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14/22

 その日、いつものように調理場に現れたアルくんは、なんだかとても眠そうだった。


 スープとパンを食べさせると、満腹になったからかさらに眠そうになった。


「アルくん、今日はお散歩はやめておこうか?」

 

「……やだ。ソフィーとお散歩にいく」


 目をぐしぐしと擦りながらも、どうしてもお散歩に行きたいらしい。


 それなら、と私は閃いた。


「少し待ってて。すぐ戻るわね」


 私は敷布とひざ掛け、それから毛糸玉と編み棒をバスケットに詰めた。

 

「さ、行きましょう」


 アルくんの手を引いて向かったのは、大きな樫の木の木陰だった。


 地面に広げた敷布に、靴を脱いで座る。


「おいで、アルくん。膝枕してあげる」


 遠慮がちに敷布の上に座った彼の小さな頭を、膝の上に乗せた。


「……これ、ひざまくら、っていうの?」


「そうよ。私もお母ちゃんによくしてもらったのよ」


 繕い物や編み物をするお母ちゃんに甘えながらのお昼寝が、小さいころの私は大好きだった。


「ソフィーのお母ちゃんって、どんな人?」


「とっても優しかったわ。

 血が繋がってない私を、本当の娘として育ててくれたの」


「痛いことを、されたことはない?」


「もちろん、数えきれないくらいあるわよ。

 悪いことをしたら、頭のてっぺんに拳骨を落とされたわ」


「……痛そう」


「すごく痛かったけど、そうやって怒られるのは私が悪いことをしたときだけだったわ。

 私はお転婆だったから、危ないことばかりしていたの。

 しょっちゅう拳骨しないといけないお母ちゃんも大変だったでしょうね」


「それは、そうかも……」


 言いながら、アルくんは欠伸をした。


「時間が来たら起こしてあげるから、少しお昼寝なさい」


「うん……」


 本当に眠かったらしく、彼は身じろぎしてからすぐに寝ついてしまった。


 その小さな体にひざ掛けをかけてあげて、私はバスケットから編みかけのマフラーを取り出した。

 王都より北に位置するここは、冬はそれなりに冷え込むので、イルセに習って編み物を始めたのだ。


 こういった細かい作業はあまり得意ではないのだが、頑張るとマフラーが次第に長くなっていくのが楽しい。

 まずは初心者だから、自分用のマフラーを仕上げることが目標だ。

 手袋や靴下も上手に編めるようになったら、寒がりなヨランダにも送ってあげようかな。

 ヨランダが好きな赤やピンクなどの明るい色の毛糸を編むのも楽しそうだ。


 そんなことを思いながら編み進めていると、アルくんの隣で丸くなって眠っていたチロがぱっと顔を上げた。


「おや、これはこれは」


 そんなことを言いながら現れたのは、ロー様だった。

 チロは彼の気配を察知して目を覚ましたようだ。


「いらっしゃいませ。

 座ったままで失礼します」

 

 いつもなら立ち上がって迎えるところだが、今はアルくんに膝枕しているから動けない。


「ロー様、どうしてこちらへ?」


 ここは屋敷から少し距離があるし、とくに何もない場所だ。

 こんなところにわざわざロー様が来た理由がわからない。


「いや、ちょっと気になる気配がしてね」


 ロー様が見ているのは、私でもチロでもなくアルくんだ。


「まさか、こんなことになっているとはねぇ。

 ふふふ、面白いな」


 なにが面白いのか私にはわからないが、目を覚ましたアルくんには伝わったようだ。

 

 前髪の間から覗く二色の瞳が、不機嫌そうにロー様を睨んでいる。

 

「……フローリス。なにをしている」


「なにって、いつも通りだよ」


「来るのは明後日だったはずだ」


「二日くらい誤差の範囲じゃないか」


 ロー様は端正な顔にニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


「たまたま時間が空いたら、ソフィーちゃんのお菓子が食べたくなったんだよ。

 というわけで、ソフィーちゃん。

 なにかお菓子はあるかな?」


「はい、かぼちゃプリンがありますよ」


 アルくんは、膝枕されたまま今度は私を睨んだ。


「ソフィー……僕、それ食べてない」


「だって、アルくんはお菓子よりもちゃんとしたご飯を食べないと」


 最近は随分マシになったが、今でも彼は血色があまりよくないし、手足は細いままだ。

 もっと健康的になってほしいところだが、私が食べさせてあげられるのは一食だけだから、限界がある。


「フローリスは、ソフィーのお菓子をいつも食べているのか」


「そうだよ。

 それが楽しみでここに来ているようなものだからね」


「……」


 なぜかギリギリと悔しそうな顔で歯ぎしりをするアルくん。


 どうやらこの二人は以前からの知り合いのようだが、それにしてもアルくんの口調がいつもになく子供らしくない。

 

「ソフィーちゃんのお菓子は、とっても美味しいんだよぉ。

 もしかして、アルは食べたことがないのかな?」


「……スモモのパイを食べた」

 

「それだけ?

 私はクッキーもチーズケーキもカップケーキも食べたよ?」


 ロー様が煽ると、アルくんがさらに歯ぎしりをする。


「あ、あの、ロー様、それくらいで……

 アルくんも、お菓子が食べたいなら、今度食べさせてあげるから、ね?」


 慌てて間に入ると、アルくんはガバッとひざ掛けを跳ねのけて起き上がった。


「絶対だぞ? ソフィー、約束だからな?」


 瞳をギラギラとさせて私に迫るアルくん。


「もちろんよ。そんなに心配しなくても、ちゃんと食べさせてあげるわ」


 その寝ぐせで乱れた黒髪を手櫛で整えてあげる。

 

「くくっ……本当に、面白いね……」


 そんな私たちが、なぜかロー様はおかしくてしかたがないらしい。


 アルくんはぎらりとロー様を睨みつけると、立ち上がってさっと靴を履いた。


「明日はお菓子だからな!」


 私に念押しすると、彼はそのまま駆け去ってしまった。


 それを見送ってから、ロー様は私を振り返った。


「じゃあ、ソフィーちゃん。

 残念だけど、今日はきみのお菓子を食べる余裕はなさそうだ」


「あの、ロー様はアルくんをご存じなんですね?」


「ああ、ずっと前からね。

 ちょっと特殊な育ち方をしたせいで変わり者なんだけど、悪いやつじゃないんだよ」


「そうなんですね……

 アルくんってば私の前にしか現れないから、もしかして妖精なんじゃないかって思ってたんですよ」


「妖精⁉ アルが妖精!

 そんなふうに思ってたの⁉

 はははは、やっぱりソフィーちゃんは面白いなぁ」


 なにが面白いのかわからないが、ロー様は肩を震わせて笑っている。


「きみへのお土産は、イルセに預けてあるよ。

 これからもアルと仲良くしてあげてね。

 またね、ソフィーちゃん」


 そう言うと、ロー様はひらひらと手を振りながら去っていった。

  

 それからしばらくして、北の塔から屋敷に戻ってきたロー様は爆弾を投げつけてきた。


「明日、フェルデン公爵閣下が奥さんに会いに来るんだって。

 そのつもりで準備をしておいてね」


「「「えええぇぇぇ⁉」」」


 私とパウエルとイルセは、そろって愕然としたのだった。

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