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「ではでは、この中で一番状況を理解している私が解説をしてあげよう」
そう声を上げたのは、もちろんロー様だ。
「と、その前に。
アル、きみはソフィーちゃんから離れてこっちに来なさい」
「嫌だ! 夫婦はくっついて座るもんだろ!」
「ソフィーちゃんに嫌われてもいいっていうなら、それでもいいけど」
旦那様は渋々といった様子で、向かい側のカウチに戻った。
「かいつまんで説明すると、アルは肉体を一時的に若返らせる魔術陣を開発したんだ。
パウエルとイルセの体が楽になるように、という目的だったそうだが、まずは自分で試してみた。
この姿はその結果なんだよ」
そうか、パウエルとイルセのためだったのか。
この屋敷にいくつも設置されている魔術具から考えても、それは本当なのだろうと思う。
「それで、パウエルたちを驚かせようと子供の姿のまま屋敷に来てみて、調理場でソフィーちゃんと出会った。
美味しいパイを食べさせてもらって、子ども扱いされて、それが嬉しくて毎日通うことにしたんだそうだ。
パウエルたちにバレないようにって、わざわざ人払いの魔術具をつかってね」
パイが美味しかったというのはわかるが、子ども扱いされるのがそんなに嬉しかったの?
よくわからない。
「では、次はソフィーちゃんの説明ね。
ソフィーちゃんは、ボスマン侯爵の庶子だ。
生まれてすぐにモーリス男爵家に預けられ、そこで厩番の夫婦に拾い子として育てられた。
男爵家ではごく普通の平民として、楽しく平和に暮らしていた。
そうだね?」
その通りなので、私は素直に首肯した。
「そんなソフィーちゃんを、ある日突然ボスマン侯爵は権力にまかせて強引に引き取った。
それからがソフィーちゃんの波乱万丈の人生の始まりってわけだ」
ボスマン侯爵家の長女ディアナは、稀代の悪女として社交界にその名を広く知られていた。
だが、実際の悪女は次女マリーナで、家庭内で虐げられていた姉の名を騙ってやりたい放題していた。
侯爵は事業に失敗したのと浪費により借金が膨れ上がっていたところに、多額の支度金と引き換えに悪女ディアナを娶りたいとフェルデン公爵つまり旦那様からの打診が来て、喜んで飛びついた。
そしてその直後、ディアナは出奔し行方をくらましてしまう。
借金を帳消しにするためには、どうしても娘をフェルデン公爵に嫁がせなくてはならない侯爵は困った。
だが、可愛いマリーナを『悪魔公』の元にやるのは忍びない。
それなら、ずっと放置していた庶子をディアナに仕立て上げて嫁がせよう!
というわけで、厩番の娘だったソフィーが稀代の悪女になりすまして旦那様の妻になったわけだ。
「そんなことになってたのか……」
旦那様はボスマン侯爵家の内情も知らなかったらしく、呆然としている。
「私としては、結果としてソフィーちゃんがアルのお嫁さんになってくれてよかったと思ってるけどね」
パウエルとイルセも同意らしく、壁際でこっそりと頷いている。
「それは僕もそう思うけど、なんで最初に教えてくれなかったんだよ!」
「だって、アルは悪女を嫁にするって言い張って、私の話なんか聞かなかったじゃないか。
交渉も手配もなにもかも私に丸投げだったし、それなら本物のディアナを助け出すのに利用しようと思ったんだよ」
「利用?」
「ボスマン侯爵家は、違法薬物の売買に手を出している疑いがあって、前からこっそり調査してたんだよね。
それで、長女のディアナが酷い扱いをされてるのがわかってね。
アルはどうせ奥さんを放置するだろうし、少し時間を置いてから自由にしてあげるつもりだったんだ」
ロー様は、私にも三年が過ぎたら円満に離縁できるようにしてくれると言っていた。
きっとディアナにも同じように提案する予定だったのだろう。
「あの、ロー様。
本物のディアナは、無事でいるのでしょうか……?」
恐る恐る、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「ああ、それは大丈夫。
ディアナは王都から少し離れた町で、私の息がかかった商会の事務員をしているよ。
駆け落ちした男も同じ商会で馭者として雇ってるんだ。
幸せそうな新婚生活をおくってるって報告が上がってきてるからね」
「よ、よかった……」
虐げられていたとはいえ、お嬢様なディアナが市井で暮らしていけるのか私はずっと心配していた。
会ったこともないが、私たちは異母姉妹なのだ。
悪い男に騙されて娼館に売られていたりでもしたら、寝覚めが悪すぎる。
ロー様が面倒見がいい方で、私もディアナも幸運だった。
「というわけで、私からできる説明はこれくらいだね。
あとは二人で話し合って、事実の擦り合わせをしたらいいんじゃないかな」
「事実の擦り合わせ……ですか?」
「そうだよ。
書類上とはいえ、きみたちは夫婦なんだからね。
きちんと話し合って、今後の方針なんかも決めておいたほうがいいでしょう?」
「それは……そうですね」
私としては、結婚して三年が過ぎたらこの地を離れるつもりだった。
だから、旦那様とは関わらないままでいようと思っていたのに、アルくんとは仲良しになってしまっていた。
旦那様も旦那様で、私がディアナであることを知らなかったようだし、私と旦那様では見えているものが全く違っていたはずだ。
「旦那様。
こうなったら、しっかりと話し合いをいたしましょう」
「うん、いいよ!
あ、ソフィーがつくったかぼちゃプリンがあるんだよね?
それを食べながらでもいい?」
とにもかくにも、私たちは一度仕切り直しをして再度話し合いの場を持つことになった。




