第1話"プロローグ"
初めまして、もしくはお久しぶりです。
開いていただきありがとうございます。お楽しみ頂けたら幸いです。
「...はぁ、これで何本目だろうな...」
糸を結びながら、ため息をつく。
もう8年も前に医者をやめたっていうのに、未だに縫合の練習を続けている自分の正気を疑う。なんの意味もないのに、繰り返す自分の正気を。
糸を並べ、窓から見える庭を見つめる。綺麗な緑だ。
ヴーッ
「...通知?内容は...姉貴からメールか。ったく、何回俺に構うなって言えば気が済むんだ...」
本当に、お節介な姉貴だ。引きこもりの俺を心配して、優しくしてくれるなんて。
いつになったら...それが無駄だと気づくんだろうか?
...大好きな、俺の姉貴。両親が死んでから、俺を1人で育ててくれた、たった一人の家族。
もう俺なんかのことはいいから、もっと自分が幸せになることを考えてほしいと思うのは、俺の勝手なのだろうか?
「ふぁ...眠」
まだ昼の11時だが...今日はなんだか、すごく眠い。さっきまで寝てたってのに、なんでだ?
「タバコは...最悪、切れてんじゃねぇか」
眠気覚ましに吸おうと思ったのに...まさか、無くなっているとは。こうなったら、コンビニに買いに行く他ない。
「あ〜、だりぃな。いっそこのまま寝るか...?」
どうせ起きてたって、何もやることはない。意味もなく、淡々と糸を結んだって...過去は、変わらない。
「...だめだ、眠い。寝よ」
布団の抱擁を感じつつ、ゆっくりと意識が闇に沈むのを待つ。あぁ、人生で、1番しあわせだ...
──────────────────────
──どのくらい時間が経っただろうか?
かなり深い眠りに落ちていた気がする。なんだか、頭も体もすごくスッキリしたような感覚だ。
「よし...タバコ買いに行くか〜」
そう口にして、体を起こす。そして、小さな違和感を覚える。
時計の針は、まだ11時を指していた。
「ん?あれ、時計壊れてんのか?時計も買わねぇとか...」
そう思い、財布の中身を確認しようと、机の上にあった財布に手を伸ばした時──
ドカァァァァァン!
「!?な、なんだ?地震か!?」
突如、轟音とともに、大きな揺れが一瞬、家を襲う。一体、何事だ...!?
窓から外を見ようと、カーテンを開けて...その光景に、絶句する。
「...は?」
俺の目に飛び込んできたのは、見知らぬ光景。今朝までの窓から見えていた、綺麗な緑は消え失せ──塗装された道を、武装した集団が走っていく様が見えた。
「ははっ、俺、まだ寝ぼけてんのかな...」
そう思い、一度目を覚ますためにタバコを──
「って、タバコねぇんだった。買いに行くか。ま、外歩いてりゃちったぁ目覚めるだろ」
そう思い、玄関の扉を開け──また、驚愕する。
──夢、じゃ、ないのか...?
外の景色は、やはり俺が知っている景色とは全く異なっていた。灰色の空、いくつも建ち並ぶ高層ビルの数々、響き渡る轟音。
そして...武装した人々が、街中を走っていた。
「なんなんだよ、これ...!ついに俺、おかしくなっちまったのか...?」
ダメだ、ありえねぇ。こんなこと、あるはずないんだ...!
そう思い、家に入ろうとして、振り向き...さっきまでそこにあったはずの、俺の家が無くなっていることに気づいた。
「...っ!なんなんだよ、クソっ!」
どうなってんだ?やっぱり、まだ夢の中なのか...?
頬をつねってみる。しっかり痛い。夢じゃ、ない...?
俺、ついにおかしくなっちまったのか...?これは幻覚、そう、幻覚なのかもしれない。こうなったら、その辺の人に話しかけてみるしかない──
「アンタ、なんでそんな何もないとこで突っ立ってんの?しかもそんなボッサボサの頭と、パジャマで」
「!?」
俺より先に、背後から俺に話しかけてくる人がいた。聞いたことない声だったが、誰だ?
振り返って、誰なのか確認する。
細身で比較的小柄な男だった。俺よりちょっと短めの黒髪、鋭い目つき、そして...甚平を着ていた。
今どき珍しいな、こんな古風な装い...もしかして、今日は何かの祭りなのだろうか?
「あの、すみません。ここはどこなんでしょうか?気がついたらここにいて...」
「あ〜?なるほどな、お前──<堕天使>か」
「...え?」
「よし、んじゃ俺についてこい。案内してやるよ」
「え、ちょ待っ...どこに!?」
「ま、その辺も歩きながら説明してやるよ」
ということで、よく分からないが...とりあえず、一緒に歩き始めた。
「とりあえずだが...アンタ、名前は?」
「俺は...楠木零っていいます」
「なかなかカッコイイ名前じゃん。ちなみに俺は八咫宮幻斎ね」
「お前の名前のがカッコイイだろ...!!」
「ハハッ、そいつはサンキューな。で、とりあえずだが...アンタ、今どういう状況だと思ってる?」
「...?あなたに連れられて歩いてる状況ですが...」
変な質問をする。これは、幻斎が作り出した状況なのに...
「あ、そうじゃなくて。この世界の認識の話」
「あ〜...俺の幻覚的なやつ?」
「ま、信じてねぇよな〜。そんなアンタに朗報だ。これは、夢じゃねぇ。現実だぜ」
「.............は?」
待て、コイツ今何つった?現実...?
この、意味分からん世界が?現実...?
「なかなか受け入れられねぇよな〜。でも、たまにいるんだ。別世界にいた奴が、突然この世界にやってくることが。んで、そういう奴のことを、この世界では<堕天使>って呼んでんだ」
...?...!?
「待て、待ってくれ...おま、一体、何を言ってるんだ...?別の世界?やってくる?そんなのありえねぇだろ!?化学的に、そんなもの証明出来るはずが...」
「アンタ、次元の話は聞いたことあるか?」
「え?」
次元...って、どういう話だ...?
俺はもともと理系科目全般得意だったから、ある程度次元について知ってるけど...どういうタイプの話なんだ?
「1次元から、2次元は認識できない。2次元からは3次元を認識できない。3次元からは、4次元を認識できない...みたいなやつだ」
「聞いたことあるが...だからなんだ?」
「一緒なんだよ、この世界も。この世界は『多次元世界』。あらゆる世界が、別の次元として存在してる。だから、ある世界から他の世界を観測することはできねぇし、証明なんてできるはずないんだよ」
そんなこと、ありえるのか...?
普通に考えて、ありえない。あってはならない、そんなことは。でも...
俺たちに認識できない他次元の世界が存在するならば、俺たちはそれを証明することも...否定することもできない。
まさか...まさか、本当に異世界に来たっていうのか...?
「ところでアンタ、前の世界はどんな感じだったんだ?」
「?普通に、何もない世界だったが...ただ、あのビルを見る限り、この世界よりは技術力は劣っているようだな」
「ほーん。アンタはなにしてたんだ?」
その質問に、一瞬答えることを躊躇する。だが、コイツに悪気が無いことは分かってるため、渋々答える。
「...外科医だ。元、だけどな。やめてからは、自宅を警備していた」
「ニートかよ。ってことは...戦争なんてもんは、無かったんだな?」
「?当然だろう、そんなもの80年以上前に終わってる」
「あ〜。残念なお知らせなんだけどさ」
「?」
「絶賛戦争中なんだよな、この世界」
「...........は?」
待て、待て待て待て...!
冗談じゃない。戦争中だと?ふざけるな!
俺はまだ、死にたくなんてない...!!
薄々感じてはいた。時折響く轟音や、武装した集団など...あれはきっと、戦争に向かう人々なのだろう。
いや、でもよく考えたら俺みたいな自宅警備員が戦争に駆り出される訳ないか?となれば、別に今までと変わらない生活を送れるはずだよな...?
「お、着いたぜ。ここが、極東戦争管理局だ」
そう言われて見ると、一際大きな建物が見えた。
それは、タワーだった。めちゃくちゃ高い。先端が雲に届くレベルで、一番上を見るのにすら苦労するレベルだった。とんでもない技術力だ。というか...
「極東戦争管理局...?」
「そうだ。ま、簡単に言えばこの国──ジパングの戦争を管理する場所ってとこかな」
戦争を管理って...一体、何をするんだ?ていうか、俺今からここに行くのか...?
「んじゃ、俺はこれで!」
「え、一緒に来るんじゃないのか?」
「まっさかー。俺はただの商人だ、管理局に世話になるような事ねぇからな。あ、もし仮にここまで案内してきた奴について聞かれたら、「匿名希望です」って言っとけよ」
「それはいいんだが...なぁ、そんなことより──」
「いつかまた会える日が来るかもな?んじゃ、頑張って生きのびろよ〜!」
「ちょ、待っ──」
そこまで言い、幻斎はどこかに走っていってしまった。
...途端に、心細く感じる。ここからは、一文無しの俺1人で生きていかなきゃいけないなんて...
というか...さっきまでの話を聞く限り、ここに入ったら多分戦争に使われるんだよな...?行きたくないんだが...
でも、このままじゃそのうち飢え死にするだけだし...でも、戦争怖いし...うーん...
巨大な塔の前で一人悩んでいると、またも後ろから話しかけられた。
「道のど真ん中で何をしてらっしゃるのでしょうか?それも、そんなだらしない格好で...」
「うおっ!?」
振り返ってみると、小柄な少女だった。綺麗な紺色の髪を靡かせ、金色の瞳を輝かせる、とても可憐な少女といった印象を受ける。
だが、その外見とは裏腹に、軍服を着ていた。今まで街中で見た、迷彩柄の武装をした人たちとは違い、白と青を基調にした軍服は、一際目を引いた。
「あ、えっと、俺実は迷子で...ある人に、ここに行けって案内されて来たんだけど...」
「そうでしたか。ご案内するので、ついてきてください」
「え、あっちょ、待っ──」
俺の話を聞き、スタスタとタワーに向かって歩き出す。俺は、仕方ないので覚悟を決めて、彼女について行くことにした。
「すっげぇ...!」
塔の中は、とても綺麗だった。しっかり整備されており、各所には観葉植物が置かれている。本当に戦争を管理するような場所なのか...?
奥にはカウンターがあり、そこに女性が数人座っている。その前には、とても長い行列ができていた。何を待っている人なのだろうか?
「あ、あれ葵様じゃない?」
「ほんとだ、葵様だ!」
人々から黄色い歓声が彼女に飛ぶ。もしかしたら、この子は人気者なのか?
「...ところで、先程迷子と仰っていましたよね?ここは別に、迷子管理センターでは無いのですが」
「あ、えっと、それが...ただの迷子じゃないっぽくて...」
「?」
「えっと、俺...堕天使?ってやつみたいで──」
「<堕天使>...なるほど、そういう話でしたか。分かりました、少し座ってお待ちください」
そう言い、ぺこりと一礼すると、彼女はどこかへ行ってしまった。
というか、さっきから色んな人に睨まれている気がする。あの子と一緒にいたからだろうか?
言われた席に小さくなりながら座り、ボサボサのままだった髪を手で頑張って整えながら待っていると、彼女がやってくるのが見えた。
戻ってきた彼女は...どこか、不機嫌そうな顔をしていた。
「...すみません、担当の者が休憩中との事ですので...今しばらく、お待ちください」
必死に怒りをこらえながら、そう言っていた。
「あ...じゃあ、聞きたいことがあるんだが」
「なんですか?さしずめ、この世界に関してでしょうけど」
「あ、そうそう。この世界について、ざっとでいいから教えてほしいんだけど...」
「...少し不服ですが、いいでしょう」
「え、なんか気に触るようなこと言った...?」
すっごい睨まれたけど...やっぱり機嫌悪いからだろうか?
俺の教授も、機嫌悪い時は八つ当たりされたりしたから、多分それだろうな。機嫌で態度が変わるのは、まぁ正直仕方ないことだと思う。
「...いえ、いいです。とりあえず、この世界の情勢について説明しましょう。この世界は、大きく分けて3つの国があります」
「3つしかないのか...?」
「昔はもう1つありました。この国が滅ぼしましたが」
「滅ぼし...!?」
「3つの国のうちひとつは、極東に位置する、この国...ジパングです」
ジパング...昔は確か、日本のことをジパングって呼んでる国があったんだっけ...
ということは、ここは文化圏的には日本に近いのか...?
「そして、ジパングと敵対関係にあり...長年戦争を繰り広げているのが、西の大国ギルディアです」
ギルディア...は、俺の世界で当てはまりそうな場所はないな...
「最後に、両国と不可侵条約を結び、両国に協力している、南にある大国...アギタスです」
これまたどこか分からん国が来た。どうやら、ジパング以外は俺の世界とは関係ないようだ。
というか...
「両国と不可侵条約を結んでるまでは理解できるが...どちらの国とも協力してるって、どういうことだ?かなり歪な関係な気がするんだが...」
「まぁそう見えてもおかしくありません。昔は、裏切り者のアギタスを先に潰すべきだ、みたいな考え方もありました。ですが...アギタスを滅ぼすと、ギルディアだけでなくジパングも被害を被る上、そもそも勝てるか怪しい戦いになります。という認識を両国持っているため、この歪な関係が長年維持されているのです」
「なるほど...」
政治はやはり難しいな...理系の俺には、さっぱり分からん領域だ。
「そういえば...他の世界には、加護とスキルは存在しないんですよね?」
「?なんだそりゃ?」
「それに関しては透也が説明する役目を担っているので、まぁいいでしょう」
「気になるな、おい...」
「おい?」
「あ、いや、なんでもねぇよ...」
また急に睨まれちまった。相当機嫌悪いな、こりゃ...
「...とにかく、加護とスキルに関しては、このあとあなたを案内する男から聞いてください。多分話してくれるので」
「おう、わかった。ありがとな、えっと...」
「ああ、お互いまだ自己紹介をしていませんでしたね。私は星野葵です。あなたは?」
「俺は楠木零。よろしくな、葵」
「あ、葵...!?」
「え?なんか間違えたか、俺?」
「い、いえ...とにかく、よろしくお願いします」
なんか変な反応はされたが...とりあえず、この世界について何となく分かってきたな...なんとなくだが。
そう考えていると、塔の入口からどことなく不服そうな男が来た。
「お待たせしました、葵様」
「またサボりですか...いい加減、クビにしますよ?」
「仕方ないじゃないですか〜、昨日から徹夜で北部戦線で戦ってたんですから〜」
「...まぁいいでしょう」
そう言って、彼女がこちらに向き直る。
「では私はこれで。透也、あとはよろしく頼みます」
「は〜い」
「ありがとな、色々教えてくれて」
「...?今、私に言いました?」
「え、そりゃそうだが...」
「...そうですか」
俺の感謝の言葉を聞いて、どこか不思議そうな表情をしたあと...また、早歩きで去っていってしまった。なんだったんだ、一体?
そして、彼女の姿が部屋の奥へ消えたのを見届けると──透也と呼ばれた男が、大きなため息をついた。
「ったく、なんで僕がお前の世話しなきゃいけないんですかねぇ?」
「え?」
「はぁ〜、めんどくさい。なんでお前みたいな雑魚をこの僕が...」
なんだか、とてもプライドが高そうな男だ。
黒いスーツを身にまとっており、金髪を綺麗に整えている。とても育ちが良さそうに見えた。
「あの、あなたは...」
「僕は藤峰透也。お前のことは葵様から伺ってますんで、さっさと用件すまして帰ってください。僕の時間の無駄なので」
「お、おう...」
俺は透也に連れられて、エレベーターで塔の上に向かった。
どうやら本当に高いようで...100階まであるようだった。そして、僕たちが向かうのは...99階だった。
ウィィィィィィン
...長い。そんだけ高けりゃまぁ長いのも分かるけど...
「はぁ〜」
「チッ...」
時折聞こえてくる、このため息と舌打ちのせいで、とてつもなく気まずかった。
そういえば...ひとつ、聞きたいことがあった。
「あの...」
「なんです?僕の時間のみならず、体力まで使わせる気ですか?」
「そういうわけじゃ...えっと、葵なんだが...何者なんだ?あなたに命令を下していたけど...それに、変わった軍服を着ていたし...」
「...葵?今、葵って言いました?」
「い、言ったけど...」
な、なんかまずかったか...もしかして、不敬罪的な...?
「待ちなさい、あなた、まさか葵様が一般人のように見えたとでも?」
「い、いや、すごそうな人だなとは思いましたが...でも、見た目はただの少女でしたし...」
「しょ、少女!?あなた、正気ですか?目ついてます?」
やばい、やはり不敬罪だったか...?
「す、すみません、失礼でしたら取り消します...」
「...あなた、鈍感なのか敏感なのかどっちなんです...?うーん、面白くなってきましたねぇ!」
「え...?」
「やはりあえて伏せておきましょう。その状態で、再びあの方と出会った時が楽しみですし」
「えぇ...?」
な、何なんだ、一体...?
とにかく、今度彼女と会った時は気をつけよう。失礼のないように...
「おや、着きましたね。ほら、早く歩きなさい」
「あ、あぁ...」
連れられるままに、薄暗い廊下を歩くと...大きな扉の前に来た。
「いいですか、くれぐれも無礼のないように。僕はこんなところで死ぬ器ではないので」
「お、おう...」
透也が、扉をノックする。
「輝史様、連れて参りました」
そう言うと、扉の奥から、重厚感のある声が聞こえた。
「中に入るがよい」
とても重々しい言葉だった。言葉一つ一つをゆっくり発したからだろうか?それとも、この声からそう感じたのだろうか?
そう考えていると、透也がゆっくりと扉を開ける。
「入れ」
促されるままに入ると...そこは、和室だった。それも、かなり古風で、しっかりとした場所。
広い部屋の床には畳が敷かれ、壁には障子がある。とても美しい部屋だった。
そして、正面には...御簾があった。その奥に、人の気配を感じる。
部屋に入るなり、あのプライドの高い透也が、膝を床につけ、跪いた。俺も、慌てて真似る。
「其方が、此度の<堕天使>か」
また、あの重い声が響く。
「えっと...恐らく、そう、でございます」
ちょっとカタコトになってしまったが、仕方ないだろう。俺はそもそも、こういう堅苦しい場が嫌いなんだ。
「ふむ...どうやら、真のようだ。よくぞ参られた」
「い、いえ...」
「では、其方の運命を占わせてもらおう」
「占い...ですか...?」
「...透也よ、また説明を怠ったのか?」
そう言われ、透也は言い訳をはじめる。
「い、いえ!サボったわけではなく、コイツから話を振られて、それに応えてたからで...僕が忘れたとか、そういうのでは...」
わかりやすく誤魔化している。そして、御簾の奥の存在──輝史様も、それを察したようだ。
「透也よ、余は失望した」
「は、すみません!いかなる罰でもお受け致します!」
「罰?一体なんの?」
「いえ、説明をサボったことの...」
「ほう、其方、説明を怠っておったのか?」
「え?あっ...!」
「余は失望した、としか言っておらんが...そうか、説明を怠ったのか」
「い、違、これは...」
さっきまでプライドが高そうな感じだった透也が、めちゃくちゃ詰められている。少し面白いと思ってしまったのは秘密だ。
でも...これ、俺にも非があるよな...?加護とかスキルについて、透也に聞けって言われてたし...
「あ、あの」
「?どうかしたのか?」
「いや、この件について、俺も葵に「透也に聞け」と言われてたいたのに伝えてなかったので...俺にも非があります。なので──」
「待て。今、葵と言ったか?」
「え?い、言いましたが...」
「...透也、其方まさか...」
「違いますって!コイツ、はじめっから葵様のこと呼び捨てだったんですよぉ!」
な、なんだ、やっぱり葵はすごい人だったのか!?
今からでも謝った方が──
「くくくっ、これはまた、変わった者がきたのう!久々に、面白いものが見えるやも知れぬ」
「え...?」
「ふむ、零と言ったか?其方には、余自ら占いについて説明してしんぜよう」
「は、ありがたき幸せ...」
これで対応はあっているだろうか...?
「この世界には、神より授けられる特別な能力が2種類存在しておる。そして、その寵愛をさずけるのが...余の占いじゃ」
「...それが、加護とスキルってやつなんですか?」
「其の通り。加護は、全ての人々に授けられる神の寵愛の証。其の者の人柄や特技を元に、授けられる」
「なるほど...」
「占いでは、神より其の者の人生の指針となる御言葉も授けられる。楽しみにするがよい」
うーん、難しいが...要は、それぞれの人にあった形で、特殊能力が与えられる、的なことだろう。
人生の指針に関しては...まぁ、真に受けすぎる必要はないか。どうせ、頑張れ的なことだろうし...
化学的に信じ難いが...多次元世界の話の時点で、半ばその辺は諦めているので、問題なく受け入れられた。
「次にスキルじゃが...スキルは、持つ者と持たざる者がある」
「そうなんですか...?」
「スキルとは、加護とは違い、それまでの其の者の人生を、神が評価して与えるもの。より濃い人生を歩む者にのみ、スキルが与えられる」
「な、なるほど...?」
また難しくなってきたな...スキルは、それまでの人生の評価ってことか?
「そして、<堕天使>には、基本的に《堕天使の加護》が授けられる。効果としては、身体能力の増大じゃ」
「あ、それは全員一緒なんですね」
「然り。そして、<堕天使>は──基本的には、スキルが与えられない」
「スキルがもらえない...?」
「うむ。理由は不明じゃ。だが、神に評価される程のことをしていないから、というのが主な理由じゃろうと推測している。別世界からこの世界に来る者の殆どは、前世で「何もしていなかった」者。だから、堕天使という呼び方が広まった。堕落した人間が殆どだからな」
「...なるほど...」
ほとんどの話が、完全にファンタジーに染まっているせいで、理系の俺は理解に苦しんだ。だが、加護が単調で、スキルが無いなら...どうせ大して役に立てないだろうし、ちょうどいいだろう。
だが、ひとつだけ疑問がある。
「...なんで、堕天使なんですか?」
「?今説明した通りじゃが...」
「いえ、なんで堕落した人間なのに、天使なのか、と」
「ああ...その話か」
これだけ、ずっと引っかかっていた。俺は天使じゃなくて人間なのに、何故天使と呼ばれるのか...
「簡単な話よ。堕落してこの世に来た人間は、前世で死んでいるからだ」
「...え?」
「堕落した人間が、前世で何も成すことなく若くして死亡し...この世界で、何かを成し遂げるチャンスを神が与える。そして、この世界に来る。それが、<堕天使>の正体だからだ」
前世で、死んだ...?
まさか...あの時、俺は死んだのか?
姉貴を残して?結局、何もできず、立ち直れず...ただ心配だけかけ続けて、死んだってのか?
「...........ふざけんなよ」
「は!?おま...何を言って!?」
「...ふむ?」
決めた。俺は戦争なんて怖いからしたくないし、今まで通り適当にゴロゴロしながら生活していくつもりだった。だが...やめだ。
俺は、戦争に参加して...何かを成し遂げてみせる。少なくとも、この世界では...何者かになってやる。
じゃないと、俺は...姉貴に、顔向けできないから。
「占いをしてください。たとえその結果がどうであれ、俺はこの世界の戦争に参加したいです」
「ばっ...!」
「...ほう?」
「おま、何勝手に喋ってんだ!失礼にも程があるぞ!?このままここで撃ち殺されるかもしれな──」
「よい、透也」
「輝史様!?」
「見よ、其の者の目を。先程までとは違う、よい目つきになった。どうやら、覚悟を決めたようだ」
輝史様は、深呼吸した。
「...それでは、これより、其方の運命を占う。神の名のもとに」
御簾の奥が光る。何が起きているかは分からないが、俺の知り得る領域では無いことだけはわかった。なので、頭を下げ、大人しく待つ。
「見えた。其方の運命は...!?これは...!!」
ここに来て初めて、輝史様の動揺する声が聞こえる。
「どうかなされましたか、輝史様!?」
「...其方に、加護とスキルを渡す。其方の加護は──《楽園の加護》だ」
「え、《楽園の加護》...?」
なんだそれは?《堕天使の加護》じゃなかったのか?
「そして、スキルじゃが...」
確か、スキルは無いんだったな。俺は、その楽園の加護という、意味分からん加護ひとつで戦うことになるのか──
「《ナイチンゲールの運命》だ」
「え?」
「なっ!どういうことですか!?」
「余も初めてじゃ。<堕天使>が《堕天使の加護》以外の加護を持ち、挙句スキルを持つなど...それに、このスキルは...」
「...『運命』のスキル...!!」
「え、なんだ?なんかあるのか??」
状況が読めない。何かが起きていることしか分からない。
「透也。急ぎ、兄者に連絡を。そして、今すぐ此の者と共に、上に向かうのだ」
「承知致しました」
「あの、えっと...」
「零。其方に与えられた運命は、恐ろしく数奇な運命。きっと、数々の困難が其方に降りかかるじゃろう。それでも...諦めるな。絶対に、諦めず...『幸福』を追究せよ。それが...神が其方に与えた、運命じゃ」
「...!!」
何が起きているのかも、神からもらった指針とやらも、俺にはよく分からない。それでも...
「必ず、生き延びて...戦争を、終わらせてやる」
俺は、この瞬間、そう決意した。
かなり文字数多めで一話一話書くつもりなので、更新遅めになりますが、気長にお待ち頂けると嬉しいです。