第一章 第三話
ING 第一章 第三話
「はい。準備オッケーです。」
「わかりました。」
その日、玲央の家にはドキュメンタリーを制作するスタッフが集まり、玲央は撮影の準備ができるまで待っていた。
「あの、斎藤さんは……?」
「斎藤さんなら、ホテルに忘れ物があるからって言って、遅れて来るそうですよ。」
「そうですか。」
ふと、この話しを持ちかけてきた斎藤がいないことが気になって聞いてみた。家のリビングを使うことは玲央の母に許可はとっていて、ドキュメンタリーに出ると言った時はビックリしていたが、出るのは玲央だけだし、顔や声には編集をかけるので、母には止める理由が特に無かった。
「じゃあ、本番に入りましょう。」
ドキュメンタリーを撮影するプロデューサーがそう言った。プロデューサーは大雑把に『こんな風にこの角度で座ってね』と指示し、玲央は言われた通りに姿勢を正して座った。
「霧島くん。本番に入る前に、もう一度確認するよ。君には三つの質問を投げる。
まず“事故後、どんな気持ちでどんなふうに過ごしてきたか” 次に、”藤田先生に伝えられるなら何を伝えたいか” 最後に、”全国のファンに伝えたいことは”の三つだ。」
玲央は冷静を装った。
「はい、考えてきました。」
「よかった。ゆっくり落ち着いて喋っていいからね。」
「……はい。」
プロデューサーは優しく、玲央に伝えた。玲央は冷静を装っているのが見抜かれたような気がした。現に手は震えている。
「じゃあいきまーす。3・2・1——」
カメラマンが数え終わると、プロデューサーがゆったりとした口調で玲央に問いかける。
「それでは、藤田先生が亡くなられた現場に居合わせた少年に、今の気持ちを聞いてみたいと思います。」
決して霧島くんや玲央くんとは呼ばれず、”少年”と呼ばれることに、自分が潤悟のファンや、このドキュメンタリーを見る人にとっての異物であることを認知した。それに、居合わせたもなにも、自分が殺したようなものだろう。と、自分を冷めた目で見たりもした。
「まず、藤田先生が亡くなられてから、どんな気持ちで、どんなふうに生きてきましたか?」
「えっと……正直、いい思い出ってゆうのが無くて。小学校の頃は、”人を死なせたやつ”ってゆうレッテルを貼られて、友達なんてできませんでした。家族の中にも軋轢が生まれて……自分で招いたこととはいえ、自分が死ねばよかったって思いながら生きてきました。」
玲央はそう言った瞬間、我ながらビックリした。話す言葉を決めてはいたが、いざ正直に話すとなった時に、勢いで言ってしまった。と玲央は口を噤んだ。プロデューサーや周りのスタッフも少し唖然としている。
「——そうなんだね。辛い気持ちで今まで生きてきたんだね。」
動揺を隠せず、玲央は両手の指を絡めあい、力を入れた。両手の血管が少し浮き出るのを感じる。
「じゃあ次に、藤田先生になにかメッセージを伝えられるとしたら、どんなメッセージを伝えたいですか?」
玲央は次に何を言うか思い出すため、数秒間黙り込む。そして思い出した。
「助けてくれてありがとう。そして、本当にごめんなさい。と伝えたいです。もし今も生きていたなら、もっとより良い未来があったのかもしれないのに。」
「なるほど。」
話せば話すほど、泣きたくなってきた。深層心理という言葉があるが、案外付き合いのない人間にほどぶつけてしまいがちなのが本音なのかもしれないと、玲央はもっと自分を抑えようと必死に堪えた。
「では、最後に全国の藤田先生のファンになにか一言。」
過呼吸になりそうな自分を落ち着かせる。玲央はゆっくり呼吸を整えた。
「……僕はこれからも罪を償っていくつもりです。なんの才能も実績もない僕は、これからどう生きればいいのかもわかりません。ただ、それでも一生懸命生きているつもりです。苦しみはこれからも続いていくし、受け入れるつもりです。だから——どうか、どうか許してください。」
これで全ての質問は終わり、玲央の収録は終わった。カメラが止まった時、玲央の目からは涙が溢れた。プロデューサーや、遅れてやってきた斎藤が宥める中、玲央は自身の奥に眠る本当の気持ちを受け入れた。それは自分が無価値であることを認めることでもあった。
× × × × ×
「落ち着いたかな? どうする? やり直すことはできるけど。」
斎藤やプロデューサー、スタッフ達に宥められ、なんとか落ち着いた玲央。
「いえ、大丈夫です。あれがハッキリと伝えたいことだったし、もうカメラの前で話す気力が……。」
「そっか。わかった、ならこれで編集をかけさせてもらうね。」
「お願いします。」
プロデューサーは玲央の了承を得たので、撤収しようと機材を片付け始めた。それと同時に、斎藤が玲央に話しかける。
「霧島くん、お疲れ様。大変な取材だったね。」
「おつかれ様です。いえ、僕が犯したことに比べれば……」
そう言って玲央は喋らなくなった。しかし斎藤は、玲央にあるものを見せたかった。
「霧島くん、見せたいものがあるんだけど。」
「……え?」
斎藤は肩に掛けていたビジネスバッグから、大きな封筒を取り出した。封筒は糸で綴じられており、糸を外して、中からA4サイズの紙束を取り出した。
「それは?」
「藤田先生が最後に遺した、『ネーヴィス戦記』のおまけ漫画。最終巻に収録するハズだったんだけど、クライマックスを描こうとした時には……もう……」
「……すいません。」
斎藤は焦った。別に玲央を困らせたくて、おまけ漫画を取り出したわけではないと釈明した。
「とにかく、このおまけ漫画に出てくるキーパーソンと、霧島くんの境遇はとても似ているんだ。」
「……?」
『ネーヴィス戦記』:異世界からやってきた侵略者達に対抗するため、戦争捕虜である主人公達は、裏切った時に殺されるよう、心臓に爆弾を埋め込まれたまま、決戦兵器・ヴァーラードレスというロボットを操り、敵と戦うという物語だ。
タイトルにあるネーヴィスとは、主人公が操る戦闘型のヴァーラードレス・ネーヴィスの事である。
おまけ漫画では見事に侵略者達を打ち破り、世界の英雄となった主人公がとある少年と出会う。少年は生まれたばかりの侵略者の子であり、彼を庇って、主人公が死んでしまう。そして数年後、生き残った少年は……そこで内容は止まっている。
「実はこれ、藤田先生だけは内容を完全に把握していて、僕も最後はどうなるか知らないんだ。原稿の前にはネームと言って、漫画の下書きの下書きのようなものがあるんだけど、この話に関しては、先生は予め全て決めてたみたいで、あらすじを確認するためのネームがそもそも無いんだ。」
「はあ。」
「ただ、先生は電話でこう言ってた。『僕が主人公と同じ立場に立った時、僕も犠牲になることを選ぶかな。慈悲や優しさは消耗することなんかじゃない。ただ等身大に満たされ、満たしあうものだと思います』って言ってたかな。先生はきっと、君のことを恨んだりはしないと思うよ。彼が持った優しさが満たされているのなら、君はもう満たされなければならない。」
「っ…………」
斎藤は原稿を封筒に入れて、再び糸で封筒を閉じた。原稿には『未完了』とネームペンで小さく書かれてあった。
「全が一で、一が全であるように——与えて、逆に与えられた優しさで、どこまでも人は尊くなれる。何ができるかで自分を見るんじゃなくて、なにがあるかで自分を見たらどうかな。」
玲央は気持ちがずっと楽になった。駿輝がずっと寄り添ってくれていた人なら、斎藤や藤田の存在は玲央を外に連れ出す人だろう。
「僕には——罪があります。潤悟さんという、偉大な人を死なせてしまった罪が……!!それでも、彼と僕との間に貴賤はないのかもしれない……。だからこそ、謝りたい! 同じ立場の”人間”として!」
玲央は泥臭く、それでいて吐き出すように言った。
「僕っ……!! 謝りたいです……! 藤田さんの遺族に! もう一度……」
小さな頃の記憶は、アパートの一室の前で母に睨まれた記憶しかない。それは心の底から謝ったと言っていいのだろうか? 事実がないなら謝っていないのと同じだ。
玲央はインタビューで答えることがなかった、潤悟の遺族に謝ることを決意した。