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プロローグ


そこは不思議な空間だった。

部屋の石で出来ている石室であり、地下にあるのか冷たい空気が漂っている。

四方には燭台があり、青い炎が火種も無しに燃えていて、不気味な光で部屋を照らしている。

そんな場所に一人、ローブを着た人がいた。


「――――――」


少女のような澄んだ声でありながら、しわがれた老女のような声にも聞こえる不思議な声で何かの呪文を一心不乱に呟き続けている。

その声に合わせ、床に蒼い光で浮かび上がる六芒星の魔方陣が次々と紋様を変えていく。


「――――――ッ!」


ローブを着た人が最後とばかりに手に持っていた杖。

白く発光している棒に二匹の蛇が絡みつき先端の部分の虹色に輝く宝玉を噛み付いている、その杖で床を叩くと蒼く光っていた魔方陣は赤に変色した。

同時に部屋には青白い無数の雷がバチバチと響き渡る。


「――――!?」


驚くのはその人。

雷を放ちながら、黒い渦を放ち始めた魔法陣に向けて杖を向け、何かを再び必死に呟き始める。

――魔法の暴走。

魔術的な儀式においての最悪の事態と言われる状態がその部屋にて今に始まろうとしていた。


そしてそれは姿を現す。

異形。

そうとしか言い様が無い醜悪な生き物。

身体には無数の触手を生やし、その一本一本から透明で粘性が強い液を出している。

一度、触手が動いた後には無数の緑色のギョロリとした目がその身体、触手に沸き、杖を持ち自らを蘇らせた人に向けられた。

その触手の塊はエルダー・ローパーという名前で知られ、恐怖されているモンスター。

人種、特に女性体の天敵として過去の討伐によって滅ぼされた筈のモンスターがそこにいたのだ。


そのあまりの威圧感に杖も持ち、何かを必死に呟いていた筈の人は尻餅をつく。

衝撃でフードが外れ中身が見えると、ローパーの触手は興奮したように揺れ始めた。

――少女。

そう、中にいたのは一人の見目麗しい少女だった。

腰まで伸びている絹のような滑らかさを持つ黒髪を床に広げ、その何処までも吸い込まれそうな綺麗な闇色の目には驚きの色を見せている。


しかし、彼女はすぐに立ち上がり、目を瞑り、杖を握り締めて呟きを始める。

身を屈め、ローブの裾から見える白い足が震えているその姿には怯えの感情が見えるが、その瞑られた瞳の中には強い意志が込められていた。


「――――――ッ!」


再び杖を床に打ちつけると同時に、部屋に広がる炎。

炎はローパーをこの世から焼き尽くさんと使用者である少女の意思に従い異形の怪物に襲い掛かる。

青白い神聖さすら感じる炎は瞬く間にローパーを覆いつくした。


「なっ!っ!―――――ッ!」


しかし、その炎はローパーの身を覆った次の瞬間には掻き消えてしまっていた。

炎はエルダー・ローパーには効かないのだ。

その触手が出し続ける耐魔粘液によって魔術炎はローパーの身には届かずに消滅してしまう。

それでも、少女は必死に何度も炎を放ち続けた。


少女の瞳の中にある戦意の炎の勢いは変わらない、それどころかさらに増していっている。

自らが生み出してしまったこの異形を世界から駆除しようと意思の炎を燃やし続けているのだ。


だが、意思の力のみでその異形の身には勝つのは不可能であった。

青く燃える火の中から十数本の触手が彼女の身に向けて放たれる。


「っ! ……っっ!!―――ッッ!!」


彼女の白い宝石のような足に巻きついた触手はそのヌルヌルとした粘液を柔肌に擦りつけながら、上へと登っていく。

ローブの上からも中からもその身を縛り、自らの栄養とする為に。

縄のように少女の身体を縛る触手は、小柄な身体には不釣合いな程に大きいローブに隠されているたわわな胸を強調させ、横に長い耳に巻き付き触手で耳の中を穿り、頭についた角にも絡み付いていく。


その触手の動きに少女の内心は絶望の感情に満ち溢れていくが、唇を血が出る程に噛み自らの意思を強く保とうと……。





「おい、馬鹿弟子。随分と面白そうな物を書いているじゃないか?」

「ひゃぁっ!お、お、お師匠様!?ど、どうしてここに!?」


そこにいたのは二人の女性。

一人の女性はサンドウィッチが乗せてあるトレーを持ち、もう一人の女性は机に座り先程の展開を漫画にして書いていた。


「私はな、こんな夜更けまでお前が熱心に勉強していると思って感心していたんだよ。

それで差し入れでも思って作って来て見れば、実に面白そうな漫画だな?」


そう言ってお師匠様と呼ばれた少女は、漫画が書かれていた紙を見ながらそう言う。

ローパーによって精神的には反抗しながらも肉体的には悦び、嬲られ続ける書かれた少女の姿は、それを今、額に特大の青筋を浮かべて見ている少女の姿とそっくりであった。


「……あ、あははは。

こ、これはですね、その、あの…………そう!お師匠様が思ってらっしゃった通り勉強なんです!」

「ほぅ。これのどこが勉強なんだ?」


さらに青筋を大きくし、肩を震わせながら少女は問う。


「絶滅種の特徴を学ぶ勉強ですよ。

漫画ならば絵も台詞も付けられますから、とっても分かりやすいんです!

ほら、火が効かないとか女性を見つけるとどうなるかって事もこれを見れば一発でしょう?」


弟子は怯えながらも言い切る。

その言葉に師匠は笑みを深くして言った。


「では、この「やられ役」が私と瓜二つである理由は?」

「それは、何時も近くで見ていて描きやすかったからです。

それ以上の他意はありません!」


言い切った彼女。

笑みを怖い程までに深めた師匠は弟子の頭を優しく撫でて、声色は冷たいままで言う。


「そうか、すまない。私の誤解だったようだな。

お前がこのローパーについて勉強熱心なのは、よーく分かった。

あぁ、いいとも。師匠として弟子の知的欲求は満たしてやるのは義務だろう」

「あ、あの、何をおっしゃっているのですが、お師匠様?」


そう言った師匠は宙に出来た真っ黒の穴から漫画に描かれていたとそっくりの杖を取り出す。

それを弟子に向けて、光らせながら言った。


「何をかね?お前をそのローパーの生態について実体験で学ばさせてやるのだよ。

見た事がある私から言わせれば描写がまだ甘い所がある。

実際にエルダー・ローパーと触れ合えばもっと正確に書ける様になるだろう。

なぁ、嬉しいよな?

あぁ、言葉には出さなくていい、私には分かっているとも、嬉しいに決まっている。

こんな絵を描く程にローパーについて勉強しているだから」

「あ、は、え?

嬉しい以前に、ローパーってもう絶滅した筈では?」


その疑問に師匠は邪悪な笑みを浮かべて言う。


「『地上』からはな。馬鹿弟子、私を誰だが忘れたのかね?

冥界には『もっと凶悪な奴』がいるだろう?

エルダー・ローパーよりもっとヤンチャな奴だが、どっちも似たような物だ。

そいつと地下懲罰室で一週間、仲良く過ごしてくれたまえ。

一週間後には子き、身体の奥底までローパーのせい、生態が染みこんで学べるであろうよ。

馬鹿弟子はまだ若いし、アレも存分に力を振るえると思うしな」


師匠と呼ばれる彼女の杖が発光し、弟子の少女がいる床に魔方陣を刻んだ。

その次の瞬間には魔方陣から飛び出た白く輝く鎖が弟子の少女に絡みつき、地面に沈めこんでいく。

少女は何かを呟き出した光るナイフで必死に鎖を消し去りながら、目の前でニヤニヤと自分の姿を見ている師匠に喋りかける。


「ちょ、ちょっと待って下さい!お師匠様!

すいません、嘘です!勉強なんかじゃないです、私の趣味です!ごめんなさい!

お師匠様に似ているのもちょっとした腹いせのつもりだったんです、申し訳ございません!

だ、だからそれは勘弁して下さい!!」


必死な抵抗も空しく、少女の身体はズブズブと魔方陣の中に沈み込んでいく。


「ふむ、ちょっとした腹いせかね?

しかし表紙には『お師匠様が虐められる本vol.14』と書かれているのが見える。

つまり、君はこういう類の漫画を最低13は描いてきたのだと推測が出来るのだがね。

何か弁論は?」


机の上に広げられていた冊子を彼女は持ち上げ、その表紙を腰まで魔方陣の中に沈み込んだ弟子に見せつける。

その背後には青白い炎が煌々と燃え上がっている様が幻視できてしまう程の怒りの感情を見せて。


「そ、それは。

………………あはは、うん、一度書いたら病み付きになっちゃたんですよ。

他の弟子達の中にはお金を払って買ってくれる子もいましたし。

いやー、お師匠様に懸想している子って結構多いんですよね。

とても良いお小遣い稼ぎになりました、ありがとうございますお師匠様!」


もう諦めたような渇いた笑みを浮かべながら弟子はそう言う。


「どう致しまして、馬鹿弟子。

その礼にしては不十分だが、一週間を一ヶ月にしてやる。

あれと精々、仲睦まじくやってくれ、きっとお前の事を気に入ると思うよ」


その言葉と共に温情を求めて叫ぶ弟子の身体はすっぽりと魔方陣の中に吸い込まれていった。

師匠はその後に机に立てかけられていた弟子の杖を魔方陣の中に投げ入れると、自分の杖で床を一度叩き、刻まれていた魔方陣を消す。


「はぁ、まったくなぜ私がこんな夜中にこいつの汚い部屋を整理しなくてはいけないのだ」


ため息を吐きながら、弟子の部屋を彼女は見回す。

そこには、薄汚れた鍋の周りに様々な薬草や動物の目、肉が散乱しており、床には本が山積みとなっていた。


「しかし、片付けてなければ見つけられないな」


そう、彼女は過去に弟子によって描かれた十三冊の本の処分をしなくてはいけない。

二度目のため息をつきながら、眠気でショボショボする目を擦り、部屋の片付けを始める。

今夜も『風の塔』は平常運行であった。





セミフール大陸。

何時に定められたか分からない絶対不可侵の法則「大協定」があるこの世界において、一番の大きさを持つ大陸。

他の大陸以上に様々な種族や国が存在し、ダンジョンやモンスターが無数にあるこの大陸には有名な六の塔があった。

世界が生まれた時からあったと言われる大陸の何処からでも見る事が出来る、雲を貫く巨大な塔。

『光』、『闇』、『火』、『水』、『土』、『風』。

六ある魔術の属性毎に分けられ、世俗の権力と分けられる事が「大協定」によって定められている塔。


この塔には一人、塔の管理者を名乗り自らを「魔道師」呼称する物達がいる。

塔と共に生き、一人のみで世俗からの独立と治安を維持する絶対的な力の持ち主。

「神」と信仰されている事もあれば、「悪魔」と忌み嫌われる事もある六人の「魔道師」達。

そんな塔の一つである『風の塔』の「魔道師」、ルトナ・フィーリアス=ステルラ。

自らの塔の周りに建てられた独立都市「風都フィーリアス」において畏れられながらも信仰を集める彼女。

「風の魔女」と呼ばれる彼女は自分の街から才能ある弟子を取り、自らの塔で育てていた。


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