第5話"幸せ"
今回は文字数少なめになってしまいました。
「みなさん、一度落ち着いて、俺の話を聞いてください」
「うるさい!よそ者が何の用だ!?」
「殺さないで...殺さないでくれぇ...!!」
「ふっ、ふふふへへへへへへはははははは!!!」
「ヒッ...!!」
「ブツブツ...」
やはり、かなりの心理的ダメージを負っている。全員、俺の話を聞く余裕すらなさそうだ。
でも...この人たちがいないと、この戦争に勝つのは厳しい。だから...どうにかして、助けなければならない。
今ここにいる患者のほとんどが、こんな状態だ。一人一人のトラウマを克服してたら絶対間に合わない。
だから...一度に全員、とまでは行かないと思うが...複数人、正気に戻せるであろう作戦を決行することにした。
「みなさん、よく聞いてください。俺はみなさんの味方です」
落ち着いた口調で、そう語りかける。
「うるせー!だから何だ!?」
「オレたちは...オレたちは、ここで死ぬんだ...!」
やはり、聞く耳を持たない。というか、持つことができない、に近い状況。
それでも、ゆっくり優しい口調で語りかける。
「大丈夫です、俺がみなさんを助けます」
「た、助ける...?」
「そうです。俺は軍医、みなさんの怪我を治すためにここにいます。だから...」
「黙れ!そんな戯言に付き合ってる暇なんてない!」
「こ、殺される...殺される...!!」
「ククッ、ふふふふふふ.....」
「ブツブツブツブツ...」
やはり、相当酷いようだ...
普通に精神的に不安定なだけならまだしも、幻覚や幻聴に妄想、さらにはチック症発症者までいるとは、さすがに想定していなかった。
うーん、本当にこの作戦で行けるだろうか...?
いや、悩んでる暇なんてない。やるしかないんだ。
少なくとも、現時点これよりいい方法を俺は思いつけないし、そんな余裕もない。だから...やる。やってやる。
「...華さん、準備は出来ましたか?」
「いつでも大丈夫です。でも、本当にいいんですか?」
「はい。華さんじゃないと出来ないことなので」
「そういう事じゃ...あなたの体について、です。本当に、大丈夫なんですよね?」
とても心配そうに話す彼女を見て、俺も少し心配になってくる。
だが...
「大丈夫だ、俺を信じてくれ」
「...分かりました。じゃあ、やりますからね」
「よろしくお願いします」
さぁ...作戦決行だ。
まずは、全員の注目を集める。
「みなさん!こちらを見てください!」
「...なんなんだよ、うるせぇな...」
「な、なんだ...?」
さっきまで優しく小さな声で話しかけていたが、突然大声で呼びかけたため、ほとんど全員が反応してこちらを見た。
「今から俺が、マジックを見せましょう!」
「ま、マジック...だと?」
「そうです。あらゆる傷を治す、瞬間治療のマジック。タネも仕掛けもない、世にも奇妙なマジックです」
そう言い、銃を取り出し、構える。そして...自分に向ける。その瞬間──この場の空気が、一瞬にして凍りつく。
そして...罵声に晒される。
「瞬間治療だと?ふざけんじゃねぇ!」
「そんなことできるわけない!」
「銃で撃たれた傷を回復できる加護やスキルなんて、聞いた事ない!」
「そうだ、嘘つくな!」
「どうせ血糊とかで上手いことやるんだろうな...」
「そんな暇あったら、お前も戦場に出ろ!」
「そうだそうだ!!」
病室に、大量の罵声が飛び交う。なんか、さっきもこんなことあったような...
まぁいい。この程度、俺の精神には何も響かない。証拠もなく適当しか言わない馬鹿の戯言は、散々いなしてきたから。
それに...この後、こんなもの屁でもないような、恐ろしい所業を成す必要があるし...
とにかく、気にすることなく続ける。
「そうだな...確かに、このまま俺が撃ったら、それはヤラセを疑われても仕方ない」
「そうだ!だからとっとと諦めて──」
「だから...撃つのは俺じゃない、別の人に頼むとしよう」
「別の人...?」
「そうだ。お願いします──華さん」
そう言うと、サブマシンガンを僕に向けながら、華さんがゆっくりと病室に入ってきた。
「...なっ!?」
「あれは、医療班長の華さん!?」
「今から、彼女に俺を撃ってもらう。そして、その傷を...瞬時に治してみせましょう」
さっきまで罵声を飛ばしていた人々は、顔が動揺一色に染まっていた。
「ま、待て!華さんに撃たれたら死ぬぞ!?」
「やめとけ、無茶だ!!」
「アイツまさか...華さんの加護知らないのか!?」
「知ってるとも。だからこそ、頼んでるんだよ」
「は...!?」
「俺は、華さんの加護...致命の加護さえも、治してやる、と言ってるんだ」
致命の加護とは...自分の攻撃で付けた傷口が塞がらなくなる、というものらしい。
最初に彼女に助手をしてもらうと決めた時、彼女に加護とスキルについて聞いたのだが...そこで、知ったのだ。
「やめろ、死ぬぞ!?」
「必ず後悔する!だから...」
「後悔なんてしません。そんな結果には、なりませんから」
自信満々にそう言う。本当は不安だが、ここはハッタリでどうにか乗り切るしかない。
「華さん、いいですか?」
「私は、大丈夫。でも...本当に、本当に大丈夫なんですよね?」
「もちろん。俺を信じてくれ」
「...はい。分かりました」
銃口が、俺へと向かう。同時に俺も、俺の手に持つ銃を、自分自身に向ける。
実際、本当に大丈夫か分からない。もしかしたら、治せずにそのまま死ぬかもしれない。
死ぬかも..........
ゾクッ
.....俺は今、『死』の恐怖を、全身で感じている。
鳥肌が立ち、指先が震え、体の芯が冷える。
本当は、こんな最悪な方法取りたくない。でも...それでも。
これ以外に方法が見つからない。バカな俺には、こんなことしか出来ない。だからこそ、俺は絶対にやり遂げてみせる。バカな俺にできる最善の方法で.....!
「...行きますよ」
「ああ。来い」
彼女の合図で、同時にトリガーを引く。
足が竦みそうだ...!立ってるのすらやっとである。
やめたい。やっぱりナシって言いたい...!でも...
俺がここにいる意味を、もう一度見つめ直す。なんでこんなことをしてるのか?
なにが俺を、俺の一挙手一投足を、ここまで掻き立てているのか?
───────
華さんに加護の話を聞いた時、彼女の身の上話も少しだけ聞かせてもらった。
どうやら、彼女もかなり壮絶な人生を歩んでいたようで...
「私の家系は、みんな軍医になってきました。たくさんの人を救って、感謝されて、色んな人といい関係を築いて...とても、幸せそうでした。ですが、私の加護では、軍医は務まらない」
「そうか...手術が、できないのか」
酷く苦しそうな表情で、華さんは話す。
「そうです。そもそも、回復系の加護がないと、治療が間に合わないことも多いですし」
「そうか...でも、なんで攻撃隊に入らなかったんだ?戦闘向きな加護な気がするが...やっぱり、人を撃つのが怖かったのか?」
実際、俺も戦場に出たら人は撃てないだろうな。医者たる俺が人を傷つけるなんて、そんな事出きるはずがない。
だが、彼女はそうじゃないみたいだった。服の裾を握り締めながら、ゆっくりと口を開いた。
「いえ。私は、人を傷つけることが嫌い、という訳ではないです。ですが...私は、戦場には立てなかった。なぜなら...私は、『死』の恐怖に、抗えなかったからです」
「...『死』の、恐怖...」
人間誰しも持っているであろう、『死』への恐怖。
そもそも人が恐怖を感じるほとんどの理由には、『死』が関与している。その『死』が間近に迫っているなら、尚更恐怖心は巨大なものとなるだろう。
「戦場に立つと、足がすくんで、頭が真っ白になって...『死』を、感じるんです。それで、戦えなくなりました。だから...せめて、医療班で怪我人の回収や軽い応急処置くらいはさせてほしいと、無理言って志願したんです。医療の知識に関しては、一通り学んでいたので」
ま、手術はできなくとも、軽い応急処置くらいなら出来るからな。彼女は彼女なりに、出来ることをやってくれてるんだろう。だが.....
「.....辛かったな」
「辛くなんてありません。辛いのは、前線で戦ってる人たちですから。私は、出来損ない。『死』の恐怖に抗えなかった、無能です。それでも...少しでも役に立つことが出来てたらいいな、と思います」
そう話す彼女の瞳は、とても悲しそうに見えた。そして、彼女は...心から、『死』に対して恐れを抱いていることも、よく分かった。
あの瞳は、何度も見たことがある。
重病人が、死か手術かの二択を迫られ、手術を選び...「もし失敗したら」、そんな恐怖に駆られ、怯えている人の瞳。
あの瞳を見ると、俺はいつも思っていた。「この人に、『希望』を与えなければ」と。
その想いこそが、俺の手を、目を、頭を、全身を巡る血一滴に至るまで...俺が生きる上での、全ての原動力。
俺の一挙手一投足が向かう先は...全て、ここに集結される。
───────
そして今.....俺は、『死』を、戦いを恐れる人々を前にしている。
俺は.....想う。「この人たち全員に、『希望』を与えなければ」と。そのためには、いかなる苦痛すらも厭わない。
必ず...全員、救ってみせる。
心も、体も.....この人たちの持ちうる全てを!
「せーのっ!」
華さんは、右手に力を込めてトリガーを引く。
同時に.....目の前に向けられた銃口から、銃弾が一斉に襲いかかってくる。
来る........!!
ガガガガガガガガガッ!
「...っぐあぁぁぁああああ!!!」
最初の銃弾が、俺の腹を貫くと同時に、今まで感じたことの無い、激痛に襲われる。
その瞬間──俺は、気が狂いそうになった。その痛みは、ただ体に傷がつき、神経がそれを知らせる為に発した痛みではない。
それは、『死』の警告。『死』が目前まで迫っている事を知らせる、狂気的な痛み。
だが...次の瞬間、その痛みは、一瞬消える。
俺の銃から放たれた銃弾が当たった瞬間──傷が、痛みが、一瞬で治ったのを感じた。
初めて自分のスキルを体感したが...なんとも不思議な気分だった。なんせ、確実に致命傷だったのに、一瞬で治ったのだから。
それにしても...どうやら、致命の加護より俺のスキルの方が効果的に上みたいで助かった。仮に致命の加護を上書きして治せなかったら、俺はここで死んでたから.....
...だが、まだ終わってなかった。俺にとって、地獄はここからだった。
「......!?しまった!!」
そう思った時には既に手遅れだった。
俺の立てた作戦には、致命的な欠点があった。それは...
サブマシンガンを使用したことだった。
ドッ!!
「かは........っ!」
俺が初弾で受けた傷が治ったのも束の間、次の弾が再び俺の腹を貫き──またも、あの狂気的な痛みに襲われた。気が狂うような、『死』の痛みに...
そして、次の瞬間、それはまた元通りとなる。傷も痛みも、綺麗サッパリ無くなる。
まさか.....今から、これが繰り返されるのか?この狂気に満ち溢れた事象が、あと何回あるかも分からないというのか?
───まずい、次のが......
ドッ
「あ゛........っぁ......」
また.....また、この痛み.....!!
死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ───
「っ、治った......」
俺は、3回目になってようやく気づいてしまった。
撃たれた瞬間の激痛なんかよりも.....致命傷が一瞬で回復する瞬間の方が、遥かに気味が悪くて狂気的だ、と。
正面を見る。俺の眼前には、まだいくつもの弾丸が飛んできていた。
「もう......やめでぐれよぉ゛っ........!!」
それ以降も、俺は狂気的な負のループを味わった。
4回目で、震えが止まらなくなった。
5回目で、考えることを放棄した。
7回目で、意識が飛んだ。
8回目の激痛で、吹き飛んだ意識が戻った。
11回目で、再び意識が飛び...
12回目で、また痛みに起こされる。
...大体15発程繰り返したところで、俺はひとつ気づいたことがある。
俺の体から、痛覚が無くなっていくかのような、そんな感覚を感じていた。
いわゆる、感覚の麻痺、というやつだろうか?
もう...痛みを、感じることが出来なくなってしまった。
体を貫かれても、何も感じない。そんな、人外の化け物のような神経になってしまったのだろうか?
俺は.....
俺...は.....
俺は.........なにをしてたんだ?
「おれは.....なにをさせられてる???」
もうなにもわからない。なにもかんがえたくない。
もう───しにたい───────
《『楽園』の主よ、呑まれるにはまだ早いですよ》
「っ!?はぁ...はぁ...」
目を開けると、そこは先程までと何も変わらない、病室だった。
前を見ると、華さんが心配そうな表情で、銃を持っている。しかし、その手に力は入っていない。
辺りを見渡すと、同じような表情の病人たちがこちらを見ていた。
ここまで約5秒。謎の浮遊感に襲われていたが、ハッと我に返り、腹部を見る。すると.....傷一つない元のままの状態だった。服に穴は開いていたが...
それを確認すると同時に、病室が沸き立つ。
「...う」
「「「「うおぉぉぉぉおおおお!!!」」」」
「すげぇ、本当に撃たれたのに傷1つついてない!」
「こんなことが...ありえるのか...?」
「これなら、俺たちは殺されない!」
「神の...神の奇跡だ...!」
ここまで来て、ようやく理解した。
俺の策が、成功したことを。
「...みんな!見たか?これが俺のスキル...『ナイチンゲールの運命』だ!!俺がいる限り...誰も、死なせはしない!!!」
「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」
さっきまで最悪の雰囲気だった病室は、いつの間にか活気が戻り、みんなやる気に満ち溢れていた。
華さんも、成功して安心したようで...目に涙を浮かべながら、怪我人たちと笑っていた。
みんなが、笑顔で抱き合っていた。
.....ただ1人、俺を除いて。
俺は、得体の知れぬ気味の悪さを感じていた。
「うっ...」
気持ち悪い。これは......
「...華さん、この後この人たちの怪我の治療をするんですが...」
「はい、私ももちろん手伝いますよ」
「あ、それはもちろんなんですが...その前に、ちょっとお手洗い借りてもいいですか?」
「お手洗いならあちらですけど...どうしたんですか?顔色も悪いですし...汗も、すごいですけど...」
そう言われて、額に触れ.....ようやく気付いた。俺は、いつの間にか全身汗だくになっていた。
「いやぁ、緊張しちゃって...」
「そうですか...?無理はなさらぬようにして下さいね。みんな、あなたを待っているので」
「.....おう」
華さんに心配はかけないよう、いつも通り振る舞う。多分バレてないと思うけど.....
うっ.....気持ち悪い、もう我慢出来ない.....
俺は、全速力でトイレに駆け込んだ。
──────────────────
「うぐっ.....」
誰にも見られてないことを確認しつつ、トイレの個室に逃げ込む。
.....まだ、あの地獄の感覚が忘れられない。
撃たれた時の激しい痛みと、撃たれたのに傷が治る気味の悪さ、その無限の繰り返し...
それが俺の精神にもたらした影響は、計り知れないものだった。
意識が戻る直前、俺は一瞬、自分を完全に見失っていた。狂気に侵され、今どこにいるか、立っているのか座っているのか、そして、挙句自分が何者かすら分からなくなり.....
全てを失ったかのような虚無感は、空っぽのはずの俺に慢性的な恐怖をもたらした。その言い表せない気持ち悪さを、俺の脳は今も鮮明に覚えている。
「うっ、オエッ...」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い......!!
今は正気に戻れている.....はず。はずなのに...
あの時の、あの感覚が、離れない。狂気に陥り、全てを喪った感覚が、全身を未だ駆け巡っている。
それは、恐怖となって俺を呑み込まんとしていた。あの時の痛みから感じた『死』の恐怖とは別の.....
言うなれば、『生』の恐怖。生きているから感じる、感じてしまう恐怖。
俺は今後一生、これと付き合って行かないといけないのか...?
「...っ!」
そう考えた途端、また気が狂いそうになる。
必死で正気を保とうとする。今狂気に陥ったら...
「...狂気に陥ったら、なんだ...?」
別に、狂気に陥ったから、何か起こる訳でもないよな...?
そもそも、今こんな苦しみを味わってるのは、俺が正気を保ってしまっているから...?
じゃあ...もしかしたら、狂ってしまえば、楽になれるのでは...?
「ふ、ふふふふくくくくははははっっ...」
そうか、そうか、そうだったのか。
正気を保ってるのが悪いのか。そうだったのか。
もう、苦しいのは嫌だ。痛いのも嫌だ。だから...
全部諦めて、狂ってしまえば──
俺はきっと、幸せになれるんだ。
《それが、あなたにとっての『幸福』ですか?》
「...え?」
突然、何かに語りかけられる。
ふと辺りを見渡すと、トイレで吐いていたはずなのに...あたりは、真っ白で、光に包まれた場所にいた。
目の前には、正体不明の光の塊があった。光に包まれた場所にもかかわらず、一層強い光を放つそれだけは認識出来た。
そして、その光から再び声が聞こえた。
《あなたにとって、全てを諦め、狂気に呑まれることが、真の『幸福』なのですか?》
その声は、優しかった。落ち着いた、綺麗な声。それでいて、どこか機械的な口調だった。
俺はその声を聞いて、自然と理解できた。
これが.....俺の目の前にいる存在こそが、紛れもない『神』である、と。
《再度問います。あなたは、ここで終焉を迎えることこそが、真の『幸福』である、そう理解しているのですね?》
その問いについて、考える。
俺にとっての、『幸福』...
俺の、真の『幸福』とは何か?
漠然としすぎて、よく分からない。分からないけど...
「...違う。まだ、諦めたくない」
少なくとも、ここで諦めることだけは違う、そう思う。
そう...違うんだ。こんなことで諦めるなんて、違うんだよ。
せっかくみんなやる気を取り戻して、今から戦うって時に、諦める?
風夏や英志さん、そして...透也も。みんなが、前線で、『死』に立ち向かい、戦い続けているのに...俺が諦めるだと?
ふざけるなよ。甘えるのも、いい加減にしろよ。
「俺は.....諦めたりなんてしない!!!」
もう、何も成せぬまま死ぬなんて、許せない。許さない。許されない。
この程度の苦しみで諦めるなんて...絶対、嫌だ!
《そうですか。では、最後の問いです。あなたにとっての、『幸福』はなんですか?》
また『幸福』か...
そもそも、『幸福』ってなんなんだ?漠然としすぎて、サッパリ分からない。
俺にとっての、幸せ...みたいな感じなんだろうけど、そんなのいくらでもある。
美味いメシを食べてる時、ぐっすり昼まで寝てる時、タバコを吸ってる時。それから...
「.....人を助けて、感謝された時.....」
俺にとって、医者をする上で確かなやる気に繋がっていたのは、これだった。
手術を成功させ、無事退院出来た時.....満面の笑みで言ってくれる、あの言葉。
「本当に、ありがとうございました!」
...これが、俺にとっての、一番のモチベーションであり...
「.....一番の、幸せだったな...」
自然と、言葉が漏れる。
《そうですか。素晴らしい感性だと、私は思います》
「え...?」
なんか、そう言われるとすっごい恥ずかしい気が.....
《さぁ、時間です。そろそろ戻りなさい》
そう言うと、光が少しずつ消え、狭まってきた。
その端には、元いた景色が見え始める。
《楠木零。楽園の主よ。いずれ貴方が、真の『幸福』を見つけることを祈っています。人は、『幸福』を見つける為に生きています。それだけが有意義な行為だからです。ですから.....貴方の生が意味のあるものになるよう、私は祈っていますよ───》
そう言った途端、立ち込めていた光は消え───薄暗いトイレの中に戻ってきた。
「...なんだったんだ、今のは...」
変な体験をした。まるで、ファンタジーのような...
まぁいいだろう。これ以上、油を売っている余裕はない。
とっとと怪我を治して、みんなを戦場に送り出す。そして...俺も最前線で、治療しながら戦う。
そして.....いずれ、『幸福』を見つける。
《人は『幸福』を探すために生きています》
───『幸福』を探すため、ねぇ。
正しく的を射てると思った。人は誰しも、自分自身の『幸福』を探し求めている。俺も、風夏も、多分透也も。そして───
『お前のせいで、患者は死んだ!』
『責任取れよ!!』
───利己主義、自己中、我が身可愛さの鬼、嫉妬の塊、馬鹿の極み。
あのクソ共だって、自分が『幸福』になりたいから生きていたんだ。あれが真の『幸福』かどうかは置いておいて。
俺はあんな奴らみたいになるつもりはない。真の『幸福』とやらを見つけ出し、それを追究する。それが俺の生きる意味だ。
.....なんか、頭ん中スッキリした気がする。今なら何でも出来そうだ。
「っし.....んじゃ、行くか」
覚悟を新たに決め、俺は病室へと向かった。
西部戦線編はあと3話ほどで終わります(多分)!




