㉕
「そんな感じで、ソフィーとあちこち出歩いてるんだ」
しばらくしてから訪ねてきたロー様に、アルくんは嬉しそうに話している。
「いい感じに休暇を満喫しているようだね」
「うん!
ソフィーと一緒だと、なにをしても楽しいんだよ」
「そうなってくれるのが狙いだったわけだけど、予想以上にうまくいったね。
こんなに普通に元気そうなアルは初めて見たよ。
ありがとう、ソフィーちゃん。
全てきみのおかげだ」
「は、はい……」
アルくんの隣に座らされている私は、緊張でガチガチになっている。
「あれ? ソフィーちゃん、どうしたの?」
首を傾げるロー様は、王弟殿下なのだ。
ボスマン侯爵の庶子で、フェルデン公爵の妻っぽい立場になっている私だが、気持ちはまだ平民のままだ。
王族の前でどんな顔をしていいのかわからない。
「もしかして、僕の身分がバレたからそうなってるの?」
「そうなんだ。
フローリスが王弟だって知って、すごく動揺してたんだよ」
「だって、それは……しかたないと、思います」
いたたまれなくて俯く私の前に、ひょいと本が差し出された。
「……! これは!」
「マドモアゼル・コルネリアの新作。
少し前に持ってきたシリーズものの、最新刊だよ」
声にならない悲鳴を上げながら、おしいただくように受け取る私の前に、ポンポンと本が虚空から現れて積み上げられていく。
「こっちは、王都の書店で今一番人気なやつ。
そっちのは、僕の知り合いの奥さんが最近ハマってるっていう新人作家のやつね。
きっとソフィーちゃんも気に入ると思うよ」
「あああああありがとうございます!
もう、表紙と題名を見ただけで面白いっていうのがわかります!」
マドモアゼルのシリーズは、一冊でそれぞれ物語が完結するようになっているのだが、全ての事件の背後にいる黒幕の存在が匂わされていて、まだ謎が残っているという段階で最後の巻が終わっていた。
次できっとその正体がわかるのではと、イルセと首を長くして最新刊を待っていたのだ。
新人作家の作品も、どれも興味を惹かれるものばかりだ。
「ソフィーは、そういう本が好きなんだね」
「そうなの。大好きなの!
読んだ後に、イルセと感想を言いあうのがすごく楽しいの!」
「アルも読んでみたら?
奇想天外な展開とかあって、意外と面白いものだよ」
「そうしようかなぁ。
こういう本は読んだことがないし、僕もソフィーと感想を言いあうっていうのしてみたいし」
そういえば、アルくんが生活していた北の塔には雑誌とか新聞とかはたくさんあった。
中にはゴシップ雑誌みたいなのもあったから、こういう本も案外すんなり読めるのかもしれない。
というか、そうやって薦めるってことは、ロー様も読んでるっぽい?
「さて、ソフィーちゃん。
これも渡しておくよ」
積み上げられた本の上に、ポンと一通の手紙が現れた。
「わぁ! ありがとうございます!」
歓声を上げて手に取った手紙をアルくんは横から覗きこんで、眉を寄せた。
「バウデヴェイン? って、誰?」
「私の偽名みたいなものよ」
ヨランダがくれた兎のぬいぐるみの名を、私が彼女との手紙をやり取りをするために拝借しているのだ。
そういえば、ヨランダのこととかはまだアルくんに話していなかったな。
「読んでごらん。
大事なことが書いてあるはずだから」
言われるままに開封して目を通して……思わずカウチを蹴倒す勢いで立ち上がった。
「ソフィー⁉ どうしたの⁉」
「ヨランダお嬢様が……結婚するって!」
その手紙には、急に良縁が舞い込んできて、あっという間に結婚が決まったと書いてあった。
「し、しかも、来月ぅ⁉」
先月受け取った手紙には、婚約のことすら書いてなかったのに。
貴族の結婚は、婚約期間が半年から一年は設けられるのが一般的で、その間に結婚式や結婚後の生活の準備を整えると習ったのだが、それをすっとばしたというのか。
モーリス男爵は堅実で真面目な方だから、無謀なことをして借金を背負ったなんてことはないだろう。
一人娘で跡取りのヨランダをすごく可愛がっていたし、変な男を婿に迎えるとは考えにくいが……
「ま、まさか……ボスマン侯爵が、また権力を振りかざしたのですか⁉」
そんな理由だったら許せない!
ヨランダは私の大切な親友で、モーリス男爵は恩人なのだ。
私はここで平穏無事に暮らしているが、それは運がよかっただけのこと。
ボスマン侯爵は、一応は血を分けた娘である私が酷い目にあうと確信しつつ、売り飛ばした。
そんなことをするような人が、弱小寄り子でしかないモーリス男爵に親切にするはずがない。
「落ち着いて、ソフィーちゃん。
この縁談は、僕が取り持ったんだ。
ヨランダ嬢の婿は、僕の下で働いている子爵家の三男で、真面目な男だよ。
きみの実父もその親族も関わっていないから、安心して」
「そ……そうなんですかぁ……」
ロー様がそう言うのなら、きっと大丈夫だ。
反射的にそう思えるくらい、彼のことは信頼している。
ほっとしたのと同時に力が抜けて、私はカウチにまた座り込んで手紙に最後まで目を通してみた。
確かに、会ったばかりだけどいい人だって書いてある。
ヨランダがそう思っているのなら、心配いらなそうだと改めて胸を撫でおろした。
彼女は賢いだけでなく、人を見る目があるということを私はよく知っている。
「ソフィーちゃん、ヨランダ嬢の結婚式に行きたくない?」
「え? でも……」
できれば来てほしいが、無理はしないでほしいとも書いてある。
ここから王都は遠いし、今の立場の私が参列したら迷惑にならないだろうか。
「まず移動に関しては、僕の転移魔術を使えば一瞬で済む。
僕の屋敷には空いてる部屋がたくさんあるから、いくらでも泊まればいい。
その他の手配も遠慮なく僕に任せてね」
王弟殿下なのだから、それは立派な屋敷が王都にあるのだろう。
たぶん、パウエルとイルセもかつてはそこで働いていたのだ。
「でも、ご迷惑ではありませんか?」
「迷惑なわけがないじゃないか。
アルを元気にしてくれたお礼だとしたら、安すぎるくらいだよ」
ロー様にとって、アルくんは甥にあたる。
そして、アルくんはとても優秀な魔術師で、国にとっても重要人物なのだ。
そんな彼を健康体にした私は、間接的に国に貢献したとも言えなくはない。
「こう言っては何だけど、貴族の結婚式とはいえ庶民に近い身分だから、特に注目されるようなこともない。。
念のため少し変装すれば、きみの正体に気が付く人なんていないよ。
それに、この結婚に横槍を入れるというのは、僕に喧嘩を売るということになる。
そんなことをしたがる輩がいるとも思えないしね」
それはそうだろうと、私も思う。
「きみもヨランダ嬢に会いたいでしょう?」
「それは、もちろん」
手紙のやり取りは続いているにしても、叶うなら直接会いたいに決まっている。
私の身を案じ、宝物を預けてくれた彼女に元気でいることを伝えたい。
彼女の花嫁姿を見て、精一杯の祝福をしたい。
「じゃあ、なにも迷うことはない。
モーリス男爵家の結婚式に合わせて王都に行くってことで、決定だ!」
ロー様は明るくすぱっと言い切った。
「パウエルとイルセも一緒に連れて行くから、そのつもりで準備をしておくように。
久しぶりに息子や孫に会いに行くといい」
「かしこまりました」
壁際に控えている二人は、揃って頭を下げた。
なかなか会えない家族に会えるのは、嬉しいことだろう。
「フローリス! もちろん僕もだよね?
ソフィーと一緒に連れて行ってくれるんだよね?」
アルくんが私の手を握りながら声を上げた。
「もちろんだよ。
ソフィーちゃんと王都でデートでもすればいい。
変装して結婚式に参列するのも面白そうじゃないか」
それは……確かにちょっと面白そうだ。
彼はユルク村とその周辺は普通に歩き回ることができるようになったから、きっと王都でも大丈夫だと思う。
「結婚式かぁ。
雑誌で読んだことはあるけど、実際に見るのは初めてだ。
楽しみだね、ソフィー!」
こうして、私は約二年ぶりに里帰り?することになった。
書き溜めていたのを全て放出したので、しばらく更新が止まります。




