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アニカと一緒に料理をするだけでなく、パウエルの手伝いで畑を耕したり野菜を収穫することもあれば、イルセと花の苗を移植することもある。
私は男爵家では厩番だったが、他の使用人たちに頼まれて仕事を手伝うこともよくあったので、たいがいのことは一通りできるのだ。
パウエルとイルセは王都にいたころは高位貴族の屋敷の上級使用人だったので、ここに来るまでほとんど土を触ったことすらなかったのだそうだ。
最初はアニカの旦那さんにも来てもらって、鍬の使い方から習ったということで、農業がこんなにも重労働なのかと驚いたものだと笑っていた。
そんなパウエルの畑も今それなりの広さになり、各種野菜がつやつやと実る立派な家庭菜園になっている。
イルセの花壇も色とりどりの花が咲き乱れ、とてもきれいだ。
二人とも田舎のスローライフを満喫しながら、夫婦仲良く暮らしている。
私はそんな二人からすれば一応は奥様という立場だが、娘のように可愛がられている。
なんでも、生まれてすぐに亡くした娘が生きていたら私くらいなのだそうだ。
私のほうも、二人の手伝いをしていると、できなかった親孝行をしているような気分になるので、私たちの仲はとても良好で、楽しく暮らしている。
私たち三人はそうなのだが、旦那様がどうしているかは私は知らない。
北の塔にこもりきりというのは本当のようで、初日以来姿を見かけることすらない。
パウエルとイルセが出入りして掃除をしたり料理を届けたりしているのだが、料理はほとんど手つかずで戻ってくる。
アニカの絶品ミートパイですらそうなのだから、私のスープなんて減っていたためしがない。
なんとももったいないことだ。
そんなので旦那様はどうやって生きているのかとパウエルに尋ねてみると、塔には栄養剤や非常食がたくさん常備されていて、それで食いつないでいるのだという。
食べることに興味がないし、食事に時間を裂くのも面倒だから、という私にさっぱり理解できない理由なのだそうだ。
飛びぬけて優秀な人はどこか欠けているみたいなことを聞いたことがあるが、旦那様もそのタイプなのかもしれない。
たまに夜中に目が覚めて北の塔を見てみると、いつも窓から灯りが漏れているのが見える。
きっと、毎晩遅くまで魔術具の研究をしているのだ。
それだけ好きなことに打ち込めるというのも、幸せなことなのだろう。
ちなみに、旦那様が手を付けなかった料理はチロが食べてくれるので無駄になることはない。
北の塔から食事が乗ったままのお盆を下げてきて、台所にそれを置いて目を離したすき皿がきれいに空になるということが続いた。
初めのうちは、誰かが気づいて食べたか処分したかしたのだろうと思っていたが、どうにもおかしいということに気が付いた。
それで調べてみて、やっとチロがこっそり盗み食いしているということが判明したのだ。
犬が食べられない食材などもあるのではないかと心配したが、チロはいつも通り元気いっぱいだったので、森で育ったチロはきっと人里の犬よりも頑丈なのだろう、という結論になり今に至る。
王都で生まれ育ち、ずっと王都で生きていくのだろうと思っていた私には、田舎の暮らしは驚くことよりも楽しいことが多い。
ボスマン侯爵家に無理やり引き取られたてディアナになり替わることを強要されたときはどうなることかと思ったが、ここに来ることができて幸運だったと思っている。
そのきっかけとなった旦那様には感謝しているくらいだ。
そんな平和なある日のこと。
庭の木陰でチロのブラッシングをしていると、それまでリラックスしていたチロが飛び起きてきゃん! と吠えた。
「おや、見つかってしまったね」
チロに吠えられたのは、銀に近い金色の髪をした白皙の青年だった。
「あ、ロー様! お久しぶりです!」
彼はたまに屋敷にやってくるので、私とも顔見知りだ。
旦那様の研究に必要な資材などを届け、同時に旦那様の研究成果を王都に持ち帰り然るべきところに登録したりしてくれるのだそうだ。
「こんにちは、ソフィーちゃん。
今日は一段と可愛いね!
やっぱりこんな田舎に置いとくのはもったいないなぁ。
王都で私のお嫁さんにならない?」
「またまた、ロー様ったら」
こうやっていつも軽口を飛ばしてくるのだが、彼はきっと高位貴族なのだと思う。
なんとなく、物腰からそれが伝わってくるのだ。
パウエルたちはなにも言わないから、きっと詮索しないほうがいいのだろうと察して、私はただロー様と呼ばせてもらっている。
「今日はなにかお菓子はある?」
「昨日焼いた、木苺ジャムのクッキーがありますよ」
「いいね! それと、お茶をお願いするよ」
「かしこまりました。
では、あちらのガゼボで少々お待ちくださいね」
まるでカフェで注文をとっているようだが、これもいつものことだ。
彼はここに来ると、私がつくったお菓子を食べながら私とお茶を飲むのだ。
こうして私のことを探っているのだと思うが、別に探られて痛い腹もないので構わない。
お皿に甘酸っぱい香りのする木苺ジャムのクッキーと、イルセが花と一緒に育てているハーブを乾燥させたものを練り込んだクッキーをお皿に盛ってテーブルに置いた。
「いいねぇ、こういう素朴な感じ。
これを楽しみにここに来てるようなものだよ」
ロー様は美味しそうにクッキーを頬張る。
王都のお菓子のように凝っているわけではないが、彼に言わせるとその素人感がいいのだそうだ。
「このジャムは、私が森から採ってきた木苺からつくったんですよ」
「へぇ、そうなんだ。
森に入るのも、もう慣れたものだね」
「ええ、チロのおかげで。
この木苺もですけど、食べられるキノコとか木の実とかを教えてくれるんです」
「ふぅん、賢い犬だねぇ」
「私の大切なお友達ですから。
ね、チロ?」
私の膝の上で、チロもクッキーを齧りながら尻尾を振った。




