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激動の一週間と共に去りぬ3

 しかし、面倒なことになった。


「お、彼女は置いて単身登校ですか? いさかいの原因ですぞ~?」


「付き合って次の日に分かれるなんて、成田離婚よりも悲惨だぞ?」


「いやいや、この二人は中学の時からできてたんだって、実質四年目突入だって」


「実質ってなんだよ、今までは内縁だったってか?」


「ま、周知の事実だったけどな」


 教室へ入るなり、朝から阿呆共が騒ぎ立てて五月蠅くてしょうがない。


「ほんっと男って馬鹿ばっかり! あんたもただ黙ってんじゃなくて片っぱしからぶん殴って行けばいいのに」


 俺にはそんな腕力も気力も胆力も無いので、火野さんのせっかくの提案も首を振って却下する。


 その日、水原さんは学校を休んだ。小学生の頃はその虚弱体質が影響してか、休みがちだったことを思い出す。が、中学に上がってからはその回数も段々と減ってきていたように思える。


「卓球始めてからは身体は強くなったんだけどね」と、火野さんは言う。


「あんたが鈴子に告られたなんて知っちゃってショック受けたんじゃないの? こうなったら今日はお見舞いに行くしかないわね」


「まさか」


 いくらなんでもそんなことはない、と思う。


 確かに水原さんは、火野さんが事故に遭った翌日に欠席した。しかし、いくらメンタルが強くないとはいえ、親友の死と比べられるほど衝撃の大きい問題ではないだろう。


「だって昨日は普通だったじゃない。だから、お見舞いに行ってその流れで告白よ。鈴子の根性見て学んだでしょ? あんたもあれくらいやってのけないさいよ」


 なんてことを言いだす。俺が昨日鈴子から学んだのは片思いの美しさぐらいのものだ。


「何その自信なさげな顔は。大丈夫、葵は断らないって絶対に。私が言うんだから間違いない」


 それに、と火野さんはクラス内で騒ぐ男子達を一瞥し、


「このアホ共に一泡吹かせてやりたいって思わないの? あんたが葵と付き合えば、この学校の男共は悔しさのあまり体中の穴という穴から血を噴き出して死に絶えるわよ」


 実に楽しそうに言うので恐ろしい。本当にそうなってほしいと本気で思っているのだろう。


 しかし、そんな不純な理由で水原さんと付き合うなんて真似は俺にはできない。『好きになる』と、『付き合う』は同義語ではない。


「もう少し、考えてからかなぁ……」


「あぁ~じれったいわね~、もう好感度百パーだって。そんなトロトロやってたら、他の男に盗られちゃうわよ」


 まさか火野さんからそんなネガティブな発言が飛び出すとは、思わず振り返った。


「ま、それは絶対ないけどね」と、冗談を飛ばす火野さんの後ろを「なんだよ」と、睨みつける。


「え? 何が?」


 火野さんが俺の視線を追って背後へ目を移す。


 そこの席の主は鋭くこちらを睨みつけ、不敵に笑っていた。



 その日の放課後、ある男が高らかに宣言した。


「俺は水原葵に告白する。誰が何と言おうと水原をオトす」


 どうでもいい宣言を、俺と火野さんは聞かされている。俺にとってはどうでもよくても、火野さんにとってはそうでは無いらしい。


「何言ってんのよこのアホンダラ! そんなことさせるわけないじゃない! 俊一、今すぐこの男をこの学校、いやこの町から隔離しなさい!」


「そんなこと、できるわけないじゃないか」と、呆れつつ、やんわりと否定する。


「いいから、やりなさい!」「いいや、できるね。お前がいればな」


 二人は同時に言った。


「また俺を利用しよってか? わざわざ居残らせたのもそれが理由か?」


「まぁ、それもあるが、聞きたいこともあってな」


 急に冷静になり、俺の隣の、水原さんの席に腰を降ろす。案の定、火野さんは発狂した。


「なんだよ、聞きたいことって」


「単刀直入に聞くが……お前、何で鈴子ちゃんの事、フッたんだ?」


「……は?」


「とぼけなくてもいい。何年お前らと一緒にいると思ってんだ? 分かるっての。クラスの一部馬鹿が騒いでたけど、お前、フッただろ?」


「そんなこと、お前に関係ないだろ」


「いいや、大ありなんだよこれが。お前、水原にコクるつもりだろ? 鈴子ちゃんで手を打っておけば良いものを、この身の程知らずが」


 大村は吐き捨てるように言い放つと、更に言葉を連ねる。


 火野さんもいつしか黙りこくって事態の成り行きを静観している。


「正直驚いたよ。お前、知らない間に水原と仲良くなってんだもんな。まさか、気付かれてないとでも思ったか?」


 生憎だけど、と卑下する笑顔を浮かべる。


「前の席の邪魔な誰かさんがいなくなってくれたお陰で、お前らがチラチラ目配せしたり、挨拶したりするのが監視できてな。で、お前どんな下衆な方法使ったんだ?」


 俺の中で、何かが沸々と音を立て出した。


「おい、お前、自分が何言ってんのか分かってるのか?」


 俺の問いも、今の大村には届いていない。というより聞こえていない。聞こうとしていない。


「ま、大体想像つくけどな。親友を無くした傷を上手に埋めてやったんだろ? お前からしてみれば、火野が死んでくれてラッキーって感じか? 全く、うまくやりやがって。見事に出し抜かれた気分だよ」


 沸々と煮たたる何かを抑えながら、大村の顔を見据える。整った顔立ちは、醜く歪んでいた。


「でも正直、お前みたいな頼りない男なんかよりも、絶対俺の方が水原の為になるとは思わんか? なぁ俊。だからさ、どうやって言いくるめたのか教えろよ、親友だろ?」


 徐々に沸々はボコボコと音を変え、抑え込むのに必死になってようやくこの感情が憤りなのだと悟った。


「……俊一、私、大村のこと、勘違いしてたみたいだわ。嫌なヤツだとは分かってたけど、友達想いのところだけは認めてあげてたのに、こんなにも酷い人間だとは思わなかった」


 火野さんは侮蔑しながらも、悔やむような眼をして言った。


「……俺もだ、俺も。心の底から、見損なったぞ、大村」


 色々なモノを吐き出したいのを堪えながら、冷静を装い言い放つ。


「あ? なんでお前にそんなこと言われないといけないんだよ」


 俺は一度大きく肺の中の空気を吐き出し、続ける。


「……大村、今の水原さんに一番必要な物って、お前には分かるのか?」


 そんなもの知るか、と言いかける大村を遮る。


「生温い慰めの言葉でも、ましてや心の支えになる彼氏なんかでもないんだよ!」


 自然と、声に怒気が籠る。


「じゃあなんだよ、勿体ぶるな!」


「まだ分かんないのかよ! お前は、今まで水原さんの何を見てきたんだよ!」


 駄目だ。堪えていたモノが、箍が外れるように、外へ溢れ出る。


「おい、俊……?」


 大村は目を白黒させた。


 気が付くと、俺は大村の胸倉を掴み上げていた。


「水原葵に必要なものは、火野楓しかないだろ! それ以外の何でもないだろ! そんなことも分かんなくなちまったのかよ、お前は!」


 勢いそのまま大村を殴り付ける。周りの机や椅子をまき込みながら、大村の身体は床に叩きつけられる。


「ッ! 痛ってぇな! 何しやがる!」


 そんな大村の声を無視して上からのしかかり、更に胸倉を締め上げる。


「お前は、火野楓の代わりになれる自信はあるのか!? 火野楓の代わりでもいいと思えるのか!? 俺はそれでいいと思えるし、そうでありたいと思う。お前は、お前はどうなんだよ! 『トモ』!」


 かつてそう呼んでいた親友の略名を絶叫していた。


「俊一! やり過ぎはダメだって!」


 火野さんに背中を引っ張られ、一気に冷静になる。


「……畜生、離せよ」


 大村は俺の手を払い身体を起こすと、手近に転がっていた椅子を起こし、それに力なく座りこんだ。


 正直、熱くなりすぎた。これでは俗にいうキレやすい若者ではないか。ついこの前の水原さんの件もあるし、どうやらカルシウムが足りていない。だが、反省はしていないし、後悔もしていない。言いすぎたとも思っていない。でも、手を出したのは不味かったか。


 大村が大きく溜息を吐き、口元の血を拭った。殴り返されても文句は言えん。俺は思わず身構える。


「……すまん、本気だったんだな、お前」


「へ? いや、まぁ、いいけど……こっちこそ、すまん。殴るのはやりすぎた」


 急な謝罪の言葉に驚き、思わずこちらも謝り返してしまう。


「はは、いいって別に。おかげで目が覚めたよ。『トモ』なんて呼ばれるのも久しぶりだったしな。……お前と水原が仲良くなっていくのを見て、どうかしてたんだな、俺」


 大村は整髪料で整えられた髪を掻き毟った。


「あーあ、水原への本気度じゃ誰にも負けてないつもりだったんだけどな。こんなふうに毎日ワックスでカッコつけて、良い人アピールするために女子には優しくして、社交性アピールするために男子には明るく振舞ってさ。無茶な告白に走ることだってなかったし、一定の距離を保ってきたつもりだったのに」


「大村……」


「距離を、取り過ぎたのかな。結局、俺には水原の一部しか見えてなかったってこった」


 自嘲的に笑いながら、


「でもこれだけは憶えとけよ俊。物事は順番だからな、お前がフラれたら次は俺の番だからな」


「あぁ、予約でも何でもしておけ」


「そうするよ」


 大村は拳をこちらへ差し出す。一瞬、理解できなかったが、すぐにそれが昔に仲間内で流行ったグータッチを求めるものだと理解した。恥ずかしくも懐かしみながら俺と大村は拳をぶつけあう。


「男同士の友情も、案外良いものね」


 そう言って火野さんは笑った。



 めちゃくちゃにした椅子と机を片付け終えると、廊下の奥の方から駆けて来る足音が聞こえてきた。それはどんどんこちらへ近づいてきて俺達の教室の前で止まると、勢いよく扉が開けられた。


「お前ら! 何やってんだ!」


 それは血相を変えた西村担任だった。二日続けての登場である。


「何って、青春を謳歌しているだけですよ? 先生こそ、そんな息切らしてどうしたんすか?」


 大村はすっかりいつものお調子者へと戻っていた。


「外でやってる部活から連絡があったんだ。このクラスからもの凄い怒鳴り声が聞こえてきた、喧嘩じゃないのかってな」


 それは間違いなく俺のものだろう。見てみると、昨日同様窓が半開きになっている。


「俺達が喧嘩? まさか、俺ら親友ですよ、な、俊」


「ええまぁ、今は、そういうことにしておいてください」


「……?、もういいから、早く帰りなさい」


「はいはーい、了解でーす」


 こうして俺達は、青春の感傷に浸りながら久しぶりに二人きりで下校したのだった。



「なによ! あんた意外と真剣に考えてたんじゃない!」


 大村と別れて自宅へと着き、部屋に入るなり火野さんが叫んだ。帰り道、常にニヤニヤしていたのは俺が水原さんに対して熱弁を振るったので、機嫌が良くなっていたかららしい。


「私感動しちゃった。『俺は火野楓の代わりになる!』ってかっこよかったわよ、俊一」


「いや、ちょっと違うし、恥ずかしいからやめて」


 火野さんの声真似は俺を馬鹿にしているようにしか聞こえない。


「いいじゃない、今日は褒めてあげてるんだから」


「それよりも、俺は月曜日が怖いよ」


 窓が開いていることに気付かず、あんな絶叫をしてしまっては外で活動していた部活動全てに聞こえてしまったことだろう。野球部にサッカー部、陸上部に、そしてソフトボール部。果たしてその総員は……想像したくない。暗い週末を過ごすことになりそうだ。


 陰鬱としていると、ピリリと携帯が鳴き声を上げる。俺が取るよりも早く火野さんがディスプレイの名前を確認し、ニンマリと頬を緩める。


「葵からメールよ! どうして今日お見舞いに来てくれなかったのって拗ねてんのよ、可愛いわね全く。ほら、早く返信してあげなさい」


「そんなまさか」と、火野さんのそんな冗談を笑い飛ばしながら、携帯を開き、メールを確認する。すぐ真横に火野さんの顔が近付き、鼓動が一段速くなる。しかし、文面を見ると、


「――ちょっとちょっとちょっと! 何よ! 何なのよこれ、信じられない!」


 火野さんの冗談よりも更に斜め上の、誰もが予想しえないの内容が、このメールに刻まれていた。



発信者:水原 葵

件名:今日は……

本文:

今日は気分が悪くて学校を休んでしまいました。心配してくれていたのなら嬉しいです。

今日一日ずっと、胸の奥のほうがズキズキして、どうしてこんなになってしまったのか自分でも分かりませんでした。

でも、さっきスズちゃんがお見舞いに来てくれて、このズキズキの正体に気付いてしまいました。

私のこの気持ちを、聞いてもらいたいです。でも、これはきっとメールや電話なんかじゃ言っちゃいけないことだと思います。

だから、もし、根本君が私の話を聞いてくれるというのであれば、明日の部活が終わった後、午後五時に教室で待っています。

来るのが嫌なら、断ってくれても構いません。でも、来てくれると嬉しいです。



 メールの文末は、可愛らしい猫の絵文字で締めくくられていた。


「あんたがトロトロしてたから、葵のほうから告白するはめになってるじゃない! 全く、男として恥ずかしく思いなさい!」


「はぁ……」


 まだ告白と決まったわけでは無いと反論したくもあるが、この文面からではどう予想しても告白という終局へ帰結する。


 携帯を持つ手の震えを堪えながら、一体、何をどうすればこの俺が、あの水原さんに告白されるなんて展開になるのだろうかを考えた。


「あんたが目指していた結果でしょ? 私の代わりになりたいって。要するに、葵が一番信頼する相手になれたってことよ」


「また顔に出てた?」と手で顔を覆うと「バリバリね」と火野さんは笑うのだった。


 俺が目指していた結果、それはつまり火野さんが目指していた結果でもある。俺はこの共同作業を完遂させたのである。感無量だ。


「――そろそろ、私もお役御免かしらね」


 無類の喜びに浸っていると、火野さんが何事か呟いた。思わず「え?」と聞き返す。


「ううん、何でもない。さて、これで一段落ついたし、安心してテレビが見られるってもんよ」


 そう言って火野さんは何事も無かったようにテレビの前に鎮座してしまうのだった。

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