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⑪ アルベルト視点

 どれくらい気を失っていたのかわからない。

 目が覚めた時、魔術陣はすっかり光を失って元の状態に戻っていた。


 ゆっくりと体を起こしてみた。

 魔力が枯渇寸前ではあるが、体はちゃんと動く。

 痛いところも、違和感もない。


 それにしても、小さなトマトに魔術をかけるのと、成人した人間にかけるのでは魔力の消費量が違うのはわかるが、これほどとは。

 僕じゃなかったら、生命を維持する魔力すら奪われて死んでいたかもしれない。


 迂闊だったと反省しながら立ち上がってみて、違和感に気が付いた。


 目線が低い。


 いつもなら僕の腹くらいの高さのはずのテーブルが、ほぼ僕の背と同じ高さになっている。


 目の前に手をかざしてみると、なんだか指の長さと掌の比率がおかしい。

 僕はぺたぺたと自分の顔や体を触ってみて、それからバスルームに鏡があったことを思い出した。


 鏡の前に立ってみると、そこに映ったのは小さな子供だった。

 何歳くらいなのかはよくわからないが、とにかく小さな子供だ。


 そこで初めて、こうなるのも当然だと僕は思い当たった。


 既に老人のパウエルが十歳ほど若返ったところで体の大きさはさほど変わらないだろうが、僕が同じことをしたら子供になってしまうではないか。


 改めて、僕は鏡に映る自分の姿を見た。

 たぶん、レフィに引き取られた時と同じくらいの大きさだと思う。


 予定では十歳くらい肉体を若返らせるつもりだったのだが、どうやらやりすぎてしまったらしい。


 失敗ではないにしても、あの魔術陣は魔力消費量が多すぎる。

 もっと改良しなくてはいけないということがよくわかった。


 だが、体にあわせて服も変化するという機能は上手く働いている。

 おかげで、ブカブカな服に埋もれずに済んだ。


 そっと前髪を上げてみて……すぐに下した。


 残念ながら、この姿になっても僕は『悪魔公』のままだった。

 

 僕の顔がこうなったのは不完全な魔術陣の生贄にされそうになったのが原因だから、僕がこの大きさだった頃はまだ普通だったはずなのだが、そこまでの融通は利かないようだ。


 それならそれで、しかたがない。

 僕はその場で屈伸したりぴょんと飛び跳ねたりして、体に不具合がないことを確認した。


 悪くない。

 若返りすぎたこと以外は、期待通りの結果になっていると思う。


 となれば、早くパウエルたちに見せてやりたい。

 早く喜んでほしい。


 そう思い立った僕は、久しぶりに自分の意志で塔から外に出た。

 

 時刻は、昼過ぎくらいだろうか。

 照りつける太陽が眩しくて、目を眇めた。


 僕はパウエルたちがいるはずの屋敷に向かっててくてくと歩いた。

 体が小さいから、歩幅も小さくてなかなか前に進まない。

 

 いくらもいかないうちに、息が上がってしまった。

 普段引き籠ってばかりいるから、体力不足なのだろう。


 腹がぐぅぅぅ~と妙な音をたてた。

 それで初めて、酷く空腹であることの気がついた。

 

 元より栄養不足睡眠不足なのに加え、魔力が枯渇寸前になっているのだ。

 なにか食べないと、このままでは動けなくなってしまう。


 そう思った時、とてもいい香りが鼻孔をかすめた。


 なんだか甘くて、優しい香りだ。


 それが、パウエルたちが住んでいる屋敷の一画から漂ってくる。


 僕は導かれるようにふらふらとその香りをたどり、半開きだった扉を開いて中に入った。


 そうやって足を踏み入れたのは調理場だった。

 香りが充満していて、空腹がさらに刺激され眩暈がするようで……


「きゃん!」


 警戒の響きのある声に、はっと正気に戻った。


「あら、あなただぁれ?」


 そちらを見ると、金色の髪をした人間がいた。

 イルセよりも若い女だ。

 フローリスよりも若いのかもしれない。


 女は、紫色のくりっとした瞳を大きく見開いてこちらを見ている。

 その足元にいるのは、真っ黒な犬……ではない。


 あれは、魔狼ではないか。


 魔力を持つ僕には、あの魔狼がかなりの魔力を秘めているのがわかる。


「きゃん!」


 魔狼が誰何の声を上げるように高く鳴いた。


「どうしたの? 迷い込んでしまったの?」


 いけない、なにか答えなくては。


 そう思ったが、普段ほとんど誰とも会話をしないので、とっさに言葉が出てこない。

 口ごもってしまった僕の代わりに、腹がぐぅぅぅ~と返事をした。


「お腹がすいているの?」


 僕はこくりと頷いた。

 正直なところ、空腹で倒れそうなのだ。


「ちょうど今、スモモのパイを焼いたところなの。

 よかったら、食べてみる?」


 僕はさっきより勢いよく頷いた。

 この匂いは、どうやらスモモのパイという食べ物から発生しているようだ。


 どういう食べ物かはわからないが、こんなにもいい匂いがするのだからきっと美味しいものに違いない。


 早く食べたい! と僕の胃袋が切実に訴えている。


「そこに座って待っててくれる?

 すぐに切ってあげるからね」


 女が指さした椅子に僕は大人しく座ると、魔狼が僕の足元に来て金色の瞳でじっと見上げてきた。


 金色の瞳。

 僕と同じように強い魔力を持っている証だ。

 

 本当はもっと大きく恐ろしい姿をしているのだろうに、あえて仔犬のような姿になっているのだと思う。


 その理由は……なんとなくわかる。

 仔犬に化けることで、無害で無力な存在であることを装っているのだ。


 そんなつもりではなかっただが、僕もちょうどそのような感じになっているから、よくわかる。


 そう思ってみれば、魔狼の黒い被毛も僕と似ているではないか。

 僕はなんとなく親しみを感じた。

 

 とはいえ、魔力量は魔狼より僕のほうが上だ。

 あまりそういうことはやったことはないが、純粋な魔力比べになれば僕が圧勝できるだろう。


 それがわかっているから、魔狼は警戒しつつも僕に手出しをしようとしないのだ。 


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