現実疑似恋愛2
弁当を食べながら、火野さんの思い出話で盛り上がった。本人が真横に付いて、いや、憑いて助言をしてくれるので俺の知らないことでも何の違和感無く話を合わせることができた。
水原さんはずっと笑ってくれていたので、必然的に火野さんの機嫌も良くなる。そうなると俺も安心して嬉しくなってくる。素晴らしい正の連鎖だ。
上空からは麗らかな日差しが注ぎ、青春映画の一幕のような風景。もしこの映画をうちの学校で放映したら、俺はお尋ね者として町中に指名手配されることになるだろう。
食事を終え一息つこうと思うと、飲み物を買っていないことに気が付く。いつもは自販機で野菜ジュースを買ってから昼食とするのだが、今日はその暇を与えられる間もなくここに連れてこられたので仕方がない。
「水原さん、俺、飲み物買いに行ってくるから」
腰を上げながら言う俺に対し、水原さんは、
「え、買いに行くって一階の自販機までだよね、遠いよ。紅茶で良かったら、私のあるよ、どうぞ」
飲み掛けの紙パックの紅茶を差し出しながら、屈託のない笑顔で言った。
「な、何言ってんの!」
叫んだのは火野さんである。彼女が叫んでいなかったら、俺がこう叫んでいたところだ。
「え、えっと」
俺が言葉を失っていると、後ろから凄まじい悪寒がし、肩をとんでもない圧力で掴まれた。
「根本ぉ、それはまだ早いわよぉ。間接キスなんて認められないわよ」
背筋が凍り、身震いし、鳥肌が立つ。チキンな俺にはちょうどいい。
「水原さん、それはちょっと……」
いくら『盾』がいなくなったと言っても、無防備すぎやしないか。そんなに丸裸になることはないだろうに。これでは守ってあげたくなってしまうではないか。
しどろもどろしている俺の反応で気が付いたか、
「はっ! ご、ごめんなさい!」
水原さんは顔を真っ赤にして出していた紅茶を引き下げる。ちょっと勿体無かったかも、とか思ったのは秘密である。
「わ、私、いつもヒカちゃんと飲み物交換してたりしたから、そ、その、か、間接キスとか考えたこと無くて……」
「そ、そっか、それじゃあ仕方ないよね……」
嫌な沈黙が流れる。しばらくして、うつむいて顔を真っ赤にしていた水原さんが口を開いた。
「あのね、昨日の、ヒカちゃんのお通夜のことなんだけど」
水原さんの顔を見ると、瞳には悲しさとは別の、寂しさのような感情が含まれていることに気付く。
「根本君、来てくれたよね、スズちゃんと一緒に。ありがとね。きっとヒカちゃん喜んでるよ」
「いや、感謝されるようなことじゃないって。昨日鈴子も言ってたけど、俺は鈴子に付き合っただけだから」
「そうなの?」と、こちらを見据える水原さん。
「うん、昨日鈴子と街のほうまで出掛けてさ、その流れで一緒に行ったというか、そういう感じで」
「一緒に、街まで……」
そう言うと、再び水原さんの表情が陰る。
「水原さん?」と、俺がいぶかしむ様子で尋ねると、
「……ねぇ、根本君、昨日、ううん、ずっと前から聞きたいことがあったんだけど、いいかな?」
身体を寄せ、せがむような仕草を見せる水原さん。どこか必死な彼女の様子は、法外なほど可愛かった。今日の水原さんはなにやらせわしない。顔が近付き、入学式の日にはしていた薄化粧をしていないのに気が付く。いつから元に戻したのだろうか、きっと大村に聞けば分かる。
「な、何かな? 俺が答えられることならいんだけど」と、俺はのけ反りながら言った。
「……あのね、根本君とスズちゃんって、その、お、お付き合い、とか、してるの?」
顔を紅潮させながら、決意の籠った目で俺を見据えながら、水原さんはよく意味の分からない質問をぶつけてきた。
深く溜息をつき、目頭を押さえる。大村といい火野さんといい、そしてこの水原さんといい、何故、どうして、俺と鈴子が付き合っているなど勘違いをするのか。
「え、えっと、ごめんなさい、聞かない方が良かった?」
「いや、違くて、そうじゃなくて、どうしてそんなこと聞くのかなって思って」
「どうしてもこうしても無いわよ」
答えたのは隣に座る火野さんだ。
「誰だってそう思うわよ、あんたと鈴子の関係は。違うならちゃんと説明してあげなさい」
火野さんに背中を叩かれ、
「俺と鈴子は、まぁ、そこそこ仲の良い友達ってところだよ。恋人とか、付き合ってるとかそういうのじゃないから」と、テンプレートの解答をする。
「それじゃあ好きな人はいないの?」
それに間髪を入れず、水原さんは質問を続ける。
「スズちゃんじゃないの?」
これではまるで昨日の火野さんである。両極端な二人だと思っていたが、意外に似ているところがあるようだ。
「いや、今は、いないよ」
少なくとも、この世には、という意味合いでだ。
「そ、そうなんだぁ……良かったぁ」
水原さんは安堵したように息を吐く。どことなく安堵の笑みを浮かべていて、それはまるで恋する乙女のように美しい……。……え、今、何だって?
「ちょっとちょっとちょっと! これ葵、もうすでにあんたに惚れてんじゃないの?」
火野さんのテンションは頂点に達している。そのまま成仏して頂天に向かってしまわないように気を付けてもらいたい。
そんな馬鹿なことがあるか。まさか、凡人たるこの俺が、運というパラメータなら凡人以下たるこの俺が、女神様に見初められるなどあり得るわけが無い。いや、もし、万が一にでもそのような状況になったのならば、俺だって男だ、嬉しくないわけが無い。
だが、俺にはもう心に決めた想い人がいる。でもこの状況こそ、我が想い人が望んでいた結果だ。
「えっとね、根本君、明後日の放課後って、あいてる、かな?」
「え? ハイ、暇デスケド」
突然の申し出に、ロボットみたいなカタコト口調で返した。この流れは、経験乏しい俺でも、
「水曜日は部活早く終わるのね。それで、もしよかったら、一緒に来てほしいところがあって。市街の方なんだけど、大丈夫かな?」
こんな感じのお誘いだと分かってしまった。火野さんの期待するような眼差しを受けながらでは、返答は言わずもがな、
「……うん。多分、大丈夫」
肯定するしかない。
心境は非常に複雑だ。断りたい。断るべきなのだろう。だが、それをしてしまえば俺の隣で、
「デートのお誘いよ! 葵ってば見ないうちに随分大胆になっちゃってほんとにもう! 私には一度も見せたことない顔よ! あーもう、可愛い!」
喜びを爆発させている火野さんに嫌われてしまうではないか。それに水原さんだって傷つく。
とにかく、まだ水原さんの好意が確定したわけではない。今は、流れに身を委ねるしかなさそうだ。
「ほんと? ありがと、根本君」
頬を赤らめ、伏し目がちなその表情はまさに恋する乙女……。いやいやいや、錯覚だろう。錯覚に決まってる。錯覚だと思い込みたい。
「あ、もう昼休み終わっちゃうね、教室戻ろ」
「水原さん、先戻ってて、俺、自販機寄ってくから」
一緒の教室に戻るなど、命がいくつ必要になるか分かったものじゃない。少なくとも、クラス男子分の二十は必要か。
「そっか、分かった。じゃあまた後でね」
水原さんは妖精のようにキラキラと去って行った。
「まさかこんなにも展開が速いとはね。まだ『承』の段階のはずなのに」
一階にある自販機を目指し歩みを進めていると、火野さんは独り言のように呟いた。
「こんなことなら、最初から私いらなかったかもね」
この言葉に、俺はつい顔をしかめてしまった。火野さんがいなくなったままだったら、俺はどうなっていたか分からない。
「なにブスッとしてんのよ。あんた、あの葵とデートすんのよ? 喜びなさいよ。普通なら泣いて喜ぶどころか、ゲロ吐いて失神しているところよ」
それどころか、夢かどうか確認するために自らの腹に刃を突き立てる者まで現れてもおかしくはない。
悶々としながら自販機に辿り着き、財布を開く。
「アッ!」
中を見て、思わず声が出た。
「何よ変な声出して」と、後ろで火野さんが俺の財布を覗き込む。
「金が、無い」
「そりゃ昨日たんまり使ってたからね。水でも飲んで我慢しなさいよ」
「そうじゃなくて、明後日の資金が、これじゃバスにすら乗れない」
「……アッ!、あんた、何で昨日使っちゃったのよ!!」
火野さんは俺を突き飛ばす勢いで怒鳴ったが、その文句なら是非鈴子に言って欲しいものだ。
「そんなこと今言われても」
「あぁもう! どうにか工面できないの? へそくりとか、お小遣い前借させてもらうとか」
「どちらも望みは薄いかと」
そんなことが可能ならば、「昼飯代一ヶ月分が吹っ飛んだので弁当を作ってください」と親に頭を下げてまで頼みこんでいない。
「つっかえないわねあんた~、こんな大事なところで」
「すみません……」
「……いいわ。葵のこと頼んだの私の方なんだし、デート代ぐらい私が出すわよ」
「出すって、持ってるの? お金」
霊界に通貨があるのだろうか? 三途の川を渡るために船賃が必要になるとは聞いたことがあるが。
「家にある。へそくりが」
そういうことか、……しかし、
「家にって、どうやって持ってくるの?」
いくら無茶苦茶な火野さんでも、まさか自宅へ盗みに入れとは言い出さないだろう。
「言わなくても分かるでしょ? あんたが持ってくる以外何があるのよ。私だと、入るのはいいけど、持ち出すときに肝心のお金が壁に引っ掛かるわ」
「ちょ! 俺まだ前科持ちになりたくないんだけど」
「何も強盗しろとまでは言わないわよ。あんたがそうしたいなら止めないけど」
「なら、どうやって……」
「まぁ、私に作戦があるから、任せなさい」
火野さんは不敵に笑った。




