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「イルセ! 森で木苺を採ってくるわ。

 そろそろ食べごろみたいなの」


 花壇の草取りをしていたイルセに、空の手提げ籠を見せながら声をかけた。


「わあ、それは楽しみです!

 たくさん採ってきてくださいね」


「ええ、ジャムにもパイにもできるように、籠いっぱいに採ってくるわね」


 見つけた時は青かった木苺が、真っ赤に熟すのを私は首を長くして待っていた。

 木苺を採るのも味わうのも初めてなので、楽しみでしかたがない。


「ソフィー様、お出かけですか?」


 麦わら帽子を被り、鍬を担いだパウエルがやってきた。


 私がこの屋敷に到着した日は、ぱりっとした使用人をお仕着せ姿だった二人だが、あのお仕着せは来客を迎える時に着るくらいで、普段は農家の夫婦みたいなスローライフ仕様で過ごしている。

 

 もちろん私もそれに倣い、楽な服装だ。

 

 足元は丈夫な編み上げブーツで、白いブラウスに紺色のエプロンドレスを重ね、髪は三つ編みにして背中に垂らしている。

 

 淑女教育を叩きこまれていたころは、毎日コルセットでぎゅうぎゅうに腰回りを絞められて、こんな生活がずっと続くのかとげんなりしていたのだが、嫁いでからはコルセットにも重たいドレスにも触ってすらいない。


 モールス男爵家で厩番をしていた時は男物の服ばかり着ていたのだが、ここに来てからは「せっかく可愛いのだから!」とイルセに説得されて女の子の服装をすることが多くなった。

 

 初めの頃はなんだか落ち着かなかったが、今ではごく自然にスカートを選んで穿いている。


「森で木苺を採ってくるわ。

 昼前には帰るわね」

 

「いつも言いますけど、森はなにがわかりませんからね。

 十分に用心してくださいよ」


「大丈夫よ。チロもいるんだし。

 ねぇ、チロ?」


 私は、足元の真っ黒な仔犬を見下ろした。

 ここに来てすぐの頃、森を散策している時に出会い、すっかり私に懐いたのでそのまま飼っている。


「きゃん!」


 任せろ! というように、ふさふさな尻尾をふりふりするのが可愛い。


 厩番をしていたこともあり、私は動物全般が大好きなのだ。


「いってきま~す!」


 私は足取りも軽く屋敷から森に続く道を歩いていった。

 今日はお天気も良くて、木苺狩り日和だ。


「さて、チロ。

 また木苺のところまで案内してくれる?」


 この森に住んでいたからか、チロは森の中のことにとても詳しい。

 今日採りに行く予定の木苺がたくさんなっている場所も、チロが教えてくれた。


 あれから何度か足を運んだので大体の場所はわかっているつもりだが、チロに案内してもらうほうが確実だ。


 チロのあとに続いて歩いていくと、ほどなくして木苺の群生地にたどりついた。

 緑の葉の間に、ルビー色に色づいた私の親指の先ほどの大きさの木苺が数えきれないくらい鈴なりになっている。

 

「わあ、きれい!」


 王都育ちの私は、この森に来て初めて木苺を目にした。

 もちろん、こうして自然の状態のままの木苺を見るのも初めてだ。


 一つ手にとって口に入れてみる。


 甘酸っぱくて、とても美味しい。

 新鮮な木苺ってこんな味なんだ。


 これならジャムにしても、他のお菓子にしてもきっと美味しくなるだろう。


「さぁて、たくさん採るわよ。

 チロはその辺りで遊んでいてね」


 私は腕まくりをして、木苺の収穫を始めた。

 たまに籠ではなく自分の口に放り込むのはお約束というものだ。


 チロはというと、私の声が届く範囲くらいを元気に駆けまって遊んでいる。


「さて、これくらいにしておきましょうか」


 籠の七割ほどが木苺で埋まったところで、切り上げることにした。


「チロ! そろそろ帰るわよ!」


 声をかけると、チロがぴょんと現れて笑顔で駆け寄ってくる。


「きゃん! きゃん!」


 そして、私の少し手前で立ち止まってついて来て! というように吠えた。


「なぁに? またなにか見つけたの?」


 得意気に尻尾をピンと立てて歩くチロについていく。

 

 そのまましばらく歩くと、大きな倒木に行き当たった。

 そして、朽ちかけたその幹からは、にょきにょきと茶色いキノコが生えている。


「このキノコ、食べられるのね?」


「きゃん!」


 木苺を見つけたときと同じ流れだ。

 チロがわざわざ案内してくれたのだから、間違いないだろう。

 

「ありがとう、チロ。

 これも採って帰りましょうね。

 きっとアニカなら美味しく料理してくれるわ」


 私は籠に入るだけの量のキノコを収穫し、すっかり重くなった籠に大満足で屋敷に戻った。


「おやソフィー様、おかえりなさい」


 屋敷の台所では、通いで料理を請け負ってくれているアニカがちょうどエプロンをつけているところだった。


 彼女は料理の専門家というわけではなく、いうなれば近所では料理上手で通っている農家のおばさんといったところだ。


 ボスマン侯爵家では、大きな皿に少しだけ盛られた料理が順番に給仕されるような食事だったが、ここではもちろんそんなことはしない。


 料理は全て器に盛って食卓に並べ、全員で食事をするのだ。

 

 モールス男爵家でも使用人は同じようにして食事をしていたし、私としては馴染みがある形式だ。 

 賑やかなに食卓を囲むと余計に料理が美味しく感じられるというものだ。 

  

「木苺はたくさん採れましたかね?」 

 

「もちろん、いっぱい採ってきたわ!

 それでね、このキノコを見てほしいんだけど」


 私がキノコを籠から取り出すと、アニカの目が輝いた。


「ニラノタケではありませんか! こんなに立派なのは久しぶりに見ましたよ」


 生まれてからずっとこの近隣で生活しているアニカは、森の恵みにも詳しい。


「美味しいキノコなの?」


「もちろんですよ!

 シチューに入れても、炒めても美味しいですし、乾燥させて保存食にもできるんですよ。

 早速つかってみましょうかね」


「ええ、そうしましょう!」


 ここに来てから私はアニカに料理を習うようになった。

 基本的な家事はいつか嫁に行った時に困らないようにと母に仕込まれたが、料理はその限りではない。

 男爵家では専門の料理人がいたので、母も料理をする機会はあまりなかったのだ。


「今日は珍しく魚が手に入ったので、昼食はそれを焼きますよ。

 ニラノタケは付け合わせにちょうどよさそうですね」


 食材は、アニカが持ってきてくれることになっている。

 事前に注文しておくよりも、アニカの目利でその日に市場で売られている者の中から新鮮な食材を選んでくれるほうが美味しいのだ。


「スープにもつかえる?」


「ええ、もちろんです。

 いい風味のスープになりますよ」


 初めの頃は包丁を手にするのも危なっかしかった私だが、アニカが根気よく指導してくれたおかげで今ではスープくらいなら難なくつくれるようになった。

 できることが増えるというのは、嬉しいものだ。


 私はスープの具となる野菜とニラノタケを刻み、それが終わったら魔術コンロに鍋を置いてバターを溶かし、それから具をじっくり炒めていった。

 全体にある程度火が通ったら、水を加えて蓋をしてしばらく放置だ。


 魔術コンロというのは、竈の役割を果たす魔術具のことだ。

 私には詳しいことはわからないが、火属性の魔石をつかって鍋を加熱するのだそうだ。


 この調理場には魔術コンロが三つもあり、パイなどを焼くことができる魔術オーブンに加え、入れたものを低温で保存することができる低温保存庫まで設置されている。


 こういうものがあることは以前から知っていたが、見るのはここに来てからが初めてだった。

 かなり値が張る品なので、男爵家の調理場にはなかったのだ。


 実はこの魔術具たちは、旦那様のお手製だ。

 

 この屋敷には、他にもあちこちに生活が便利になる魔術具があり、その全てが旦那様作となっている。

 もう若くないパウエルたちの仕事が楽になるようにと、ここに引っ越してきてすぐにささっと作ってくれたのだそうだ。


 パウエルたちが「旦那様はお優しい方」と言っていのは、間違いではないのだと思う。


 私からしても高価な魔術具が使い放題で、ありがたい限りだ。 


「ソフィー様、魚を捌きますよ。

 血とか内臓とか出ますけど、見ておきますか?」


「もちろんよ!」


 アニカはまず大き目の包丁で魚の頭を切り落とし、腹を切り裂いて内臓や血を洗い流していく。

 きれいになったところで、食べられない骨や皮から身を切り離し、三枚おろしの完成だ。


 魚の内臓って、あんな感じなんだ。

 鶏や豚なら食べられる部位もあるんだけど、魚はそうでもないんだな。


 独特な臭いにも、包丁やまな板にべっとりとついた血にも、怯むほどではない。


「次、私がやってみます!」


 私は心配顔のアニカから包丁を受け取り、教えられながら魚を捌いた。


 アニカが見せてくれたお手本ほど上手にはできなかったが、肉に比べるととても脆い魚の身を崩すことなくなんとか切り身にすることができた。


「初心者にしては上出来ですよ。

 ソフィー様は器用ですねぇ」


「えへへ、ありがとう」


 褒められるのは、単純に嬉しい。


 あとは、塩とスパイスを切り身にふりかけ、小麦粉をまぶしてバターで焼けばムニエルの完成だ。

 私がパウエルとイルセを呼びに行っている間に、アニカは付け合わせの野菜とニラノタケを手早く炒める。

 

 魚のムニエルと野菜炒め、私がつくったスープと、パンが今日の昼食メニューだ。

 いつもながら、とても美味しい。


 チロも、味付けをせず焼いただけの魚を美味しそうに食べている。


 田舎なこともあり、王都で手に入るのより食材が新鮮だからなのだろう。 

 王都は海からも大きな川や湖からも遠いこともあり、干物やオイル漬けの魚はたまに見かけたが、生魚なんて見ることもなかった。


 ニラノタケもとても好評だったので、明日はもっとたくさん採ってきて乾燥させてみよう。


 和やかに食事を終えると、パウエルとイルセはまた庭と畑に戻っていった。

 

 私はアニカと食器を洗い、それから木苺でジャムなどを作ることになった。


「砂糖の量は好みでいいんですよ。

 少なめにすると長持ちしないんですけど、ここには大きな低温保存庫もありますから、あまり気にしなくてよさそうですね」


「そうね。魔術具って本当にありがたいわね」


 木苺と砂糖を鍋で煮詰めていると、甘く爽やかな香りが漂ってくる。

 私が木べらでジャムの鍋をかき回している間に、アニカは夕食になるミートパイの生地を捏ねている。


 アニカのミートパイは絶品なので、今からとても楽しみだ。


 ここに嫁いできた翌日から、私はこうして好きなように暮らしている。


 旦那様が期待したような浪費はしていないし、愛人を囲ったりもしていないが、好きなようにするようにと命じたのは旦那様なのだから、文句を言われる筋合いはないというものだ。


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