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ラウンド3・前半:「適者生存」は社会の法則か?~社会ダーウィニズムの光と影~

(スタジオの照明が、ヴィクトリア朝時代のガス灯のような暖色系の光と、工場の歯車や蒸気機関を思わせるインダストリアルなイメージを組み合わせた、やや硬質な雰囲気へと変化する。背景LEDには、急成長する都市の風景と、その影に存在する貧困街のモノクロ写真などが映し出される。中央には「ROUND3「適者生存」は社会の法則か?」という文字が、警告灯のように点滅している)


あすか:「皆様、ラウンド2では『神の設計か、自然の選択か』という、生命の起源を巡る根源的な対立が鮮明になりました。ダーウィンさんの自然選択説、そしてペイリーさんのデザイン論。これらの深遠な思索は、しかし、研究室や教会の壁を越え、現実の社会に大きな波紋を広げることになります。ラウンド3のテーマは、『「適者生存」は社会の法則か?~社会ダーウィニニズムの光と影~』です!」


(あすか、今度はハーバート・スペンサーに鋭い視線を向ける)


あすか:「スペンサーさん、あなたはダーウィンさんの生物学的進化論に先んじて、あるいは並行して、『適者生存』という言葉を社会にも適用する『社会進化論』を提唱されました。生物界の法則が、そのまま人間社会にも当てはまるとお考えになったその核心について、まずは力強くご説明いただけますでしょうか?」


(クロノスタブレットにあすかが触れると、スペンサーの席の前に、彼の著作『総合哲学体系』の表紙や、当時の自由放任主義を象徴するような風刺画などがホログラムで浮かび上がる)


スペンサー:(待っていましたとばかりに、自信に満ちた笑みを浮かべ、堂々と語り始める)「もちろんです、あすかさん!そして、ここにいる懐疑的な紳士方にも、よっくお聞かせしたい!私が提唱する『進化』の法則は、単にアメーバが人間に変わったとか、フィンチの嘴がどうだとか、そういった矮小な話に留まるものでは断じてない!それは、太陽系が星雲から形成され、地球が冷え固まり、生命が誕生し、そして人間社会が未開の状態から複雑な文明へと発展してきた、その全てのプロセスを貫く宇宙の根本原理なのです!」


(スペンサー、両手を広げ、熱弁を振るう)


スペンサー:「生物が生存競争を通じて環境に適応し、より優れたものが生き残るように、人間社会もまた、個人間の、あるいは集団間の自由な競争を通じて、より効率的で、より道徳的で、より高度な形態へと『進化』していくのです!『適者生存』――これこそが、進歩を駆動する鉄の法則!貧富の差が生じるのも、ある者は成功し、ある者は失敗するのも、それは個人の能力や努力、そして環境への適応力の差による自然淘汰の結果に他なりません!」


(スペンサー、声のトーンを上げ、挑戦的に続ける)


スペンサー:「したがって、国家が慈悲や同情心から、救貧法のようなもので弱者を過度に保護したり、経済活動に不必要に介入したりすることは、この自然な進化のプロセスを歪め、社会全体の活力を削ぐ愚行なのです!それは、病弱な羊を無理に生かし続け、群れ全体の質を低下させるようなもの。厳しいようだが、非適者は淘汰され、適者が繁栄することによってのみ、社会は健全に発展し、より多くの人々の幸福に貢献するのです!自由こそが進化のエンジンであり、小さな政府こそがその最高の触媒なのですぞ!」


あすか:「宇宙の根本原理としての進化、そして社会における自由競争と自然淘汰…。スペンサーさんのご主張は、非常にラディカルで、当時の社会にも大きな影響を与えたことが想像できます。さて、このスペンサーさんの『社会進化論』、そして『適者生存』の社会への適用というお考えに対し、まずはダーウィンさん、あなたご自身の生物学的進化論との関連性、あるいは相違点について、どのようにお考えになりますか?」


ダーウィン:(スペンサーの熱弁を、やや困惑したような、しかし真剣な表情で聞いていたが、静かに口を開く)「スペンサーさんの壮大な体系と、その揺るぎない自信には、ある種の感銘を受けます。そして、『適者生存』という言葉自体は、私が提唱した自然選択のプロセスを簡潔に表現するものとして、確かに有効な側面もございましょう。しかし…」


(ダーウィン、言葉を選びながら、慎重に続ける)


ダーウィン:「しかし、私の自然選択説は、あくまで生物界における観察と推論に基づいて構築されたものであり、それをそのまま人間社会の規範として、あるいは個人の道徳的指針として適用することには、私は大きな懸念を抱かざるを得ません。人間は、他の生物と異なり、高度な知性と共に、豊かな感情、特に『共感』や『同情心』、そして『道徳的感覚』を発達させてきた存在です」


(ダーウィン、少し声に力を込める)


ダーウィン:「これらの道徳的感情もまた、長い進化の過程で、社会的な動物である人間が生き残り、集団として繁栄するために獲得してきた重要な形質だと私は考えます。弱者を助け、協力し合い、公正さを重んじる心…これらは、単なる生存競争とは異なる次元で、人間社会の結束と発展に不可欠な役割を果たしてきたのではないでしょうか。スペンサーさんが仰るような、非情なまでの『淘汰』をそのまま人間社会に持ち込むことは、我々が進化の過程で培ってきた最も人間らしい美徳を否定することになりかねません」


(ダーウィン、スペンサーに穏やかながらも諭すように)


ダーウィン:「『適者』とは何か、という定義も、生物学的な文脈と社会的な文脈では大きく異なりうるでしょう。ある環境で生物学的に『適者』であったとしても、それが人間社会において『善き者』であるとは限りません。私は、自らの理論が、そのような形で人間社会のあり方を正当化するために利用されることには、深い憂慮を感じます」


スペンサー:(ダーウィンの言葉に、やや不満げに眉をひそめ)「ダーウィン君、君はあまりにも感傷的に過ぎるな!共感や同情心も結構だが、それが社会全体の進歩を妨げる足枷となっては本末転倒だ。道徳だって進化するのだよ!かつての野蛮な社会の道徳と、現代文明社会の道徳が同じであるはずがない。より高度な社会とは、より多くの個人が自由にその能力を発揮し、その結果として全体の幸福が増進される社会だ。そのためには、一時的な痛みを伴う淘汰も受け入れねばならんのだ!」


ペイリー:(それまで黙ってスペンサーの主張を聞いていたが、ここで抑えきれないといった様子で、義憤に満ちた声で割って入る)「スペンサー殿!あなたの言葉は、あまりにも冷酷非情、そして神の教えに真っ向から反する暴論ですぞ!『非適者は淘汰されよ』と?それは、病める者、貧しき者、寄る辺なき者たちを見捨てろと仰るのですか!主は、そのような者たちにこそ慈しみの手を差し伸べよと教えられたではありませんか!」


(ペイリー、胸に手を当て、感情を高ぶらせる)


ペイリー:「人間の価値は、生存競争における強さや、富の多寡で決まるものでは断じてありません!一人ひとりの魂は、神の前に平等であり、尊厳を持つべきものです。あなたの言う『社会の進歩』なるものが、そのような弱者を踏みつけにして成り立つというのなら、そのような進歩など、悪魔の所業と何ら変わりありません!それは、人間を単なる獣へと貶める思想であり、社会の道徳的基盤を根底から破壊する、危険極まりない毒ですぞ!」


ラマルク:(ペイリーの激しい言葉に頷きつつも、異なる視点からスペンサーに疑問を呈する)「うむ、ペイリー殿の憤りももっともだ。スペンサー君、君の言う『自然淘汰』任せの社会というものは、あまりにも殺伐としていないかね?生物の世界でさえ、私は『努力』や環境への『能動的な適応』を重視したが、人間社会においては、なおさら教育や社会制度の改善といった、我々自身の理性的な働きかけによって、より良い方向へと『進歩』していくべきではないのか?」


(ラマルク、少し思案するような表情で続ける)


ラマルク:「例えば、貧しい家庭に生まれた子供が、十分な教育の機会も与えられず、その才能を開花させることもできずに『淘汰』されてしまうのだとしたら、それは社会全体の損失ではないかね?その子供に適切な教育を施し、努力する機会を与えることで、その子供自身も、そして社会全体も、より豊かになれる可能性がある。これこそ、社会における『獲得形質の遺伝』、すなわち文化や知識、道徳が世代を超えて伝えられ、社会全体がより高度なものへと発展していく道筋ではないのかね?単なる競争と淘汰だけでは、文化も道徳も花開くことはあるまい」


あすか:「スペンサーさんの『社会進化論』と『適者生存』の社会への適用というご主張に対し、ダーウィンさんからは人間性の観点からの深い懸念が、ペイリーさんからは倫理的・宗教的観点からの痛烈な批判が、そしてラマルクさんからは教育や努力による社会進歩という異なる視点が提示されました。スペンサーさん、これら三者三様のご意見、特にペイリーさんの『悪魔の所業』という強い言葉まで飛び出しましたが、どのようにお答えになりますか?」


スペンサー:(フン、と鼻を鳴らし、いささかも怯む様子なく)「感情的な反論は、議論のレベルを下げるだけですな、ペイリー先生。私は、感傷や伝統的な道徳観に囚われず、客観的な法則に基づいて社会のあり方を論じているのです。ダーウィン君の言う『共感』も、ラマルク君の言う『教育』も、それらが社会の生存競争において有利に働くならば、自然と選択され、発展していくでしょう。しかし、それが個人の自由な活動を過度に制約したり、非効率な要素を温存したりするならば、それは社会全体の進化を遅らせる要因にしかならない」


(スペンサー、自信たっぷりに続ける)


スペンサー:「貧困の問題にしても、安易な救済は、かえって貧困を生み出す怠惰を助長するだけです。個々人が自らの力で困難を克服し、成功を勝ち取ることこそが尊いのであり、その自由な努力を最大限に保障することこそが、国家の役割なのです。厳しいようだが、これが自然の法則であり、そして人類が進歩してきた道なのです。私の理論は、冷酷なのではなく、現実的なのです!」


あすか:「現実的なのか、それとも冷酷なのか…。スペンサーさんのご主張は、まさに社会のあり方そのものを問い直す、非常に挑発的なものですね。この『社会ダーウィニズム』と呼ばれる考え方は、当時の資本主義の発展や帝国主義の拡大を正当化する論理として用いられた側面もあれば、一方で、非効率な制度の改革や個人の自立を促すという側面も指摘されています。まさに光と影、両面を持った思想と言えるかもしれません」


(スタジオの空気が、先ほどまでの哲学的・科学的論争とは異なる、社会的な緊張感を帯びてくる。各々の表情も険しさを増している。)

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