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中学四年生の放課後4

「ああっと、先に一つ言っておくが」


 無事に処理を終え、ウン付きティッシュを近くのクズかごへと投げ入れた俺に大村はこう前置きして、


「さっきはテンション上がり過ぎて、ついうっかりお前も二組になれたら~とか言っちゃったけどさ、俺、お前と同じクラスになるのだけは絶ッ対にご免だからな」


 清々しいまでの笑顔で言い放った。


「……そうか? 俺はお前と同じクラスになれればいいなって思ってるよ」


 素晴らしく全面的に同意だコノヤロウ、という啖呵を飲み込み、固まった拳を緩め、せめてもの反撃をと満面の笑みを捻りだす。俺には二十面相の才能は無い。


「はあ?」


 気持ち悪いものを見るお手本のような視線を投げかける大村を背に、俺はクラス発表の張り紙がある掲示板へと歩みを再開する。


 簡単なジンクスだ。『同じクラスになりたいね』などと抜かしている奴らほど、ことごとく同じクラスにはなれないという、クラス発表ならではの法則だ。


 多少なりとも俺のプライドは傷つくが、こんな安っぽい自尊心で腐れ縁のジコチューナルシストから離れられるのなら、本望だ。


 これで俺のクラス候補から二組が除外された。



 はずだった。


「おい俊、お前が変なこと口走ったせいで同じクラスになっちまったじゃねえか!」


 今こうして大村に、罵声を浴びせられているのは何故だろうか。それもわざわざ遠く離れた俺の前の席を陣取ってまで。


「知るかよ……」


 俺だってこんなことになるなんて予想してなかった。


 誰の陰謀かは知らないが、何故か二組の、出席番号二十四番のところに『根本俊一(ねもとしゅんいち)』とハッキリ俺の名前が刻まれていたのだ。


 まさか、あのクラス発表ジンクスが通用しないとは。これは腐れ縁と呼ぶにはあまりにも綺麗すぎる何か強烈な赤い糸的な物が絡みついているに違いない。寒気がする。早急に切断しなければ、そのうち首に絡んできて俺の息の根を止めることになるだろう。


「俺、お前の名前が二組のクラス表に書かれてるなんて気付かなかったぜ」


 俺と向きあった形で座る大村は、我が机の六割を領土侵犯し、頬杖を付きながら眠そうな目つきをして言った。名誉棄損、暴行に続き今度は不法侵入ときた。


 どうせ女子の名前しかチェックしてなかったのだろう、この色魔は。こればかりは簡単に想像がつく。


「まぁ女子の名前憶えるので必死だったからな!」


 ハハッ、と大口を開けて笑う大村。唾が飛んだ。のどちんこが見えた。猥褻物陳列罪だ。


「やっぱり……」と、溜め息を交ぜ、大村に聞こえないように小声でぼそりと呟く。


「ん? 何かテンション低いな~、俺と同じクラスになりたかったんだろ? ならもっと素直に喜べよ~」


 大村は机の十割を占領してうつ伏せになってうな垂れると、少し不機嫌そうな声を出した。


 そう言う大村こそ、俺と同じクラスになるのは勘弁と言っていた割に、どこか機嫌がいいように見える。まぁ学校のマドンナと一緒ということを考えれば、多少のデメリットなど差し引いて問題は無いのだろう。


「言っとくけど、あれは……ウソだよ」


 変な誤解を産んでも困るので、正直に告白する。中学時代にもよく一緒につるんでいることが多かったのでごく一部、本当にごく一部の女子生徒達から如何わしい疑惑の目を向けられたことがあったのは記憶に新しい。


「はぁ? なんでそんなつまんねぇウソついたんだよ」


 呆れ顔の大村に「お前が嫌いだからジンクスを利用した」などと言える度胸も勇気も無い俺は、


「水原さんと同じクラスになりたかっただけ。それを言うのが気恥ずかしかったんだよ」


 これまたつまらないウソをついてしまった。


 ジコチューナルシストで嫌なヤツだとは言え、昔馴染みの友達だということには変わりない。面と向かって『嫌い』だ、なんて言ってしまって、友人関係が壊れるのが怖いのだ。人を嫌いになることはあっても、嫌われたくはないという都合のいい思考回路を持つ人間は、別に俺に限ったことではないだろう。


「なんだよ、それならそう言えよ~。あ、あれか、俺が水原をオトすとか言っちゃったからか? あれはあくまでも予定だから気にすんな」


 ムクリと起き上がり、ワハハッと拡声器でも使っているのではないかと思うくらい大声で笑う大村は、クラス内で視線を集めた。


 予想するに、今大村に視線を向けた人は皆、他中学から来た奴らだろう。同じ中学だった奴らにとってはもう聞き慣れてしまっている音声なので、気にしないはずだからだ。


 しかしそろそろ、その席から退いてもらいたい。本来そこの席に座れているはずの出席番号二十三番の成瀬さんが、今も座れずに友人の席の近くからこちらをチラチラと窺っている。


 大村にはその姿が見えていないようだ。きっとこの男は目に入っていたとしても気にせず話続けると思うが。


「もういいからお前、こんなとこにいないで自分の席に帰れよ。お前のとこ、特等席だろ」


 新入早々自分の席を占領され、立ち尽くし、待ちぼうけを食らっているいたいけな少女の意図を汲み取り、その気持ちを代弁してやりながら、窓側一番後ろの席を指差す。


「あぁ、そうだな」


 意外と素直に要求に応じた大村は、よっこらせ、とジジ臭い掛け声と共に立ち上がると、


「けど、俺から見ればお前の席の方が恵まれてるよ。あんな席、一文の得にすらなりゃしねぇ」


 意外な不満を漏らした。一文というのは現在に換算するとおよそ十円らしいが、金欠の俺でもその程度なら買い取ってやってもいいと思えるほどだ。


「はぁ? どういう意味だよ?」と、眉をひそめる俺に対し、


「じきに分かるよ」と、大村は手をヒラヒラさせて別の友人の所へと去って行った。


 こんな教室のほぼ真ん中で何の面白みもない席が、窓側一番後ろという学生ならば誰もが羨む席よりも恵まれているとはどういうことなのだろうか。俺はうんうんと唸りながら思案を巡らすことにした。

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