第8話 殿と待ち伏せ
殿ルート⑤
※主人公視点
猟奇的な表現があります。苦手な方は、ご注意ください。
[二十七日目]
「……ねえ、どうして無視、するの?」
自宅のすぐそば、人目につきにくい暗がりに『彼』が立っていた。
……ナイフを握り締めて。
「……愛してるんだ……、君が他の男の物になるくらいなら、……君を殺して、僕も死ぬ!」
『狂気のストーカー』
それが、『殿ルート』の別名だ。
『嫉妬モード』か、ランダム『死亡フラグ』が立った場合にこのセリフが出る。
「……私を、殺したいの?」
彼はナイフは構えたまま。でも……こちらの話を聞く気はあるようだ。
「あなたは私のことを『愛してる』のね?」
「……ああ、そうだ、一緒に死のう?」
彼の表情は、長い前髪と眼鏡に隠されている。……だが、彼の口の端が笑みを浮かべているように、私には見えた。
………やばい、『死亡フラグ』が立ってる気がする。
ダメダメダメ!!
『回避コマンド』使用します!!
………………………………
①泣き落とし
②色仕掛け
③調教
………………………………
うーん、どれにしよう。③?……①は、あまり効かない気がする。寧ろエスカレートしそう。
やっぱり、ハニートラップがいいかな?響きが好きだな、ちょっと楽しい。
……そういえば、カマキリって、雄は食べられちゃうんだよね。カマキリの雌の合理主義は、究極のカカア天下だと思う。うん。
……反対に、カニバリズムする人って、男性ばっかりな気がする。性的な倒錯とか、呪術的な意味とか、支配的な意味があるみたいだからかな?女の人は食べないイメージだ、うん。
……などと色々いらない連想をしている間に、選択肢カウントダウンが始まってしまいました。
やばいやばい………えい!
……間に合った!
「……本当に、それでいいの?『死』が二人を結び付けてくれると思うの?」
私の見つめる先は、彼の眼鏡の奥。
……ナイフは、見ない。
ゆっくりと、彼の方に近付く。
「どこを刺すの?お腹?首?それとも、顔?」
『殿』の、いや『遠野くん』の背は高めだ。
だが、猫背気味なので私の身長とあまり差はない。
「このナイフが私に刺さったら、まず痛みで苦しんで顔が歪むわね。それから血がどんどん出て、生臭さと鉄臭さとが周囲に広がるかしら。場所によっては内蔵が飛び出す可能性があるわ」
遠野くんはそれを想像してしまったようで、ちらちらと私とナイフを交互に見る。
……うん、私の今の姿はかなり良い方だけどね。死顔が綺麗なのは一部の人だけだから。……ちなみに凍死がベストで、溺死がワーストらしいと聞いたことがある。
「その時、私の思考は痛みだけに占められていると思うわ。そして、意識は薄れ、身体はしだいに温もりを失っていき、最後には何も感じずに……冷たく硬くなるの」
身体はあとは腐るだけ。そうして、焼かれて小さな骨になるの。
「今、生きている『私』がいなくなる。二度と声も聞けない、会えない。一度も『私』に触れることができない……それって、本当に幸せ?」
目の前の男は動かない。どこを見て、何を考えているのかは、私には読み取れなかった。
「……僕は君が欲しい。君のすべてが……。君を僕のモノにするには、どうすればいい……?」
私は、彼にゆっくり近付いた。そうして、私と彼とを隔てている、邪魔なものに手を伸ばした。
「私に好きになってもらえるように、死ぬほど努力したらいいんじゃない?」
眼鏡の向こうに隠されていた彼の表情は、……飼い主を見つめる仔犬のようだった。
今回の話、一回全部消えました。でも消えて良かった。なんとか次回で一区切りできそうです。
※ダメになった話は、「主人公が殿を傘で殴り倒して蹴り飛ばして、顔面を踏んで」ました。
……明らかにバッドエンドでしたよ、今から考えると。夜中のテンションは怖いと反省しました。