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現実疑似恋愛4

 日は明け、時刻は放課後。日中の授業はいつも通りで特筆すべきものは無い。だが時折、隣の美少女と目が合う度に頬を赤く染め微笑んでくるので、正気を保つのに必死だった。


 昇降口でその美少女を待つ。部活はミーティングだけなので三十分足らずで終わるとのことである。


「そう言えばさ、水原さんって何部なの?」


 手持ち無沙汰な俺は、暇を紛らわそうと火野さんに問いかける。水原さんが部活に入ろうとしていたことは入学初日から判明していたことだが、どこかまでは詳細を詰めていない。


「何部だと思う?」


 火野さんは合コンで歳を聞かれた女の子みたいに言った。合コンなんて参加したこと無いので完全に俺の妄想ではあるが。


「んー、俺の勝手なイメージだと、マネージャーとか? 野球部の」


 汗をかき、選手のために奔走する水原さんは想像できないが、「マネージャー」という単語だけは無性に似合っている。水原さんが女子マネになれば万年二回戦止まりのうちの高校も、勢いでもう少しは善戦してくれそうだ。


「馬鹿じゃないの? あんな汗臭い飢えたケダモノしかいないところに、私が葵を単身で向かわせるわけ無いじゃない」


 火野さんは食ってかかるように言うが、仮にも高校生活三年間という人生一度きりの青春を、甲子園に行くことだけに懸けている高校球児の皆さんにその言い草はどうかと思う。


「ヒントあげる。葵には似ても似つかない部活よ、聞いたらきっと驚く。それにそこは男子部員がいても安全」


 水原さんには似つかない部活、と言うことは運動部だろうか。その上、男子がいても安全とは、難解な問題である。


「ブー、時間切れ。正解は……どうせなら本人に聞いたら?」


 火野さんの表情が柔らかくなる。その視線の先には当然、


「ゴメンね、ちょっと遅れちゃった」


 水原さんが小走りでこちらに近づいてくる。


「いや、大丈夫だよ。それより水原さん」


「ん? なぁに?」


「水原さんって、何部?」


「私? 卓球部だよ?」


「何と」


「ね、予想外でしょ?」


 火野さんは楽しそうに笑った。



 火野さん曰く、


「卓球部の男子ってみーんな『二次元萌え~』とか言う奴らばっかじゃん。だから安心安全安泰ってわけよ」


 これまた火野さんの勝手な偏見である。しかし、火野さんという抑止力がいなくなっても何も行動を起こさないところを見ると、あながち間違いではないのかと思われる。俺には卓球部の友人がいないので確認のしようがないが。


 日曜日に鈴子と一緒に揺られていたバスに、今度は水原さんと乗っている。日曜日の俺に伝えたらきっと嘘をつくなと蹴飛ばされるだろう。


「そう言えば、行きたいところがあるって言ってたけど、どこなの?」


「んー、着くまで秘密」


 女神の小悪魔的な笑みという矛盾を眺めているうちに街へと辿り着き、水原さんの案内で目的地へと向かう。しばらく歩き、目の前に古ぼけた商店が姿を現す。外装が痛んでいて何を売っている店かよく分からないが火野さんの、


「ここ! ここのモンブランが最高なのよ!」


 この一言と、周囲に漂う甘い匂いで洋菓子店だと断定した。


「ここケーキ屋さんなんだよ? びっくりしたでしょ」


 正直、貴女が卓球部だという方が驚いた。


「ここのオススメ、何か分かる?」


「もしかして、いや、もしかしなくても、モンブランですか?」


 後ろで火野さんが連呼しているので、間違いないだろう。普通に正解を当ててしまったからか、水原さんはムスっとした顔になるが、またその顔も絵になる。


「やっぱ、知ってたんだ。これもヒカちゃんから聞いてたの?」


「えぇ、まぁ」


 というか今も聞かされ続けている。モンブランでここまではしゃぐ火野さんは、年頃の女の子みたいで新鮮だ。


「……ずるいよ、ヒカちゃんとばっか仲良くて」


「ん?」


「ううん、何でも無い。入ろ」


 店内に入ると客はそう多くない。我々と同じような学生のカップルが一組いるだけだ。


「ここね、水曜日だけ『アベックデー』っていうのやってて、男女で入店するとケーキの値段安くしてくれるの。ヒカちゃんとじゃ無理だったから、一回来てみたいなぁって」


「あぁ、確かそんなのあったわね」


 なるほどそういうことか。しかし先客のカップルの男の方が、入店直後から我々にチラチラと視線を送ってくる。それは水原さんに対する羨望の視線なのか、連れの男との不釣り合いさに愕然としているものなのかは定かではない。


 その後、水原さんがモンブランを三つ購入し、店を出る。どうやら火野家へのお土産のようで、


「告別式に行ってあげられなかったでしょ? だからお詫びにヒカちゃんの大好物買って行ってあげようと思って」


 あまりの心の優しさに、火野さんは泣きだしそうだった。といよりもう泣いていた。号泣していた。確認、幽霊も泣く。


「そっか、やっぱ手土産って必要だよね。昨日失礼なことしちゃたかな」


 何気なく呟いたこの一言が、


「え? 昨日って、何?」


「だぁもう、あんたねぇ、ホントに気が回らないわね」


 余計なひと言だったのだと火野さんの形相を見て気が付いた。


「根本君、昨日ヒカちゃんの家行ったの?」


「うんまぁ、軽く挨拶だけ……」


「……そっか、えへへ、誘ってくれればよかったのに」


「その、部活があると思って」


「そっか、そうだね、部活あるね……」と、見るからに、水原さんは落ち込んでいく。


「俊一、あんたわざと言ってんじゃないでしょうね?」


 小刻みに首を横に振る。


「根本君! これからちょっといい?」


 暫しの沈黙の後、一転、水原さんの瞳には決意のようなものが感じられた。


「え、でもケーキ買っちゃってるよ?」


「保冷剤入ってるから大丈夫だよ、ちょっとだけいいでしょ? ね?」


「拒否したって無駄よ。この子、意外と頑固なとこあるから。覚悟決めなさい」


 女神様と一緒にケーキを買いに行くだけでも大冒険だ、これ以上は目撃者を作る危険性がある。そしてこの不安は見事的中し、すぐに具現化することになる。


「おやおやおや~、俊ちゃんと葵じゃないか! こんなとこで何やってるん?」


 後ろから声がし振り返ると、見慣れた女子が舐めまわすような視線を送っている。


「ゲッ、鈴子」と、その人物の名前が反射的に口を出る、


「俊ちゃん、ボクだよボク。お姉と見間違えるなんて、まだまだだぞ、キミ」


 ニヤリと口元を歪めた後、声を出して笑い始める。


「静子か?」


 確かにその制服姿のスカート丈は短く、いわゆる『娼婦の格好』というやつだ。こんな格好をするのは妹の静子だけだ。


「シズちゃん! 久しぶりだね!」


 水原さんは子犬みたいに静子へ飛び付く。


「ボクだけクラス違うからね~、皆と違って仲間はずれさ」


「いやそうじゃなくて、鈴子から聞いたぞ、お前部屋から出てこれないほど落ち込んでたんだって?」


 今の様子を見るに、目の下に隈も無ければ泣いた後も見られない。もう立ち直ったということか。


「ん~まぁ、泣くだけ泣いたって感じかな? それに、一番悲しいはずの葵だって頑張ってるんだから、ボクが泣いてる場合じゃないな~って」


 静子は「でもまさか」と前置きして、


「俊ちゃんとデートするほど頑張ってるとか思わなかったよ~」


 ニタニタと笑うのであった。


「し、シズちゃん、で、デートなんかじゃないよ! そうだよね、根本君?」


 頬を赤らめ、あわあわと慌てる水原さん。可愛い。犯罪的に可愛い。


「とりあえず全面的に肯定しときなさい。好都合じゃない、シズに言っとけば勝手に拡がるし」


 火野さんの言う通り、静子は恐ろしく口が軽い。その上、噂話が大の好物である。大村が創り出した俺の不幸体質の噂も、この静子を介して拡がったと言っても過言ではない。


「これは断じてデートなどでは無い」と否定すれば火野さんにどやされ、


「年頃の男女二人が一緒に行動するのをデートと言わずに何と言うのか」と肯定しようものなら、静子から男子達へと伝わり、大惨事の引き金となりかねない。こうなれば選択肢は一つ。


「静子よ、一応言っておくが、これは誰にも言うなよ。じゃ、俺達まだ行くところがあるから」と、どちらとも取れない返答で誤魔化し、


「ちょ、ちょっと俊ちゃ~ん」


 水原さんの手を引っ張り、脱兎の如くここから逃げ出すだけだ。



 敵に追われ逃げる一国の姫とその従者、なんて映画のように格好の付くものではないが、とりあえずスキャンダルを振りまくスピーカーのような女から逃走することに成功した。


「あの、根本君」


 立ち止まると、息切れの合間から漏れる水原さんの声が聞こえた。手を離し、振り返る。


「ご、ごめん!」


 最善の策と思われたこの作戦であったが、とんだ粗相をしでかしてしまった。


「ううん、大丈夫。ほら、ケーキも無事だし」


 女神様は頬笑みながらこうは言ってくれるが、その女神を護る『盾』に何を言われるか。でも、水原さんの手は柔らかくて気持ちよかった。


「ちょっと何急にやる気出してんのよ。発情期? それならそうと先に言っときなさい」


 積極的に出たことが功を奏したか、もっとぎゃあぎゃあ言われることを覚悟していた身としては若干の物足りなさを感じる。


「で、ここからどうするつもり? あんな強引に腕を引っ張っておいて」


 火野さんは急かすように俺を睨みつける。


「えっと、じゃあとりあえず、どっか店に入ろうか」


 俺が提案すると、


「うん!」


 水原さんは清々しい笑顔で頷いてくれる。


「分かってきたじゃない。それでいいのよ、それで」


 静子にああ言って逃げてきた手前、こうなったら嘘から出た真にするほかあるまい。

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