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鳴らないピアノ  作者: 尋
1/1

死。

 ―――苦しい―――息ができない―――今更だけど―――何だか―――怖い―――。

どうしてなの―――?―――どうして私を―――最期にその答えを―――知りたかった―――。


 ……誰……? ここはどこ? 天国? 地獄? それとも私…生きてるの? あなたは……そうだ、私はあなたを知ってる……あなたは―――。

「―――クラウス!?」

私は飛び起きて、クラウスを突き飛ばした。クラウスは驚きもせず、ただ私を見ている。

「どうして!? 何でここ…に……」

言いかけた言葉をのみこんだ。周りの景色は、まったく見覚えがない。私は辺りを見回すと、混乱した頭で、必死に状況を把握しようとした。

 どこまでも続く荒野には、まるで似合わない大きな城。その城から少し離れた場所に、石でできた立派な天使像がある。翼の片方がもがれるように無くなっていて、何だか不気味だ。後ろを見ると、川が流れていた。川は途中で無くなっているのにもかかわらず、水が流れている。人工物なのだろうか。水は綺麗だが、魚が一匹も泳いでいない。変わりに、見たこともない生き物が、川底を這うようにして動いている。空を見ると、月が出ていた。赤い月だ。赤黒い空の色と溶け合っている。空に、波紋が広がった。…こんな場所は、知らない。そして、クラウス。よく見ると、どこかが違う。茶髪で、長身で、どこからどう見てもクラウスなのだが、何かが違う。そんな気がする。

 私は突き飛ばされたままの格好で動かない男に、急いで頭を下げた。

「ごめんなさい! あの…私の知り合いに、あなたによく似た人がいて、それで……」

「………」

その男は無表情で私を見ている。怒っているのだろうか。男は先程から瞬きをしていない。死んだように、動かなかった。

 私は多少気味悪く思いながらも、必死に謝った。だが、男は口を開かない。からかわれているのか? それとも、言葉が通じないとか…。私はだんだん苛々してきて、とうとう背を向けた。喋らない男にいくら話しかけても無駄だ。とりあえず、あの城へ行こう。誰か、いるかもしれない。そう思って歩き出した。

「……クラウスに裏切られたんだね、可哀想なメイ…」

「えっ…!?」

振り返ると、男と目が合った。腕を組んで、ニヤニヤしている。からかっているようにしか見えないが、何だか優しい感じがした。まるで、昔のクラウスの様に。

「…別に、からかってないよ。キミが、話す事を望まなかっただけさ。キミはさっき、謝るのに必死だっただろう?」

私は一歩後ろに下がり、男を睨んだ。何なんだろう、この男……。

「ボクが誰であろうと、キミは驚かないよね。キミ、死ぬつもりだったんだろう? ここは天国、あるいは地獄だと言っても、キミは悲しんだりしない。そうだろ、メイ」

「! どうして私の名前……」

「キミがボクを知りたいと思ったから、ボクも教えてもらったんだ。…さて、どうしようかメイ。キミには、早く選んでもらわなくちゃね。何がいい? もう一度溺れる? 今度は必ず死ねるよ」

「なっ……あんな思いは、一度でいいわよ」

実際、苦しいなんてものではなかった。苦しみが早く終わる事だけを願った。もう二度と、あんな思いはしたくない。

 それよりも、何でこの男はそんな事を言ったのだろう? 嬉しそうに笑っているのが、余計に気持ちが悪く感じられる。

「早く決めてね。じゃないと、未来永劫この地に閉じ込められちゃうから」

「…ここは何なの? あなたは一体何者?」

「うーん……ここはね、死の国とでもいうのかな。自ら死を選んだのに、死にきれなかった人たちが来る場所さ。まぁ、この世界は存在しないから、幻でも正解だね。

 キミ達の想い次第では、この世界は大きく変わるよ。この世界は、キミ達が最も望む形で死を与えてくれる。もちろん、この世界でできる範囲でね。今はこんな荒野だから、川で溺れ死ぬくらいしか方法はないけど、メイが望めば世界は変わる。

 ちなみに、ボクはこの国の王様で、あの城の主人で、キミ達の執事…とでも言えばいいのかな。ここまで来たら言わなくてもわかると思うけど、ボクは人間じゃない。生きてはいないから、絶対に死んだりしない。ボクのこの姿は、キミ達の一番望む姿になる。キミの場合は、クラウス。ボクの事も、そう呼んで。嫌なら別の呼び方でいいけど、キミはボクをクラウスと決めた。だから、ボクはクラウス以外の何者でもないんだ。でも…メイの世界のクラウスにはなれない。…ボクも、存在しないよ」

何だか、大変なことになっているらしい。男―――クラウスが話した事は、現実では考えられない。頭の中がグチャグチャで、頭痛がする。私は頭を押さえてしゃがみ込んだ。

「まぁ大事な事は、キミがこの世界で死を選択する事だね。期限は、次の満月。それを過ぎると、キミは人形になって、この場に永遠に残る事になる。死の国から旅立つ事が、できなくなってしまうんだ」

「……じゃ、じゃあ何? 私はここに、死ぬために来たっていうの?」

「そうさ」

死ぬために―――…私は嫌だった。死が迫っていた時、とても怖かったから。思い出して、身震いする。

「せっかく…助かったのに?」

「キミは死にたかったんだろう? 何でそんなことを聞くのさ?」

「……怖いからよ。もう、いいじゃない! 私を帰して!」

「うるさい黙れ!!」

突然、クラウスが声を張り上げる。一瞬怯えた表情に見えたが、顔を真っ赤にし、肩で息をしている。怒って、興奮しているのだ。

「な、何よ……」

「そんな事は、許されない! そんな考えを持つだけで、死の国を出ることはできない! 生きて帰ろうだなんて……人の道に外れてる!!」

クラウスは必死だった。何か、困る事があるのだろうか。おそらく、クラウスの言い方からして、元の世界に戻る方法はある。だがそれは、クラウスにとって不都合な事なのだろう。

 それにしても、この怒りようは以上だ……。

「ごめんなさい」

「……わかれば…いいんだ。それより、早く決めてくれ。キミのためにも」

謝った途端、クラウスは笑顔に戻った。作り笑いなような気がする。と突然、クラウスは膝を落とした。

「…何だか気分が……ボクは、城にいるからね。決まったら…おいでよ」

そう言い残すと、クラウスは急に目の前から消えた。

 とにかく、この世界を調べる必要があるだろう。クラウスが何かを隠している事についてはもちろん、次の満月を過ぎたら、本当に人形になってしまうのかとか、『キミ達』と言っていた事など、謎はたくさんある。そのうち、元の世界へ戻る方法についても、何か掴めるはずだ。

「…城と反対方向に行ってみよう」

メイは赤い月が沈みかける方へ、歩きだした。何としても、秘密を解き明かしてみせる。そう、硬く誓った。

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