眠る竜のお話
昔々、ある国に、一匹の竜が住んでおりました。
その竜はとても大きく、また強い力をもつ竜でした。
あまりに大きく、力が強かったので、その竜が動くだけで大地がゆれ、
竜が建物なんかにあたろう時には、その建物は崩れてしまうのです。
竜自身は建物を壊すつもりなんかないのですけれど。
その国の王様は竜が建物を壊すのを見て思いました。
あの竜が、いなくなればいいと。
そう思った王様は次の日には、竜を退治するように国中に命令を出したのです。
その命令に何人もの人々が竜を退治に向かいますが、竜はいなくなることはなく、
竜を退治に向かった人々は誰一人として帰ってきませんでした。
王様は怒りました。命令しているのになぜまだ竜は退治されていないのだと。
怒ったままの王様は国の軍隊を動かし、自ら竜退治に向かったのです。
そのときに何があったのか、詳しくはわかりません。
ただ、王様と軍隊が竜を怒らしたことと、怒った竜が国で暴れた結果その国が滅んだことだけはわかっています。
…知っていますか?竜の身体にある逆鱗という鱗のことを。
竜の身体には鱗が生えているのですが、1枚だけ、逆さに映えた鱗があるんです。
そこに触れるとどんな温厚な竜でも怒り出すというものがあるんですよ。
…あ、ごめんなさい、話がそれましたね。
国を滅ぼした竜ですが、それも怒っていたからの話。
竜が落ち着きを取り戻し、国が滅んでいるのを見たあと、竜は落ち込んだのです。
決して壊したくて壊したのではないのですが、
壊さないようにするには、竜は大きすぎて、そして強すぎたのです。
それは竜が動くだけでそう、なってしまうほどに。
竜は思いました。
動くだけでこれだけのことになってしまうのなら、いっそのこともう動かないようにしようかと。
幸い、といってはなんですが、竜は自分が入れるほどの大きな洞窟を見つけていたのです。
竜は洞窟の中に入っていきました。
洞窟の奥まで入った竜は、途中でわざと尻尾を通路にあてたりしました。
あたった場所は崩れてしまい、通路をふさいでしまいました。
ですが、竜は気にせず奥まで行き、横になります。
竜が崩してふさいだ通路も、竜が自分で行けばすぐに通れるようになるのをしっているからです。
竜が通路をふさいだのは、誰かが来ても見つからないようにしたのです。
もし誰かに見つかって怒らされでもしたら、また暴れてしまうかもしれない。
また、多くのものを壊してしまうかもしれない。竜は、それが嫌だったのです。
竜は横になったまま思いました。
自分が動かなかったら、もう壊さないでいいよね、と。
竜のまぶたはだんだん重くなっていきました。
いい夢、見れるといいなあ。そう思いながら、竜は目を閉じたのです。
***** ***** ***** ***** *****
竜が眠りについてから、長い時間がたちました。
そこに国があったことも知らない人たちが、そこに町を作ってすみ始めたのです。
町から洞窟へは少し離れてはいますが、いけないほど遠くはありませんでした。
そのためか町の人が洞窟内に入ったこともありました。
ですが、竜が眠っていることを知っている人は誰もいません。
竜が崩した通路をみて、そこで行き止まりだとみんなが思っていたのです。
そんなある日、地震が起こりました。
眠っていた竜は、ああ、地震が起きているなあ、とは感じましたが、
またすぐに眠たくなってしまい、そのまま眠り始めました。
眠っていた竜ですが、すん、すん、と竜は鼻をひくつかせました。
何か、甘いような、良いにおいがしたのです。
ここは洞窟の中なのにおかしいな、と竜は思いましたが、
確かに良いにおいがにおうのです。
何のにおいだろう、どこからにおってきているんだろう。
竜は不思議に思いました。
どうにも気になった竜は、あたりを見回していました。
自分が入ってきたときと同じ洞窟の風景が見えています。
ただ、自分が入ってきたときに崩したはずの通路に穴があいているのが見えました。
においはそこからにおってきているようです。
気になった竜は、崩した通路に向かいゆっくりと歩いていきました。
穴に首を突っ込み、そのまま歩くだけで崩れた通路にあいた穴が竜が通れるほどの大きさになりました。
竜はそのまま、においのするほうへ歩いていきます。
だんだんとにおいが強くなってきました。
竜はあたりをきょろきょろと見回しながら歩いて、みつけました。
鼻からも良いにおいがつよくにおってきているのがわかります。
竜が見つけたのは、手に袋を持った、竜をみつめている、小さな女の子でした。
においは、女の子の手にある袋からにおってきています。
「はじめまして、おじょうさん」と竜は女の子に話しかけました。
女の子はじっと竜をみています。
「その袋から、いいにおいがしたので洞窟の奥から出てきてしまいました。それはなんでしょうか?」と竜はたずねます。
女の子は「クッキーだよ」と答えて、袋から1つ、クッキーを取り出しました。
「クッキー?クッキーとはなんでしょうか?」竜は首をかしげます。
竜はクッキーというものを知りませんでした。
「甘くてね、美味しいお菓子なんだよ」と女の子は言い、取り出したクッキーを食べました。
食べているときの女の子の顔はとっても嬉しそうに見えました。
「甘くて、美味しいお菓子なのですか。…どんな食べ物なんだろう」と竜はつぶやきます。
そんな竜の様子を見ていた女の子は袋からクッキーをまた1つ取り出しました。
「あの、食べてみる?」と竜に言うではありませんか。
「良いのですか?ぜひ、いただきたいです」と竜が言うと、女の子が「はい、どうぞ」とクッキーを差し出してくれました。
そのクッキーは女の子の手と同じくらいの大きさですが、竜の手とくらべると小さなクッキーのため、竜は慎重に受け取りました。
「これがクッキー…」竜が受け取ったクッキーのにおいをかぐと、さきほどから鼻にはいってきているいいにおいがしました。
「いただきますね」と竜が言うと、女の子は「どうぞめしあがれ」と言いました。
竜がクッキーを食べ始めると、すぐにさきほどのいいにおいが口全体から伝わってきているのがわかりました。
甘くて、美味しい、良いにおいのお菓子。それがクッキーだと竜は知りました。
「ありがとう、美味しかったです」食べ終えた竜は女の子に言いました。
「どういたしまして。…おかあさんの作ってくれたクッキーだもの、おいしいよね」と女の子は言います。
竜は美味しいものを食べることが出来て嬉しくなっていましたが、ふと、気がつきました。
なんでこの女の子はこんな洞窟に入ってきているんだろう、と。
「ところで、おじょうさんはどうしてこんな洞窟にいるんですか?」
「それは…」
竜の質問に女の子が答えたのは、こんな内容でした。
クッキーを作った、女の子の大好きなお母さんが風邪をひいて寝込んでしまった。
そこで、お母さんに早く元気になってほしいと、お願いをするために四葉のクローバーを探しに来た。
家の近くでは見つからなかったので、お腹が空いたときようにクッキーをもって、今まで来たことのないところまで探しに来た。
その途中、雨が降ってきたので、近くにあった洞窟に入ったけれど、外は風が強くて入り口近くでは雨が入り込んできた。
そのため濡れないためにおそるおそる奥へ進んでいったら、竜とであった、と。
「四葉のクローバーは見つかったのですか?」竜が尋ねます。
「うん、見つけたんだけど…」女の子は、こまったように言いました。
女の子は、四葉のクローバーを見つけたのはいいのですが、
洞窟のある場所がどこにある場所なのかわからず、どこに行けば家に帰れるかわからなかったのです。
「それなら」と竜は言いました。
「クッキーのお礼です。家まで乗せていってあげましょう」女の子は目を丸くして竜の言葉を聴いていました。
「あの、その後でなんですが…」
***** ***** ***** ***** *****
女の子を家まで送ってからしばらくして、竜は以前のように洞窟の奥で眠っていました。
クッキーの良いにおいが流れてきていた穴は、竜が通ったときにより大きな穴になりましたが、
今はまた崩れて、穴もない、行き止まりの通路になっていました。
竜は静かに眠っています。
女の子を家に送ったとき、元気になった女の子のお母さんが竜を見て驚いていましたが、
女の子を無事に家まで送ってくれたお礼に、とクッキーをくれたのです。
…本当は、女の子のお母さんがお礼に出来ることならなんでもします、と言ったところに、
竜が「あの、それならば、その、もしよろしければ、クッキーをいただけませんか?」と言ったのでクッキーをくれたのですけどね。
クッキーをもらった竜の尻尾は、ちいさくですが、嬉しそうに左右に揺れていました。
竜は静かに眠っています。
今はもうクッキーも食べつくしてしまって。
今はもう、どれくらい時間がたったのかもわからないけれど。
竜は静かに眠っています。
あのクッキー、美味しかったな、と思いながら。
また目覚めたとき、何が起こるかな、良い事があったらいいな、と思いながら。
いつか竜にあったなら、美味しいお菓子を用意して、はいどうぞ、とあげてみてください。
喜んでくれるかもしれませんよ。
竜は静かに眠っています。
あの洞窟の奥で、ひっそりと眠り続けています。
この「眠る竜のお話」はサークル「ちーむ_しぷすくろっく」にshipu名義で出したお話CD「うちのNightcap Vol.1」(コミケC87で出しました。在庫たっぷり)の2トラックの内容とほぼ同内容となっております。
(文章としては未発表のため、こちらで文章の発表を行わせていただきました)