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激動の一週間と共に去りぬ5

 教室を出て非常階段を降り、中庭を進み、俺は今、旧校舎へと足を向けている。


 普通に昇降口まで行ってしまうと、フラれたばかりの女子とフッたばかりの男子がはち合わせてしまうわけだ。


 旧校舎へと赴く理由はただ一つ。時間も丁度いいので、夕日でも拝んで帰ろうと思ったのだ。


 屋上へと繋がる旧校舎の古ぼけた階段を昇りつつ、ここ一週間の出来事を思い返す。


 入学してから僅か二週間。だけど俺らには中学四年生になったのと大して変わらなくて、なのに火野さんがいなくなってしまって、だと思ったら俺の前にだけひょっこり現れたりして、鈴子にキスされたり、大村と熱血青春をやらかしたり、仕舞いにはあの水原さんに告白されたり、俺の人生の中で最も濃い一週間だった。


 でもそんな濃厚な日々も今日で終わりだ。さらば、我が激動の一週間。手向けとして火野さんに教えてもらった秘密の場所から、美しい夕日でも送ってやろうじゃないか。


 独特の力でドアノブを回し、ガチャリと音を立てて扉を開け放つ。


 そこには一面の夕焼け。


 ――そして、その夕焼けに染まる田園風景を見下ろすようにしてしゃがみ込む一人の少女の姿。


 その少女は見慣れた制服姿をしていて、こちらに気が付いたのか、ゆっくりと立ち上がる。


 無造作に赤髪を揺らしながら振り返った彼女の顔は――。


「火野……さん?」


 とても怖かった。怒っている。間違いなく激怒している。


「はれ? 成仏したんじゃないの?」


 思わず間抜けな声が出てしまう。


「しようと思ったわよ! 昇天しかけたわよ! 葵の告白が終わって、キスシーンと共に消え去ろうと思ったのに、恋愛映画のクライマックスみたいに綺麗さっぱり消え去ろうと思ったのに! とんだ寸止めを食らったもんだわ、全く!」


 噛みつくように吠える火野さんを見て、間違いなく彼女なのだと実感する。


「何で断るのよ! どうして断ったのよ! あんたどんな神経してんの?」


 火炎を吐き出すように怒る火野さん。そんな彼女を見て、俺の顔は自然とニヤケ面へと変わるのを我慢できずにいた。


「しかも断った理由が、言うに事欠いて私のことが好き? 通せる嘘と通せない嘘の区別くらいつくでしょ!」


「なっ! き、聞いてたの?」


 そんなニヤケ面も一瞬で消し飛ぶ。


 まさか一世一代の告白を、本人に聞かれていたとは。いや、むしろこれは好機ではないか。


「当たり前よ! あぁ……葵、可哀そう……俊一! 今からでも追いかけて今度はあんたから告白してきなさい。全く、あんな嘘つかれて葵がショック受けるって思わなかったの?」


「……嘘じゃ、ないよ」


 俺はいつか火野さんに言われたことを思い出す。火野さんは俺に「根性がある」と言ってくれた。そして「見直した」とも。今ここでその根性を見せないで、いつ見せるというのか。ここで見せない根性など、この先持っていても腐り落ちて終わるだけだ。それではきっと後悔する。もう二度と、こんなチャンスは巡ってこない。


「あ?」


 だったら、恥はかき捨てて、思いっきり見せつけてやる!


「嘘なんかじゃない。俺は、小学生の時、貴女の笑顔を見て以来ずっと、火野さんのことを想って、九年間、片思いして生きてきました」


 ここで呼吸を整えてから、


「俺、根本俊一は、火野楓さんのことが、好きです」


 火野さんの目を見つめたまま、本心を伝える。


「……はぇ? な、なななな、何言ってんのよあんた、バカじゃないの? 空気読みなさいよ! 今そういう冗談言ってる場合じゃ――」


「冗談でもない。俺は、火野さんが好きだ」


 俺は火野さんから目を逸らさない。顔から火が出るほど恥ずかしいが、意地でも逸らしてやるもんか。


「そ、そうやって言えば、テキトーな事言えば私が怯むと思ってんでしょ!」


 まともに取り合おうとしない火野さんに、少しばかりムッとする。


「本気だよ! 俺は!」


「だ、だったら証拠を見せなさいよ! あんたが私のこと好きだって証拠を!」


 売り言葉に買い言葉、俺も熱くなってきた。今思うと、反省しなくてはいけない。


「よし、分かった。なら宣言してやる! ちゃんと聞いといてよ!」


 フェンスに駆け寄りしがみ付くと、大きく息を吸い込んで、大村みたいに声高らかに、


「俺はッ! 火野楓さんのことがッ! 大好きだあああああああああああッ!」


 絶叫してやった。


「ちょ、ちょっと! あんたなにやってんのよ! やめなさい、恥ずかしいでしょ!」


 火野さんは俺の身体を引っ張って引き離そうとするが、俺はフェンスにしがみ付いたまま叫び続ける。


「好きだ! 愛してる! 付き合ってください! 結婚してください! ぶっちゃけエロいことしたいです!」


「だからっ、やめろっつってんでしょ!」


 火野さんの見事なドロップキックをお見舞いされ、俺はようやくフェンスから引き剥がされる。


 わき腹を擦りながらすぐさま立ち上がり、火野さんと向かいあう。


「分かってくれた? 俺が本気だって」


「分かんない、全っ然、分かんない!」


「だったら――」


 もう一度フェンスに張り付こうとするも、


「だからもうそれはいいって!」


 火野さんのショルダータックルによって阻止される。


 尻餅をついた俺に火野さんは、戸惑いの表情を向ける。


「私には、私には分かんないわよ……なんで、あんた、私のことが好きなのよ……あんた、葵のことが好きだったんじゃないの?」


 立ち上がりながらケツを払い、もう一度火野さんを見据える。


「確かに水原さんは可愛いくて、なにより綺麗だと思う。でも、俺は水原さんのことを特別な感情で『好き』っていうわけじゃないんだ。俺には、もっと好きな人がいるから」


 麻酔のようなものが効いているのだろう、歯が浮くような台詞もすらすらと言える。


「でもあんた、ノリノリで協力してくれたじゃない、あれはなんだったのよ」


「好きな人からのお願いなんだから、当然、嫌でも協力するよ」


 俺は火野さんのお願いだから動いていたというのに、その火野さんの目にはノリノリに映っていたようである。不本意なことだ。


 夕暮れの春風が屋上を駆け抜ける。俺も火野さんも黙ってしまう。お互いに、次にどんな言葉を発せばいいのか分からない。火野さんの目を見つめると、視線を逸らされてしまう。心なしか顔が赤いような気もするが、それはこの夕日のせいにしておこう。


「……俊一、その、あんたの気持ちは嬉しい、けど私はもう死んじゃってるし、幽霊だし」


「関係無いよ、そんなの。それでも俺が好きなのは火野さんだ」


「――ッ! だから、そういうことじゃなくて、あんたは葵と一緒になったほうが自然だし、幸せってことよ!」


「確かにそうかもしれない。けど、もう嫌なんだよ、自分の気持ちに嘘をつくのは」


「なんでそんな頑ななのよ、このわからず屋!」


 火野さんは俺を罵倒すると、何かに気が付いたらしく、ニンマリと口を吊り上げる。


「……ふふ、まぁいいわ。あんたのその気持ちは伝わったわ」


「ほ、ほんと?」


「ええ、だから、勝負よ!」


「……勝負?」


 火野さんがそう叫ぶのと同時に、屋上入口の扉が勢いよく放たれる。


 あんなに大絶叫したのだから教師の一人や二人、来てもおかしくはない。俺は怒られるのを覚悟し、振り返った。


 そこには、


「根本、君、やっぱり、ここだったんだ」


 一人の美少女が息を切らし、苦しそうな顔をして立っていた。


「水原さん? どうして、ここに?」


「あんな大きな声で叫んだら、誰でもわかるよ。それにヒカちゃんもここからの景色が好きだったから」


 水原さんは息を整えながら俺の前まで近づくと、強い意志の籠った目を俺に向ける。


「根本君、さっき言ってたよね、私が思ってるような良く出来た人間じゃない、って。私も同じなんだ。私も、良く出来た人間じゃないの」


 水原さんは笑って、


「だって、一度フラれたくらいじゃ諦めきれない、諦めの悪い女なんだもん」


「そう、葵は意外と頑固なとこあるから」


 火野さんは腕を組み、フェンスに寄りかかる。


 そう言えば、水原さんのこういうところは意外に火野さんに似ているのだった。


「だから私、諦めないから!」


 そう言って満面の笑みを作る水原さんは、飛び上がるほど可愛かった。思わず惚れかける。


「俊一、あんたが葵の可愛さに籠絡されずにいられるか、それとも、私のことをそのまま好きでいられるか、勝負よ!」


 火野さんはビシリと俺を指差し、笑顔で言い放った。


「望むところ!」


「うん! 私、絶対根本君に好きになってもらうから!」


「これを見届けるまでは、成仏なんてしてる場合じゃないわね!」


 四月の春の夕暮れ、旧校舎の屋上で、三人それぞれが、それぞれの思惑を持ったまま、清々しく笑いあっていた。

第五章『激動の一週間と共に去りぬ』終了です

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