモノたちを連れてくればいいのかといえば、そちらはそちらでとても面倒だ。
それぞれの種族にそれぞれの面倒さがあるが、そうだな。
人間は力がとても弱いが繁殖力があり、団結力は強いが敵対勢力に対しては残虐性を増す種族である。
私がこの世界に生まれた時にはすでにそういうものであったので、どうしてなのかの理由を知らないが、打倒魔王を旨としているらしく、蠅のようにちょろちょろと動き回り、うっとおしさに捕まえようとすると何故か自害をするやつらである。
別に捕まえて拷問とかするつもりではなく、うっとおしいから人間の国へと帰ってもらいたいだけなのであるが、まあ、そういう理由で捕獲して連れてくるだけでも至難の業だと言えるだろう。
死なさずに捕まえたとしても、その後の飼育が難しいであろう事は想像に難くない。面倒である。
人間の特徴は他にもある。
人間というものは魔物はもちろんのこと他種族に比べても力が弱い。
弱いはずであるのだが、稀にではあるが私の下僕に匹敵するくらいの強さを持った人間が生まれたり、異世界から召喚されてきたり迷い込んだりすることがある。そんな力を持った人間は勇者と呼ばれている。
生まれて100年くらいまでは火事場の馬鹿力のような何かが起こっているのかと思ったのだが、よくよく考えてみると違う事に気がついた。
そもそも魔物連中は人間を襲いはするが、滅亡するほどに追い詰めはしないからだ。
魔王である私とて人間である勇者や戦士の大軍に勝負を挑まれはするが、わざわざこちらから人間を攻め滅ぼそうとした事は一度だってない。
下僕のひとりにそれをしそうなやつはいるが、せいぜいエルフ並みの魔力しか持たない弱く、エルフ程度の力で人間を滅ぼせるはずもない。何より人望もないから人海戦術も不可能であろう。
であれば、あの定期的に表れる勇者の力の源は何であるのか。
人間共は女神の加護だとか世界をまたぐ時についた抵抗力だとか言っているらしいのだが、そもそも女神が居るのならばなぜ魔王たる私に直に挑まずに脆弱な人間なんぞに任せるのか。
物に効果を付与することは間々ある技術であり一流の職人であれば容易に可能である。
しかし、力を知恵ある生物に付与させることはとても難しい技術なのだ。
もちろん魔王である私にとっては朝飯前の何度付与しようが失敗しない簡単な技術である。が、それ以外の存在にとっては一万回挑戦して一度でも成功すればいい方であるくらい難しい技術なのだ。
私に直に挑めないほどに弱い女神程度の力でそれが可能であるのか否か。否である、と私は考えている。
なので勇者の力は女神由来のものではないだろう。
ちなみに女神はちゃんとこの世界に存在している。
私が混乱から回復した時分に気付いたのだが、いつも遠くから私の行動を覗き見ている存在が居たのだ。魔物や勇者と戦っている時はもちろん、就寝時や食事。風呂やトイレへ行く時はさすがに妨害魔法を纏ったが、そんな変態的な覗き魔が女神であると知った時の私の気持ちをどう表現すればいいのだろうか。
最近では女神と書いて痴女と読むようになってしまった。
世界をまたぐ方は、私の前世がこの世界とは違う事。私が歴代魔王の中では最強の力を持っており、未だ何者にも負ける要素が見えない事。その二つの事からして、あり得そうではある。
あり得そうではあるが、それならば何故、私は未だに怪我ひとつ負った事がないのか。
歴代魔王最強である私の力の源がそれであり、勇者の力の源も同じものであるなら、500年もあったのだから怪我のひとつやふたつ、勇者によって負わされていても不思議ではない。
しかし、更地になった城を再び築城してからではあるが、未だに怪我どころか玉座から動いた事もないほどに、完璧に勝ち続けているのだ。
同じ力が源であるのならば、これはおかしいであろう。
異世界から迷い込んだらしい勇者も多いが、全ての勇者が異世界の出身ではない。
私のように前世が別世界の住人であった勇者も居たかもしれないが、そちらは確認のしようがない。
まあ、そういう理由で世界をまたぐ際の魂の抵抗力とやらも違うと私は思っている。
魂の抵抗力とやらを計測する方法が何もないので、絶対にないとは言えないのではあるが。
む、今日の夕飯はニムニムの親子丼であるらしい。
ニムニムは前世でいう鮭のような味の、見た目もサイズもシャチな魔物である。シャチとは違って卵生なので親子丼が可能なのだ。
適度に脂の乗った身のぷりぷりとした食感と、弾力のある卵の柔らかい膜をやぶるととろけだしてくる上品な甘さは癖になる。
下僕の故郷から魔王である私にと贈られてきた上物であるらしい。
貢物を受け取るのも強者であり魔王である私の大切な仕事であろう。楽しみだ。