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ING  作者: 松原聖羅
プロローグ
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プロローグ

ING プロローグ

 

 さっきまで降っていた雨は止み、空には灰色の雲が至る所に漂っていた。雲は重なり、交じり、そして昼下がりの太陽はその雲達によってかげりを見せていた。

 

 「じゃあ、ウチで描くのはしばらく……」

 「——すみません。そうゆう事になっちゃいます。」

 

 アスファルトから流れてくるペトリコールの匂いで、街は淀んでいた。スマートフォンで話している男はバスを待っていた。14時26分にこのバス停に来ると時刻表に書かれてあるが、時間通りにバスが来た事はほとんどない。

 

 「わかりました。編集長には私から言っておきます。先生はこれからどうなさるんですか? 正直、他誌で描いて欲しくないというのが本音で……」

 「他誌には……ゴホッ 描きませんよ。でも兄貴を安心させたいんで、しばらくは本読んだりとか、チラッとネーム描いたりして過ごしたいと思います。」

 

 喉を枯らしながらも、出来るだけ相手に聞こえるように話した。大声は出せないが、これぐらいだったらなんとか出せそうだと、男は思っていた。

 

 「わかりました。気が向いたらまた連絡をください。藤田先生の担当になれて本当によかったです。」

 

 藤田ふじたと呼ばれる男はここ最近多忙で、まともに寝る事ができていなかった。それゆえに免疫力が落ち、かなり体調を崩していたのだ。

 藤田は髪をボサボサにして、荒れた肌、赤縁あかふちの眼鏡をかけて、ラフな格好をしたままバスを待っていた。

 

 「へへ……僕も色々助けてもらいましたから。ゴホッ ええ。はい。それでは……」

 

 藤田は電話を切った。コンビニに背を向けるようにしてバスを待つ藤田。コンビニのすぐ隣にあるバイク屋からはインパクトドライバーの稼働音が聞こえる。タイヤ交換でもしているのだろうか。

 

 「琉明るあにも会いてぇな。もう二ヶ月も会ってねえ。」

 

 藤田は兄やその息子に会いたくなり、スマートフォンの画面から、電話アプリをタップする。しかし今は仕事中かと、電話をかけることを諦めた。

 

 藤田は過去に事故を何度も起こしかけて、自分には運転のスキルもセンスも無いと、運転免許は持っているが運転はしないようにして、車も持っていない。

 

 藤田が待っているバス停の前の道路は片側一車線の道路で、反対車線は車が詰まっている状態だった。一方でバス停側の車線は全く混んでおらず、ちょうど今黄色の軽自動車が低速で通り過ぎていった。

 

 「っぱだめだ。次回作は何を描けばいいのか見当もつかん。」

 

 藤田潤悟ふじたじゅんご——28歳、漫画家。週刊少年ピークという漫画雑誌で『ネーヴィス戦記』を8年間連載。シリーズ累計発行部数は6800万部に達し、少年ピークの屋台骨を8年間支え続けた、潤悟の代表作である。

 

 ヒット作を出したが故に、次回作はもっと”面白い作品”を描きたいと考えている潤悟。何万部売れただのいくら金を稼いだだのは論外で、前作にあった面白さを超えるぐらいの面白さを、次の作品にぶつけたい。そう思ってはいるものの、その面白い”何か”を思いつけずにいた。

 

 潤悟はここ数日、最終巻の加筆かしつ修正しゅうせいや、描き下ろし漫画の執筆、グッズのチェックなど、仕事が山積みであった。

 

 (帰ったら寝よう。とりあえず。んで起きたら……ん!?)

 

 潤悟は車が詰まっている反対車線から車と車の間を縫うように道路に出ようとしていた男の子の姿を見つけた。男の子は4歳程で、疑うことを知らないパチリと開いた眼に、小さな足をできるだけ大きく開いて歩いていた。

 

 公園で歩くなら別に問題は無いが、ここは公道。男の子に気づかず、鉄パイプを大量に載せたトラックが彼のもとに走ってきていた。

 危ねぇぞ! そう声を出そうとしたが、喉からそんな大きな声が出る事は無く、男の子はトラックに気づいていなかった。

 

 潤悟は走り出した。死ぬかもしれない恐怖で足がすくみ、それでもふらふらと不安定になりながらも走った。一歩一歩進み、その度に死に近づいてゆく。消えてはならない『命』の光が、ちょうど太陽を翳らせるあの雲のように、死の霧によって霞んでゆく。

 

 トラックの運転手はブレーキペダルを思いきり踏み込んだ。しかし、間に合わなかった。

 男の子を突き飛ばして助けることができた潤悟は、トラックに激しい勢いで衝突され、15メートルほど突き飛ばされた。せめて霧の塊であったなら死ぬことはなかったが、潤悟は即死だった。

 

 血の温かさが残像として残り、後には闇の冷たさしか残らない、潤悟は死のことわりへと落ちていった。

 

 

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