Ⅰ.
「―――はぁ……はぁ……耳……だけじゃ……なくて……目……も……見えなくなって……来ちゃった……。ごめんね……お兄ちゃん……。
真希……約束守れなくて……良い子じゃなくて……ごめんなさい……。真希……お兄ちゃんの……事……大好き……なのに……。
……お兄ちゃんは……真希の……事……好き……?」
あの日あの場所で聞いた、亡き妹の最後の言葉だ。今でも忘れられない、特別な言葉。
俺は今も尚、あの言葉に対する返事を探し続けている―――。
【翠閻≠弔い】
「……朝か」
見上げたコンクリートの天井は、いつだって冷たく俺を刺す。
何度か目を瞬かせ、起き上がれない事を察する。
最悪の夢。
最悪の絶望。
そこから立ち上がるには、どんな時でも時間が必要なのだ。
3XXX年。
東京都渋谷区、国家霊鎮圧部隊、本部隊第五鎮圧部隊隊員寮 - 906号室
人にとって脅威の存在である人の負の感情から湧き上がる霊が人を喰らい、霊の特殊変異型である物怪が人に寄生する社会。
そんな霊に対抗するべく立ち上げられたのがこの国家霊鎮圧部隊、略してG.H.O。
部隊は主に第一鎮圧部隊から第八鎮圧部隊。
本部隊の第一鎮圧部隊には、この部隊のエリート達が揃っていて、どれだけ素質がほかの人より秀でていたとしても、後から入隊することは不可能。
そして俺、九条嵐は第五鎮圧部隊に所属している。
まぁ……普通の部隊だ。
別にエリートと言うわけでも、落ちこぼれというわけでもない。
そんな物語のような世界で、今日も俺は息をする。
「……そういや、今日は朝から霞隊長から呼び出されてたな……。何の用事だろう」
G.H.Oの黒く洗礼された制服に着替え、顔を洗い、一通りの用事を済ませた後、寮の冷たく長い廊下を歩きながら、そんな事を考える。
第五鎮圧部隊隊長―――霞桜紋。
一見するととても厳格な人のように見えるが、実は仲間思いで情に厚い隊長だ。
そんな隊長からの呼び出し。
任務ではないと言っていたから、霊関連ではないのだろうかと黙々と考えていると、本部隊の隊長室の前へと進んでいた。
所々に番号の書かれた部屋が並ぶこの廊下の先に、霞隊長の個室がある。
第五鎮圧部隊で唯一、霞隊長だけが俺を気にかけていた。
一人で任務に行くときは付き添い、異能力を上手く扱えないときには助言をしてくれる。
彼女のその行動が、幾度も挫けかけた俺の心を救ってきたことは確かだった。
廊下の先の、「七」と書かれた扉の前で、俺は立ち止まる。
俺以外誰もいない廊下は、いつもと変わらない静寂に包まれていた。
深呼吸をし、扉を開く。
隊長に会うことを予想していた俺の目に映ったのは、静寂に包まれた空間と、部屋の中央に立つ三人の少年少女だった―――。
『嵐、ようこそ』
部屋の白机から浮いている端末から、霞隊長の声が響く。
『これから君には、この子たちと特殊な任務を遂行してもらう』
俺は唇を噛みしめる。
また、あの面倒な人間関係が始まるのか。
「私たち、九条さんの話は聞いているんです」
一人の少女が、冷たい目で俺を見つめる。
「貴方の霊への情けや、無気力な行動は、チームの邪魔になるだけです」
新たな対立が、今、始まろうとしていた―――。




