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激動の一週間と共に去りぬ1

 決意を新たに迎えた翌日。


 しかしこの日、俺の想像を遥かに凌駕する事件が発生してしまうことになる。火野さんに言わせれば「当然の結果」とのことだが、俺にとっては一世一代の大事件だ。


 その事件が起こったのは昼休みだった。


 ここ三日間と同じように、弁当を持って例の屋上へと向かおうとした時だ。水原さんは購買へよってから来るので、四限のチャイムが鳴ると同時に教室から出ていく。「先に行っててね」と意味を込めているかどうかは定かではないが、笑みを残して去っていく。


 かばんをまさぐって弁当を取り出していると、机の上に何者かの弁当が置かれる。続いてその弁当の主がドカッと前の席に座りこんできた。


「俊ちゃん、ちょっといいかな?」


「なんだよ鈴子、俺急いでんだ、用なら後にしてくれ」


 その人物の方を見ずに応え、弁当を持って席を立とうとする。が、もの凄い勢いで腕を引っ張られ、立ち上がることは許されなかった。


「なんだよ!」


「昨日の放課後のことで、聞きたいことがあってね。じっくり話そうじゃないか、一緒にお昼でも食べながら」


 耳打ちのように囁く鈴子の顔は、今まで見たことの無い表情だった。微笑んでいるが、その裏には何かドズ黒いものを孕んでいるような、そんな顔。一言で言うと、怖い。


「お、おぅ……」


 十年以上の付き合いで一度も見たことがない鈴子の様子に、俺は思わずのけ反りながら頷いてしまった。



「昨日、シズから聞いたよ。葵と一緒だったんだって?」


 弁当を開きながら鈴子が呟く。机一つ分しかスペースが無いので、お互いの呼吸音が聞き取れるほど顔が近い。


「あいつ、やっぱり言いやがったか……」


 その顔の近さも、この話をする上ではありがたい。すぐ近くで大村達のグループが飯を食べているので、油断ならない。


「あぁ、鬼の首でも取ったかのように騒いでたね」


 なんてこった、もう手遅れだとでも言うのか。静子は三組なのでこの二組に回ってくるのも時間の問題、いやもうすでに回ってきているかもしれない。思えば、男子達の視線が心なしかキツい気がしないでもない。


 でもさっきの休み時間で大村と会話した時は特に変わった様子は無かったし、誰を信じればいいのか分からない。人間不信というものはこうやって進行していくのか、恐ろしい。


「安心していいよ、俊ちゃん。私からしっかり言って聞かせておいたからね。噂が広まるようなことにはならないよ。シズも馬鹿じゃないから、もし私との約束を破ったらどうなるか、くらいは分かっていると思うよ」


 疑心暗鬼に陥っている俺に、鈴子は声を殺して笑った。その笑い声に背筋が凍る。本能で恐怖を感じ取った。


「そっか、助かった。ありがとな」


「俊ちゃんの為ならこのくらい、なんてことないよ」


 鈴子は紙パックの野菜ジュースにストローを指し込み、飲み込んだ。


「どうしたんだい? 俊ちゃん。昼休みの時間は有限なのだから、早く食べ始めたらどうだい?」


 それとも、と鈴子は目つきを狐のように細くして、


「また別の場所に行って食べるのかい? 今週はずっとそうだったもんね」


 俺の心を見透かすようにして言うのであった。


 いくら火野さん達と仲の良かった鈴子とはいえ、あの秘密の場所がばれるのは好ましくない。火野さんもその考えには同意らしく、


「俊一、なんとかして誤魔化しなさいよ! なんか今日の鈴子は怖いわ。何企んでるか分かんないわよ」


 俺の後ろ、つまり自分の席から身を乗り出してエールを送る。幽霊にまで恐れられるとは、鈴子よ、霊媒師の才能にでも目覚めたか。


「いや、別に。ただ最近天気が良かったからさ、外で食べてたんだ」


 鈴子は「ふむ、嘘では無いみたいだね」と、俺の顔を見定めるように確認してから言った。


「でも、それなら私も誘ってくれればよかったのに。私はここ数日、俊ちゃんのせいで寂しい昼休みを過ごすはめになったのだよ?」


「お前の昼休み事情は知ったこっちゃないが、そんなことしたらまた変な噂されるだろ」


 ここ最近、俺と鈴子がどんな関係で見られているのかを再確認した形となった。火野さんに至っては、その誤解をしたままこの世を去ったほどだ。昔はそれでも問題無かったが、今は芳しくない。理由は明白、俺には好きにならなくてはいけない人がいる。


「変な噂とな? それはもしかして私と俊ちゃんが付き合っている、などという噂かい?」


「それ以外に何かあるか?」


 途端、鈴子が珍しく声を上げて笑った。手で顔を覆い、腹を抱えて、大笑いし始めた。


 当然、クラスから注目される。大村とは違い、鈴子はあまり感情を表に出すことが少ないので、同じ中学だった奴らもこちらに目を向ける。その大村も、何事だと興味津々でこちらの様子を窺っている。


「そんなの、今更じゃないか。今までだってずっとそう言われ続けてきて、何も問題は無かった。そうだろ?」


「……今までは、な。でも――」


 言葉を続ける前に、周囲を一瞥して注目を逸らす。呪ってやるような目つきをすれば、大抵の奴らはこちらへ向けていた注意を自らの弁当箱へと戻すのだ。ただ、例外もいるが。


「これからは色々と不味いだろ。ほら、もしお前に好きな男ができた時とか、そんな噂が拡がったまんまじゃ――」


 その例外(主に大村)がいるために、声を低くして鈴子に語りかけるが、鈴子はお構いなしに、


「あーっはっはっはっはっはっは! はは、あはは、はーはー」


 大村みたいにげらげらと笑うのであった。鈴子が一番嫌いな人物に、今の彼女はそっくりだ。そのせいで、またクラス中の注目を浴びることになる。


「俊ちゃん、私を笑い殺すつもりかい?」


 鈴子は立ち上がり、こちらを見据える。いや、見下すと言った方が正しい表現だ。怪奇な鈴子の行動にクラス内にいるおよそ二十名の生徒、約四十の瞳が鈴子に注目していた。


「私が好きになる男なんて、俊ちゃん、君以外にいるわけがないじゃないか」


 薄い笑みを顔に張り付け、言い放った。



「告白だぁー!」と、聞き覚えのある声が叫んだ。間違いなく大村だろう。


 そこからは悲惨なものだ。男女関係無く、わーだのきゃーだのうぉーだの騒いでいる。当の本人達である俺と鈴子は蚊帳の外で、関係の無いところで「お似合いカップル成立だぁ」だとか「結婚式は呼んでくれよ~」だとか、精神年齢が小学生に逆戻りしている。


 今この教室内で冷静なのは二人だけ。そのうちの一人である火野さんが重々しく言うのであった。


「当然と言えば、当然の結果よね。自分の好きな男が葵と一緒に出かけてたなんて知ったら、そりゃ焦るわよ。で、あんたはどうすんの? ちょっと、俊一、聞いてんの?」


 火野さんの声すら届かないほど、俺はパニックに陥っていた。


「急に何言ってんだよ! お前は!」


「急も何も、私は自然な会話の流れから事実を言ったまでだよ」


「だからって、おま、こんな場所で言わなくても……」


 そんな俺の頭を正気に戻したのは携帯の着信音だった。


 携帯のディスプレイに表示されたのは、昨日登録を済ませたばかりの美少女の名だ。なんとタイミングの悪い。思わず固まってしまう。


「どうしたんだい俊ちゃん、メールだろ? 返信しなくていいのかい?」


 クラスをパニックにしても顔色一つ変えずに、鈴子は着席しながら言う。が、その視線は俺を捉えて離さない。


「あぁ、スパムだから、いいんだ」


 前方の鈴子からの威圧に、携帯をポケットへ押しやろうとするも、


「ちょっと、今の葵からでしょ? シカトしようとしてんじゃないわよ!」


 後方の火野さんにそれを遮られる。中間管理職の父親の気持ちが少し分かるような気がした。


「でも、ちょっとだけ」


「スパムなんじゃないのかい?」


着拒(チャッキョ)するだけだから」


「そうかい」


 それだけ言って鈴子は弁当をひょいひょいと口へ運ぶ作業に移った。


 見計らって、急いで本文を確認する。見るまでも無く、まだ屋上へ来ていないことを問うメールだった。簡潔に、今日は行けなくなったことと、それを謝罪する文章を打ち込み返信する。その後は電源オフ。ポケットへとねじり込む。


「ご馳走様」


 その言葉に思わずビクリと身体を振るわせる。顔を上げると鈴子の弁当箱は空になっていて、鈴子はハンカチで口元を拭っていた。とんでもなく早食いだが、鈴子の弁当箱は女の子のそれみたいに小さいのだから納得がいく。野菜ジュースを飲むその口元も、リップなんて塗りおってからに、艶やかに煌めいていた。


 そう、こうして改めて見ると鈴子もれっきとした女の子なのだ。まずい、変に意識をさせられてしまう。


「さて、腹ごなしにそこらへんを歩いて図書室へでも行こうかな。ここじゃ、やかましすぎてゆっくり本も読めなさそうだからね」


 自らが元凶となったこの騒ぎにも他人事の鈴子。図書館へ避難すべく立ち上がろうとする。瞬間、顔が近くなったその瞬間に、


「今日、放課後、教室で待っていて」


 短く耳元で囁いた。そのまま教室を出ようとする鈴子を、


「おい、鈴子」


 俺は思わず呼びとめた。


「それ、あげるよ。この前貰っちゃったからね、二口分しか飲んでない野菜ジュース」


 振り返った鈴子はそれだけ言い残し、教室から去って行った。


 いつもなら有難く頂戴する飲み掛けも、今日は意識して口を付けることができない。どうしてくれる、これでは野菜ジュースが勿体無いではないか。



「ねぇ、なんだか騒がしいけど、何かあったの?」


 鈴子が残して去って行った言葉と飲み掛けのジュースにどう対応してよいか分からずにいると、水原さんが教室へ舞い戻ってきていた。小首を傾げて問う姿は妖精が見えるようになったのかと自分の眼を疑ったほどだ。


「えっと、ごめん、よく分からない」


 知らないなら知らないほうがいいと思い、作り笑いで誤魔化す。水原さんに知られてメリットになることなんてこれっぽっちもない。


「え、でも、伊藤さんと高橋さんに聞いたら、根本君に聞くのが一番良いって言われたよ?」


 思わず「……チッ」と舌打ちが漏れた。水原さんには聞かれていないようなのでセーフだ。


 二組の出席番号四番、伊藤、同じく十九番、高橋。中学時代、どちらも火野さんと比較的仲の良かった二名だ。なので水原さんとも交友関係がある。そして両者とも大村に憧れている。つまり鈴子とは対立関係にあったということだ。昼休みにきゃーきゃー喚く二人の姿は確認していたし、きっと面白半分で事態を大きくしようと色々噂しているに違いない。


「あ、あぁ、そうなんだ、多分、その、えっと、鈴子が何かしたみたいだね。そんなに気にすることじゃないよ」


 当たり障りのない解答でお茶を濁した。が、そのお茶を音を立てて飲み干し、茶碗の底まで露わにする大馬鹿野郎が口を挟んできた。


「こいつ、鈴子ちゃんにコクられたんだよ。な、俊?」


 大馬鹿野郎といえば、もうここまでくれば固有名詞になっている。何を隠そう大村のことだ。


「え? スズちゃんが、根本君に?」


「違うって。いつもの悪ふざけの冗談みたいなもので、本気じゃないから」


「さてどーだか、俺から見たら、ありゃかなり本気だったぜ?」


 今ここに鈴子がいてくれれば、きっとこのド阿呆を黙らせてくれたことだろう。だが、それ以上にややこしいことになりそうなので、図書室から戻ってきていないのは幸いである。


 鈴子ほど有効ではないが、せめてもの反撃をと大村を睨みつける。


「お~、怖い怖い。まるで鈴子ちゃんみたいで、似た者夫婦じゃないの」


 大村は両手を広げ、鼻で笑いながら言った。


「ったく、本当にイラつくわねこのナンパ野郎は。呪い殺してやりたいくらいよ」


 火野さんは大村の後頭部に拳を突き出すが、当然それが当たることはなく、拳は大村の額へと抜け出るのみである。


「お前、いい加減に――」


 声を荒げ、席を立とうとするも、昼休み終了の予鈴が鳴り響く。


「はい時間切れー。言い訳は一昨日にでも聞いてやるよ」


 それ以上の反論は聞く耳持たないという様子で笑い飛ばすと、大村は自席へと戻って行った。


 残されたのは怒りの矛先を見失った一人の難儀な男と、不安そうな目つきで男を見つめる美少女。そして一体の背後霊。


「根本君、本当なの?」


 美少女は随分と神妙な面持ちである。それはまるで男の事が気になって仕方が無い、恋する乙女のように見えてしまう。そんなのは都市伝説だと自分に言い聞かせ俺は、


「まぁ、一応は事実だけど、告白なんて大層なものじゃないから」


 苦笑いで、あくまで本気の告白ではないことのニュアンスを強める。


「でも、ホントはホントなんだ……」


 ポツリと言って席にへたりこむと、それっきりうつむいてしまう水原さん。


「あの、水原さん?」


 顔をのぞき込み声を掛けるが、どこか考え込むような寂しげ顔をしてそれっきり何も言わなくなってしまった。とんでもない失態だ。悲しませないと約束したばかりだというのに。


 恐る恐る火野さんを窺う。険しい顔をしている。稲妻が落ちるのを覚悟するも、火野さんは、


「嵐の予感ね……」


 それだけ言って、不気味に口元を歪めるだけであった。これが嵐の前の静けさというやつなのだろうか。

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