⑯ アルベルト視点
塔の中で一人になると、術が解けて元の姿になった。
いっそ本当に体だけ子供にすることができれば、ずっとソフィーの傍にいられるかもしれないのにと思うが、いくら僕でもそこまでのことはできない。
これもレフィが言っていた命に関わることだからだ
「アル~! ソフィーちゃんとどうなってるのか、説明してよ!」
しばらくすると、案の定フローリスが笑いながらやってきた。
俺は締まりのない顔をしている彼をキッと睨みつけると、魔力を叩きつけた。
「おまえ、ソフィーと……!」
攻撃されることは見通しだったようで、僕の魔力はあっさりと彼の結界によって弾かれた。
「まぁまぁ、落ち着けって」
「落ち着いていられるか!」
「わざわざあんな姿になって膝枕までされておいて、よく言うよ。
私はたまにソフィーちゃんとお茶をしてただけで、指一本触れてないんだよ?」
そうか、ソフィーには触れていないのか。
ほっと胸を撫でおろし、同時になんでフローリスがソフィーに関わるのがこんなにも嫌なのか自分でも理解できずに首を傾げた。
パウエルとイルセもきっと関わっているはずだが、そっちは特に気にならないのに、なぜフローリスだけがこんなにも嫌なのだろう。
「なんだか胸がモヤモヤするって顔をしてるね。
そのモヤモヤの理由を教えてあげようか?」
人生の大半を引き籠って過ごしている僕と違い、彼は幼いころからたくさんの人間と関わりながら暮らしてきたそうだ。
僕の胸中を見透かすことくらい、魔術を使わなくても彼には簡単なのだ。
「アル、きみは私に嫉妬してるんだよ」
「しっと……?」
「そう。
私にソフィーを盗られるんじゃないかって、心配なんだろう?
そういう感情を嫉妬というんだ」
言葉の意味は知っているが、今までに抱いたことのない感情だ。
僕は、モヤモヤが渦巻く自分の胸を見下ろした。
そうか。
これが、嫉妬という感情の感触なのか。
「でも、パウエルとイルセは……」
「パウエルは男性だけど高齢で、イルセのことを愛している。
そして、イルセは女性だ。
ソフィーからしたら、あの二人は恋愛対象になりようがない」
恋愛がどういうものか、頭ではだいたいわかっている。
異性同士で、お互いのことを特別に大好きになることだ。
フローリスが持ってくる雑誌には、そのように書いてあった。
「その一方、私はというと。
私が十歳ほど上で多少年齢は離れているけど、これくらいなら許容範囲内だよね。
女性にモテる容姿だし、贅沢させてあげられるくらいのお金も持ってるし、身分もある。
そして、独身で現在は決まった相手もいない。
恋愛する相手を探してる女性からすれば、なかなかの優良物件だというのがわかるかな?」
わかる。
わかりたくないが、それは僕でもわかる理屈だ。
「ソフィーちゃんは真面目で、働き者で、優しくて、欲がない。
私から見ても可愛い女の子だと思うよ。
できることなら、王都にある私の屋敷に引き取りたいくらいだ」
ソフィーがここから遠く離れた王都で、フローリスに毎日お菓子を食べさせて、手をつないで散歩をして、膝枕を……
「そ、そんなのダメだ!
ソフィーは僕の屋敷で雇ってるんだからな!
絶対に、おまえには渡さない!」
そんなことになったら、ソフィーは『小さなアルくん』のことなんてすぐに忘れてしまうだろう。
ソフィーに会えなくなるなんて、忘れられるなんて、僕には耐えられない‼
「ところで、アル。
きみの奥さんはどうしてるの?」
「……知らない。
どっかそのへんで、好き勝手してるんだろ」
そういえば、そんなのがいたんだっけ。
あんな悪女のことなどどうでもいい。
今は、ソフィーのことで僕の頭はいっぱいなのだ。
「アル。年長者であり保護者である私から、きみにひとつアドバイスをあげよう。
もちろん、ソフィーちゃんに関することだよ」
フローリスの言葉など聞きたくないが、ソフィーのことならと僕は耳を傾けた。
「明日、きみの奥さんに会いなさい」
「……なぜ」
「きっとすごく面白いことが起こるからだよ」
面白いこと……?
僕には想像もつかないが、悪女に会うとなにかが起こるということか。
「たぶんだけど、きみとソフィーちゃんの関係は今よりも親密になれると思うよ」
「本当に⁉」
思わず前のめりになった僕の肩を、フローリスはポンと叩いた。
「アル、きみは優れた魔術師だ。
そろそろ表舞台に出てもいいころだよ。
ソフィーちゃんも、きっとそれを望むと思うよ」
そうなのだろうか。
ソフィーは、そんなことを望むのだろうか。
「パウエルたちには、明日きみが奥さんに面会することにしたって伝えておくよ。
私も立ち会うからね」
フローリスは立ち去り、僕はまた一人になった。
バスルームに行き、前髪を上げてみた。
そこには、なんとも醜い二色の瞳がある。
ソフィーはこれを怖がったりしなかったが、それはもしかして僕が子供の姿をしていたからなのだろうか。
今の大人の姿でこれを見たら、ソフィーもまた僕を『悪魔公』と罵るのだろうか……
「ソフィー……」
恋しい。
会いたい。
頭を撫でてほしい。
叶うなら、僕だけをその瞳に映していてほしい。
「僕は……ソフィーが好きなんだな……」
今さらながら、初めて気がついた。
これはきっと、恋と呼ばれる感情なのだと。
いつの間にか、僕はそういった意味でソフィーを求めていたのだ。
となると、書類上の妻である悪女をどうしたらいいのだろう?




