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虎穴に入らずんで虎児を得た3

 それは俺達が小学生の頃、それも俺の不幸体質がまだ知れ渡っていなかった頃の出来事。


 どこの学校にも飼育小屋というものがあり、ウサギやニワトリなんかを飼っていることが多い。俺の通う学校もその例外ではなかった。


 入学してまもない頃、授業の一環として生き物と触れ合うという名目で、そのウサギやニワトリと戯れる機会があった。


 今思うと、やめておけばよかったという後悔の念は拭いきれないが、俺はその初めて見る愛くるしい動物達に興味を惹かれ、思わず抱きかかえた。抱きかかえてしまった。


 その結果、翌日に体調を崩し動物病院行きとなったそのウサギは、一週間後に息を引き取った。


 田舎で全校生徒数の少ない学校だ、そのニュースはあっという間に広がる。校内全体がお葬式ムードになる中、誰かは忘れたが、ある生徒がこう言いふらして周った。


「あのウサギを最後に抱っこしてたのは俊ちゃんだ。俊ちゃんが殺したんだ、俊ちゃんはフコーを持ってくるヤクビョーガミだ」と。


 後で聞けばウサギの死因はただの老衰ということだったが、当時の純情な俺はこれを真に受け、もしかしたら本当に俺のせいなのではないかと思ってしまった。それと同時に俺のあだ名も『ヤクビョーガミ』へと変わっていった。


 それからというもの、俺はそれをネタにイジメっ子達から悪口を言われるようになり、反論することができずにそれを甘んじて受けるしかなかった。


 そんなある日、ただ一人だけ俺の味方をしてくれる女の子が現れた。俺とそいつらの間に颯爽と割って入り、こう一言、


「ヤクビョーガミなんて、いるわけないじゃない!」


 俺はその後ろ姿を今でも鮮明に思い出すことができる。少年野球で焼けた赤みを帯びた髪をヘアピンのみで固定し、まるで男子のようなTシャツに短パン、そして威勢の良い声。今の彼女の原型がすでにこの頃からあった。


 彼女の怒気に怯んだイジメっ子に、畳み掛けるようにさらに声を荒げる。


「私ね、神さまだとかオバケだとかって大っ嫌いなの! あんた達いつまでそんなダサいこと言ってんのよ!」


 そう言ってビシッと人差し指を向け、イジメっ子達を退散させてしまった。


 彼女はフンッと鼻を鳴らし、満足げな笑みをこちらに向けると、水原さん含む友人達の元に戻っていってしまった。その日俺は、短い人生の中で初めての感情を体験した。その感情は、今も彼女を見ると襲ってくるものと同じだ。




「――ちょっと、何ボーっと遠い目してんのよ」


 懐かしくも美しい過去の記憶と、先ほどの既視感の正体を思い出していた俺は、火野さんを前にうわの空になっていた。このままでは不味い。どうにか話しを繋げなければ。


「あの、火野……さんは、覚えてるの? 昔のこと」


 さっきとぼけて誤魔化したことも忘れ、彼女に真相を聞きたくなっていた。


「んー、なんとなく。これってデジャブってやつ? なんか気味悪いわね。あんたなんか覚えてないの? あとちょっとで思い出せそうなのに、なんか気持ち悪いのよ」


 火野さんは額に手を当て、思い出そうと必死な様子だ。そういえばこの人は昔からこんな性格だった。白黒はっきりさせないと気が済まず、竹を割ったような性格。


「ねえ聞いてるの? さっきからボケっとしちゃってるけど。もしかして、さっき頭でも殴られたりした?」


「うぇ、え、あ、いや、確か小学生の時にあったような気が……」


 ボケっとしちゃってるのは貴女の珍しい表情を目に焼き付けていたからです。などとは口が裂けても言えず、たどたどしい様子で俺の持っている情報を提供するしかなかった。


「あぁあー、そういえばそんなこともあったかもね。根本、あんたの不幸が移るってのは冗談として、そのアンラッキーは本物かもね」


 喉に刺さった魚の小骨が取れたように爽快な笑顔になった火野さんは、そう言ってその場を立ち去ろうと踵を返す。


「じゃあね、もうあんなんに絡まれんじゃないわよ」


「あ、あの」


 思わず笑顔に見とれてしまいそうになる自分を制して、ついつい引き止めてしまった。この絶好のチャンス、逃してしまったらもう一生会話することができない気がした。だからと言って何か話す用があるわけでもなく、ましてや告白なんてする勇気も当然持ち合わせていない。


 なんとかして会話の種を見つけ出そうと脳内を激しく回転させるも、空回りするだけで話題の「わ」の字も出てこない。それどころか、


「ん、何よ? 用が無いならもう行くけど、葵待たせちゃってるし」


 明らかに機嫌が悪くなっている。それもそのはず親友と過ごす大事な昼休みをもう随分消耗させているのだから。


「えっと、さっきあいつ等が言ってたことなんだけど」


「あぁ、気にしないほうがいいわよ。人の不幸が他人に移るなんてありえないんだから」


「いや、そっちじゃなくて、俺がその、水原さんと仲良くすることに何も抵抗を感じないのかなぁ?って思ったりするわけなのですけれども……」


 苦肉の策で、俺が昨日から抱いていた疑問を直接火野さんにぶつけてみることにした。水原さんの名前が出た途端、火野さんの雰囲気が変るのが分かった。それと同時に俺は息を呑んでつい敬語になってしまう。やはり余計なことを聞かなければよかったか。


「あぁ、そのことね……私もねぇ、最初は文句の一つでも言ってやろうかと思ったんだけどね、なーんか不思議とその気が起きないのよ」


「はい?」


 返ってきた答えがあまりにあっけのないもので、俺の返事もつい間の抜けたものになる。


 てっきりあの恐怖の牽制が来るものだと身構えていただけに、その反動は凄まじい。火野さんは頭をポリポリと掻きながら面倒臭そうに続ける。


「なんかあんたからは卑しい感じというか、下心が見えないのよ。大抵どんな男からも感じるもんなんだけどね」


 褒められているのか、男として貶されているのか理解に苦しむが、ここはポジティブに褒められたと捉えておこう。しかしそれでは、水原さんに話しかけ続ける意味が無くなる。


「そう、なんですか……」


 昨日からの疑問に回答が出たことの爽快感よりも、火野さんへの繋がりを無くしたことへの消失感、僅かに期待していたあの『破眼』を受けられない心残りの方が勝っていた。


「でも、一言だけ忠告しておいてあげるわ」


 火野さんの不敵な笑みに、思わず身構える。


「あんまり葵と親しくしないほうがいいみたいよ」


 またもや拍子抜けな彼女の忠告に、思わずポカーンと口を開けてしまう。


「何よその顔、あんた分かってないみたいだから言っとくけどね、私が何も言わなくても、さっきみたいな連中にまた絡まれることになるのよ? それも学校中全学年のね」


 火野さんは俺に背を向けて、小さく溜息をついた。


「言いたきゃないけど、葵が人気者なのは認めざるを得ないからね。全く、敵が多くて嫌になるわ」


 なるほどそういうことか。まさかこの俺が火野さんとこうやって二人きりで話せるだけではなく、心配までされる日が来ようとは。夢にも思わなかった。


「そういうこと、分かった? それじゃ私ほんとにもう行くから」


「うん、ありがとう、気をつけるよ」


 それでも釈然としない俺は、ぎこちない笑顔を作りながら手を振り彼女を見送った。


 何が釈然としないかって、困ったことに俺は水原さんを卑しい目で見るか、下心を抱かない限りは火野さんとの繋がりを持てないということだ。


 しかし今そんなことを考えていても仕方がない、とりあえず今は昼飯が最優先事項だと腹の虫がうるさいので、教室へと戻った。

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