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⑮ アルベルト視点

 ソフィーがスモモのパイを食べさせてくれてから、僕は毎日ソフィーに会いに行くようになった。


 パイがとても美味しかったというのもあるが、温かな手で撫でられるのがあまりに気持ちがよかったのだ。

 

 それに、彼女は僕の瞳を見ても怖がらなかった。

 むしろ、前髪が長すぎることを気遣ってくれた。


 優しくて、温かくて、いい香りがするソフィー。


 彼女の魔力はこの国のその他大勢のようにごくわずかでしかないが、とてもいい香りがするのだ。

 あの魔狼がソフィーに従っているのも、それが理由なのだろう。


 パウエルに雇われたのだと思うが、彼女は屋敷の主である僕の名前を知らなかった。

 それならそれでいい。


 アルくんと呼ばれ彼女に甘やかされると、とても懐かしいような切ないような気持ちになる。

 ほとんど記憶はないが、あの地下牢に閉じ込められる前は、日常的に同じように甘やかされていたような気がする。


 彼女は僕の屋敷で雇われている小間使いなのだから、僕の相手をさせるのも業務の範囲内のようなものだ。


 そう自分に言い訳をしながらも、僕の心の柔らかなところがソフィーを求めてやまないことを自覚していた。

 僕の心の中に、そんな部分があることすらソフィーに会うまで知らなかったというのに。


 僕の生活の中心が、ソフィーになった。


 魔術のことを考えていても、いつの間にやら頭の中は彼女の笑顔でいっぱいになっている。


 できることならずっと一緒にいたいが、彼女は僕をアルという名の子供だと思っている。

 もし僕がこの屋敷の主だと知ったら、今までのように甘やかしてはくれなくなるだろう。


 それを防ぐためにも、僕が子供の姿で彼女に会いに行っていることはパウエルたちにも知られるわけにはいかなかった。

 ちょうどいいことに、以前に開発した人払いをする魔術具があったので、ソフィーに会いに行くときはそれを持っていくことにした。


 肉体を若返らせる魔術はパウエルとイルセのために開発したのに、本末転倒なことをしているのはわかっていたが、それでもどうしてもソフィーに会いたかった。


 塔に一人でいるのが寂しく思えるようになって、そんな時はソフィーがいる屋敷を窓から眺めるようになった。


 同じ寝台で眠るという魔狼が妬ましくて、いっそ魔狼に擬態する魔術でも開発しようかと思ったくらいだ。

 だがそうすると、言葉を交わすことができなくなってしまうので断念した。

 

 もっと傍にいたい。

 ずっと一緒にいたい。


 だが、そのためにどうしていいのかわからない。


 それに、もしソフィーに僕の正体が悪魔公だということが知られてしまったら、と思うと怖かった。


 あの澄んだライラックスライムのような瞳が、嫌悪と恐怖に染まって僕を見るようになったら……


 想像するだけでも、心臓が止まりそうになってしまう。


 会いに行くたびに食べさせてくれるスープは、ソフィーがつくったものなのだそうだ。

 以前は、フローリスが持ってくる栄養剤があれば事足りていて、空腹を感じることもなかった。

 

 それなのに、今はソフィーに会える時間の前にはしっかりと空腹になり、スープを食べるのが待ち遠しくなるようになっている。


 そして、食事の後は二人で手をつないで散歩をする。

 ただ屋敷の近くを歩くだけだが、それだけで僕は今までなにも知らなかったということを思い知らされた。


 空が青いことも、そこに浮かぶ雲が白いことも、風が頬を撫でる感覚も、木の葉が緑色なことも、地に落ちた葉は枯れて茶色くなることも、僕は知っていたはずだ。

 なのに、ソフィーと散歩しながら見た世界は、それまでとまるで違って見えた。


 全てが美しく輝き、この世の全てに意味があるのだということを肌で感じることができた。


 それは、僕自身も同じだ。


 他にできることもないからと魔術の研究に明け暮れていたが、こんな僕もきっと生まれてきた意味があるのだと思う。

 

 生まれてきてよかったと、あの時生贄になって命を落とさなくてよかったと初めて思った。

 

 これからは、ソフィーが喜ぶことをしたい。

 そんな魔術具を開発したい。


 だが、ソフィーはパウエルたちと違って、まだ若い。

 体の不調もなさそうだ。


 となると、どんな魔術具をつくれば喜んでもらえるだろうか。


 ソフィーを観察しながら、僕は頭を悩ませていた。


 フローリスから依頼された魔術具の開発も同時に進めていて、そちらがなかなか難航して久しぶりに徹夜をした翌日。


 ソフィーは僕にスープを食べさせてくれた後、木陰で膝枕をしてくれた。

 膝枕というのを、僕はその時初めて知った。


 頭に彼女の柔らかさと温もりを感じ、まるで天国にいるような心地よさだった。

 手をつないだり、抱き着いたりしたことはあったが、膝枕は別格だった。

 僕が知らないことが、まだまだ世の中にはたくさん溢れているのだ。


 嬉しくて胸が痛いくらいに高鳴ったが、疲れていたこともあり眠りに落ちるのはすぐだった。


 とても幸せな気分で眠っていたのに、不快な気配で目が覚めてしまった。


「おや、これはこれは」


 フローリスの声。

 眠りを妨げられ、僕は幸せな気分から一気に不機嫌になった。


 人払いの魔術具は、魔力がある程度多い人間には効かないのだ。


 しかも、あいつがソフィーのことを『ソフィーちゃん』と馴れ馴れしく呼んでいるものだから、さらに腹が立った。


 燃やしてやろうかと真剣に思ったが、そんなことをしたらソフィーが怖がるだろうと思って自重した。

 

 僕が子供の姿でソフィーに甘えているのが、フローリスには面白くてしかたがないらしい。

 まあ、そうだろうなと僕も思う。


 悪魔公が子供に化けて小間使いに甘えているなんて、面白い以外のなにものでもないだろう。


 そう思ってムカムカしていたところに、あいつはさらに聞き捨てならないことを言った。


 なんと、あいつは僕を訪ねてくるたびにソフィーのお菓子を食べて一緒にお茶をしていたというのだ。


 信じられない!


 僕はスモモのパイしか食べさせてもらったことがないというのに!


 裏切られたような気持ちでいっぱいになった僕だが、ソフィーは意地悪をしたかったわけではないということはわかっている。

 痩せた僕に栄養をつけさせるために、お菓子ではなく具だくさんなスープとパンを優先して立食べさせてくれていたのだ。


 ソフィーのスープは、あれはあれでとても美味しい。

 ただ、お菓子となるとまた特別感が違うではないか!

 食事にほとんど興味がない僕だが、それでも甘いものは好物なのに!

 

「明日はお菓子だからな!」


 僕はソフィーに念押しして、いつもの塒である塔へと駆け戻った。


 あれ以上ソフィーの前にいたら、酷い醜態を晒してしまいそうな気がして逃げたのだ。


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