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「ロー様、なぜ旦那様は今頃になって……?」


「私が奥さんに会うように勧めたんだよ。

 面白そうだからね!」


「面白そうって、そんなぁ!」


「ふふふ、ほらね? 既に面白いじゃないか」


 青ざめる私に、ロー様は他人事のように笑った。

 いや、彼からしたら完全に他人事なのはわかっているが、焚きつけた張本人なのに!


「そんなわけで、私は明日も来るから私のかぼちゃプリンはとっておいてね。

 それじゃ、また明日!」


 私がさらに抗議する前に、ロー様の姿はすっと掻き消えた。

 転移の魔術で王都に戻ってしまったのだ。


「マズいわ!

 パウエル、イルセ、どうしましょう!

 旦那様はディアナのことなんてとっくに忘れられてると思ってたのにぃ!」


 手を取り合ってオロオロするイルセと私に対し、パウエルは冷静だった。


「ソフィー様、落ち着いてください。

 ご実家からのお荷物に、ドレスや化粧品などがあったはずです。

 まずは、そちらの確認をなさってください」


 そうだった。

 ボスマン侯爵家から嫁いで着た時に持たされた荷物には、いかにも悪女っぽい派手すぎるドレスが数着入っていた。

 化粧品も装飾品も、それらしいのがあったはずだ。

 

 長閑な田舎であるユルク村では無用の長物でしかないそれらは、一応整理してクローゼットに入れたまま放置されている。


「久しぶりに見ると、すごいわよね」


「そうですね。

 正に悪女というか、なんとうか……」


 クローゼットを久しぶりに開けてみて、私とイルセは揃って嘆息した。


「ええと、前に旦那様にお会いした時は、この真っ赤なドレスを着ていたから別なのがいいと思うのだけど」


「私もそう思いますけど……正直なところ、その赤いドレスが一番マシです」


 イルセが言いたいことはわかる。


 他のドレスは、太腿までスリットが入っていたり、背中が大胆すぎるくらい大きく開いていたりと、露出が高いものばかりなのだ。


 悪女っぽいといえばそうだが、実際に自分が着るとなるとかなり抵抗がある。


「……この赤いドレスを着るしかなさそうね。

 いくらなんでも、こんなお腹が冷えてしまいそうなドレスはちょっと嫌だわ」


 この屋敷には、薪を使わなくても部屋が温かくなる便利な魔道具がいくつも設置されているが、大胆に太腿を晒している自分を想像するだけで心の底から冷えてしまいそうだ。


「きっと大丈夫ですよ、ソフィー様!

 旦那様が前回のドレスを覚えているはずがありませんもの」


 それもそうだ、と私は頷いた。

 旦那様の書類上の妻になってからもう九か月ほどになるが、その間一度も姿すら見ていないほど無関心なのだから、ドレスなんてどれでも同じだろう。


 ドレスは初日に着ていた真っ赤なものに消去法で決めた。


 装飾品は派手で大振りなものばかりだが、イルセによるとどれもガラスでできた偽物なのだそうだ。

 それもそのはずだ。

 だって、こんな大きな宝石が本物だったら間違いなく高額だし、あのボスマン侯爵がそんなのを私の嫁入り道具に持たせるわけがないのだから。


 ドレスと合わせて装飾品を選んで、髪型と化粧はイルセがなんとかしてくれるとして。


 これで外側は悪女になる準備ができたわけだが、まだ一番大事な問題が残っている。


「さあ、ソフィー様!

 旦那様のご希望通りの稀代の悪女としてのふるまいを特訓いたしましょう!」


 既にげんなりしている私に対し、イルセはノリノリだ。


 なにせ、旦那様の妻は稀代の悪女として名高いディアナなのだ。


 外側を取り繕っただけでは足りない。

 悪女に見えるように演じないと、偽物だとバレてしまう。


 こんな時参考になるのは、悪女キャラが登場する小説だ。


 ロー様のおかげで小説はたくさんあるが、やはり一番参考になるのは『死に戻った悪役令嬢の優雅で華麗なる復讐劇』の主人公ヘンリエッタで決まりだろう。

 私もイルセもお気に入りの小説で、何度も読み返しているからセリフなどもだいたい頭に入っているというのも参考にしやすいポイントだ。


 私はヘンリエッタを脳裏に思い描きながら、悪女を演じることになった。


「悪女とは、ガラが悪いという意味ではありません。

 上品さはしっかりと残しつつも、性格の悪さを全面に押し出すのです!」


「扇子を振り回すのはマナー違反です。

 どんな貴婦人よりも淑女らしく、その中でギラリと光るものがあるのが悪女というもの!」


「それでは流し目ではなく横目で睨んでいるだけです。

 もっと、こう、内側から色気がにじみ出るような感じで!」


 小説の悪女キャラは、だいたい貴族家の令嬢で、性格は悪いが淑女なのだ。

 嫁ぐ前に三か月だけ短期集中で淑女教育を詰め込まれただけの私より、長年高位貴族家で上級使用人をしていたイルセの方が淑女については詳しい。 


 そんなわけで、イルセは私より悪女に対する解像度が高く、中途半端な私にビシビシと指導を入れる。


 イルセによる熱血指導は夜まで続いたが、見かねたパウエルが待ったをかけた。


「それくらいにしておきなさい。

 旦那様は、淑女の細かいマナーなどを気になさる方ではない。

 表面だけ悪女のように装えば、十分だろうよ」


「……そうですね。

 明日は朝から準備をしなくてはなりませんし、これくらいにしておきましょう」


 イルセはとても楽しそうだったが、私は慣れない悪女教育に疲労困憊になってしまった。

 体力には自信があったのに。


 とはいえ、不安に頭を悩ませる余裕すらなく気絶するように眠ることができたので、その点では助かったと思う。


 そのおかげなのか、翌朝目が覚めた時は自然と覚悟が決まっていた。


 今から慌てたところで、どうにもなりはしない。

 私がディアナでないことはロー様はもう知っているようだし、きっと悪いようにはならないだろう。

 なるようになれ、だ。


 私は朝食を急いで食べると、イルセと二人でせっせと悪女の変装を始めた。


 髪をこれ見よがしに高々と結い上げ、目元には濃い紫のアイシャドウ、唇にはドレスと同じいろの紅を引く。

 ぎゅうぎゅうとコルセットで胴回りを締め付けた上に重たいドレスを纏い、ギラギラな装飾品をつければ稀代の悪女ディアナの完成だ。


 私は姿見の前でくるりと回って、自分の姿を確認した。


「どう? 悪女に見えると思う?」


「それはもう!

 私の頭の中のヘンリエッタ像に極力寄せましたので」


 少なくとも外見は、イルセ的には大満足な仕上がりなようだ。

 あとは、私の演技力次第というところか。


 外から部屋の扉がノックされ、パウエルの声が響いた。


「ソフィー様、準備はお済でしょうか。

 旦那様とフローリス様がお待ちです」


 私は化粧が崩れない程度にパチンと両手で頬を叩いて気合を入れた。


「すぐに行くわ。さあ、イルセ!」


「はい、ソ……奥様」


 奥様と呼ばれるのも変な感じだが、それも少しの間の辛抱だ。

 

 なんの用だか知らないが、さっさと面会を済ませてしまおうではないか。



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