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「そうそう、ソフィーちゃんにお手紙を預かってきたよ」


 ロー様がひらりと振った手に、一通の封筒が現れた。

 彼は珍しい空間魔術の使い手で、理屈はよくわからないが異空間にたくさんのものを収納して運ぶことができるのだ。

 王都からここに来るのも、空間魔術の一種である転移魔術を使っているそうだ。

 魔術というのは便利だが、使えるのは王族に近いほんの一部の限られた貴族だけだとされており、私だけでなく平民はあまり詳しいことは知らないのが普通だ。

 淑女教育を叩きこまれた時も、時間がなかったからか魔術については触れられることもなかった。

 

 こうして軽々と魔術を使いこなすところも、私が彼を高位貴族だと考える根拠になっている。


「わぁ! ありがとうございます!」


 手紙の差出人は、ヨランダだ。


 私がここに着てすぐの頃、好きにしていいと言われたのだからモーリス男爵家に帰ろうかということも考えていた。

 だが、そうすると将来的に男爵家に迷惑がかかる可能性があるとパウエルに言われて、諦めてここに留まることにしたのだ。


 その代わりに、ヨランダと手紙でやり取りをすることを提案された。


 ソフィーという差出人だとこれまた問題になるかもしれないからと言われ、バウデヴェインという名で兎のイラストを封筒に描いて送ったところ、無事にヨランダの手に渡ったようで返事が届くようになった。

 

 そして、彼女からの手紙はロー様が届けてくれることになっている。

 ボスマン侯爵家に横槍を入れられるのを防ぐためなのだそうだが、たぶん内容を確認されているのだろう。

 旦那様はとても優れた魔術具の研究者なので、研究している内容が外部に漏れたりしたらいけないとかそんな理由なのだと思う。


 そんなことしなくても、私はスパイでもないし、手紙にはチロのことやパウエルの畑でトマトを収穫したことなど、日々楽しく暮らしているということを綴っているだけだ。

 ヨランダからの手紙もだいたい同じようなものなので、読まれても問題はない。


「それから、これは注文の品ね。

 私の独断と偏見で新シリーズも追加しておいたよ」


「きゃあああ!」


 テーブルの上にぽんぽんと現れた本に、私は歓声を上げた。


「『死に戻った悪役令嬢の優雅で華麗なる復讐劇』の最新刊!

 『見捨てられた花嫁は隣国の公爵に娶られる』の下巻!

 それから……ひゃあ! マドモアゼル・コルネリアの新シリーズじゃないですか!

 新作はいつも争奪戦になるくらい人気の作家さんなんですよ!

 しかも、さすがマドモアゼル!

 新シリーズなのに一巻から四巻まで同時発売なんて大胆だわ!」


 この系統の小説に私がハマッのは、一足先にハマったヨランダに薦められて読んでみたのがきっかけだった。

 痛快な復讐劇だけでなく、不遇のヒロインがハッピーエンドを掴んだり、冤罪なのに処刑されたヒロインが数年前に戻って人生の軌道修正をしたり、とにかくいろんなヒロインが活躍する物語に、私は夢中になったのだ。

 

 そういった小説で、ヒロインが高位貴族のご落胤というのは鉄板な設定だ。

 それから、訳ありな男性と愛のない結婚をさせられる、というのも同じくらいよくある展開だ。

 

 つまり、今の私は小説のヒロインになってもおかしくないくらいな状況と言える。


 そんなのはあくまでフィクションだと思っていたので、自分の身にそんなことが起こるなんて予想もしていなかったし、そんなことがあったらいいななんて願ったこともなかったのに。

 実際、侯爵の庶子だって言われてもちっとも嬉しくなかったしね。


 こういうのは、フィクションであるからこそ面白いというものだ。

 

 目を輝かせる私に、ロー様は優雅にお茶を飲みながら目を細めた。


「喜んでもらえたかな?」


「とても!

 今から読むのが楽しみです!

 ロー様、いつも本当にありがとうございます!

 イルセも喜びます!」


 私がここに来てすぐの頃、一冊だけ持っていた『死に戻った~』をイルセに貸してあげたところ、彼女も一気に私と同じようにハマった。

 おっとりと上品な上級使用人といった感じのイルセだが、見目麗しい男性との胸躍る恋模様な小説を読んだことで、心の奥底に眠っていた夢見がちな少女が呼び起されたのだそうだ。


 ロー様が訪れるたびに持ってきてくれる新しい本に、私たちは二人で狂喜乱舞する。

 そんな私たちを、パウエルは微笑ましそうに眺めるのがこの屋敷でよくある光景になっている。


「ソフィーちゃん、本以外にほしいものはないの?

 ここの生活は不便じゃない?」


「特にほしいものはありませんねぇ。

 あ、そうだ、次は小説だけじゃなくてお料理のレシピ本も持ってきていただけませんか?」


「いいよ。それくらいならお安い御用さ。

 他にはなにかないの?」


「うーん、そう言われても……

 ご飯は美味しいし、パウエルの畑仕事を手伝うのもアニカと料理をするのも楽しいし、チロが森を案内してくれますし。

 寝床も男爵家にいたころより豪華ですし、女の子の服装もできるようになったし……

 うん、やっぱりほしいものは思いつかないです!」


「ソフィーちゃんは欲がないね。

 まぁ、そういうところも可愛いんだけどね」


「褒められた、と思うことにしておきます」


「これ以上ないくらいの褒め言葉だよ。

 言っておくけど、私が褒めるなんてすごく珍しいんだからね」


 そうなのかもしれないが、普段のロー様を知らない私は曖昧に微笑んでおいた。


 彼は指輪をしていないから、たぶん独身なのだと思う。

 貴族は男性でも二十代前半にはほとんど結婚するということだから、彼はとっくに結婚適齢期を迎えているはずだ。

 

 魔法を軽々と使いこなすような高位貴族で、優し気に整った容姿で、これだけ気配りもできて女性の扱いにも慣れていそうだから、きっとモテるのだろうということは私でもわかる。


 それでも、彼は私の琴線にはさっぱり触れない。

 私の理想の男性像は、家族思いで力持ちな熊みたいだったお父ちゃんなのだ。 


「それで、アルベルトのやつは相変わらずなのかな?」


「はい。北の塔にこもっておいでですよ」


「食事を食べないのも相変わらず?」


「そうですね。

 ほとんどチロのおやつになってしまいます」


「まったく、困ったものだ。

 ソフィーちゃん、ごめんね!

 結婚したら少しは変わるかなと思ったんだけど、そんな気配すらないんだから」


「いえいえ、旦那様が嫁にもらってくださったおかげで、私はとてもいい暮らしをさせていただいておりますから」


「それは、ソフィーちゃんがたまたまここに適応できたからだ。

 普通の令嬢ならこうはいかないよ」


「それはそうかもしれませんねぇ」


 私は元平民の厩番で、侯爵の庶子だからね。

 普通の令嬢だなんて、口が裂けても言えない自覚はある。


「ソフィーちゃん、知ってる?

 貴族の結婚っていうのはね、三年間子供ができなかったら簡単に離縁できるんだよ」


「あ、それは淑女教育で習いました」


 平民はそこまで厳密に期間は決まっていないが、だいたいそんな感じだ。

 子供ができなくて離縁した、という話は私も聞いたことがある。


「ソフィーちゃんとアルベルトが結婚して、約一年だよね。

 つまり、あと二年くらいしたら、ソフィーちゃんは離縁することができるようになるんだ」


 毎日が楽しすぎて考えてみたこともなかったが、言われてみればそうなのだろう。


「二年後、ソフィーちゃんが望むなら、私の名においてきみたちを円満離縁させてあげる。

 そのあとのきみの生活も、私が支援すると約束しよう。

 ボスマン侯爵家にも手出しさせないようにしてあげるからね」


「まぁ、本当ですか?」


「本当だよ。

 アルベルトからたっぷり手切れ金を払わせるから、お金のことは心配しないでいいよ。

 外国に周遊旅行に行ってもいいし、世界中の本を買い漁ってもいい。

 あ、私のお嫁さんになるというのもアリだと思うよ?」


 旅行も世界中の本に埋もれるのも魅力的だが、最後の選択肢はナシだ。


「ロー様、私なんかのことをそこまで考えていただいて、ありがとうございます。

 離縁は確定だと思いますので、その後のことはゆっくり考えますね」

 

 今はこの暮らしが楽しいが、十年後二十年後もこのままというのはちょっと勘弁願いたい。

 

 私だって、女の子なのだ。

 小説のヒロインみたいにドラマティックでロマンティックでなくてもいいから恋がしてみたいし、子供がほしいと思っている。

 できれば愛する男性との間に子をつくりたいところだが、それが無理ならお父ちゃんとお母ちゃんがそうだったように、身寄りのない子を引き取って育ててもいい。

 お金の心配がいらないのなら、それも難しくないだろう。


「まだ時間はあるからね。

 焦らずゆっくり考えてみなさい。

 では、私はアルベルトのところに行ってくるよ」


「はい! 

 このクッキーを包んでおきますので、帰りに声をかけてくださいね」


「それはありがたい。

 では、また後でね」


 ロー様はひらひらと手を振りながら、北の塔へ向かって歩いて行った。


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