【短編】『魅了』の魔法持ちだから婚約破棄したい?ええ分かりました破棄してもいいですよ。……え?やっぱり私のことが好き?冗談はおよしになって。私すでに人妻でしてよ
「貴方の固有魔法は『魅了』です」
我が祖国である、このプラティーナ帝国では16歳になったと同時に民の殆どが固有魔法を発現する。
それをしっかり国で管理するため、国主導で誕生日を迎えた国民は皆平等に教会にて魔法診断をされることが義務付けられている。
時々、発現時期がずれる人も居るみたいだけれど、私は何の問題も異常もなく魔法が発現したらしい。
例にもれず、私も診断所である教会で魔法診断を受けたところ、どうやら私は『魅了』の魔法を固有しているのだとか。
『魅了』
国が保管する文献によれば「他者を惑わし、虜にする力」らしい。
国家機関に所属するような文官や、現場で緻密な策を要する騎士であれば役立つ魔法ではあるけれど、一般貴族、それもまだ結婚もしていない令嬢には手に余る力である。
その昔、この魔法を使ってハーレムを築いた平民が居たらしく「使いどころには気をつけなさい」と注意してくれた神官様には悪いけれど、そんなはしたないマネを貴族令嬢がすれば世間の笑いものどころか、下手を打てば国外追放ものである。
そんな使い方、考えるだけでも恐ろしい。
「それで、君の固有魔法は何だったんだ?」
翌日、婚約者と我が公爵家の庭園で毎月恒例のお茶会のときにそう聞かれた。
私は何てこともなく昨日の診断結果を見せた。
彼はそれにサッと目を通すと驚いたようにこちらを見つめてきた。
帝王の血を継いで端正な顔した彼は、社交界でも人気者だ。
そんな彼に見つめられて、ときめかない乙女が果たしてこの国に何人居るだろうか。
「……魅了って、あの『他者を惑わす魅了』のことかい?!」
まるで、信じられないものを見たかのような表情でこちらに問うてくる。
書面に書いてあるだろうに。
「はい。参考資料の少ない、あの『魅了』です」
ミルク入りの紅茶を口に含み、その味わいを楽しむ。わざわざ他国から取り寄せた茶葉にミルクを入れてしまうなんて、なんて勿体ない飲み方かしら。
見渡す限りの広い庭園で、穏やかに流れる時間。
それが、突然この時に壊れた。
ガチャンッ!!
突然彼が立ち上がったかと思えば、その拍子に茶器が揺れる。彼のカップからその紅茶がこぼれた。
「……っそうか、そういうことだったんだな!」
ボソボソと一人つぶやく彼の様子に私も戸惑い、恐る恐る尋ねてみる。
「……どうか、なさいましたの?」
私の声がけも無視し、彼は一人納得したように頷く。
少し待ってもなかなか返事を下さらないので、私はもう一度手前の紅茶を口に含み喉を潤す。
そうしていると、彼はようやく思考がまとまったのか顔を上げこちらを睨みつけるように向けてきた。
「君は、『魅了魔法』の持ち主だった。そうだな!?」
「……はい」
何故わざわざ書面に書いてあることを改めて聞いてくるのか。その意図がわからないまま、素直に私は答えた。
「ならば! 今この場をもって、君との婚約を破棄する!!」
「……はい?」
ビシッとこちらを指差し(失礼)まるで悪の魔王と対峙したかのような顔でこちらを睨みつけてくる。
突然の破棄宣言に戸惑いを隠せない私は、一度紅茶を飲んで落ち着こうと試みた。
しかし……
「君が『魅了』の魔法の使い手だったのなら、僕がこれまで君に抱いていた感情は全て幻だったに違いない!!」
「…………は?」
彼は私のことが好きだった。
それは公然的で、社交界でも知られている。
なぜなら2年前、彼は私に対して公開告白をしたのだから。
それはもう、目立つところで。
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「一目惚れしたっ!」
そこはきらびやかな舞踏会、ではなく帝王家主催の公式的パーティ。
そんな高貴な社交場で、それにそぐわない高らかな声が響く。
皆が皆腹の探り合いをやめ、視線を向けた先には一組の男女。
片や一国の王子、片やその地位を盤石なものにした公爵の娘。
そんな二人が互いに見つめ合い、男が娘の手を取って跪く姿に、誰もが唖然とする。
そんな衆目の的でありながら、王子は声を上げる。
「どうか僕と結婚してくれ! 絶対に君を愛し抜くと誓おう!」
当人達はさておき、周囲はようやく考えに至ったのか納得の姿勢を見せる。
なに、王子は彼の令嬢に一目惚れしたのだろう。
これは何とも美談ではないか。
あんなにも見目麗しい王子に口説かれては、黙っていられる者は女ではない。
そんな予測推測が立てられ、会場中が期待の眼差しをその一組に向ける。
もちろん、これに喜んで応える令嬢の姿を思い浮かべて。
さて、この時令嬢はどう行動したと思う?
答えは簡単。……逃げたのである。
急にフラフラと重心のバランスを崩し、倒れる一歩手前を装い、
「本日は体調が優れず……。誠に申し訳ありません。お返事は後日必ず」
と逃げの一手に出た。
さて、ならばもう一度問おう。
この時王子はどうしたと思う?
答えは更に簡単。倒れかけた令嬢を両手に抱え、猛ダッシュで会場から去ったのである。
令嬢を労る王子。これはまさに美談であろう。
会場の皆は突然のことに呆然とはしたが、そこは貴族らしく上手く取り繕っていた。
先程までの静まりはどこへやら、高貴な社交場には新たな花が咲いた。
きっと令嬢自身も驚いたのだろう。
決して王子が嫌だったというわけではなく、ただ単純に戸惑った上での逃げの選択。
そしてそれを素直に受け止めた王子は、令嬢自身を心配しこの会場から連れ去った。
これはどう捉えても美談にしかならない。
ならば誰よりも早く、この美談を広めなくては。
家族に、親戚縁者に、国中、平民までにも広がるほどの話題にしなくては。
そんな思惑と野心に渦巻く会場は、近年の中でも異例の早さで幕を閉じたのだった。
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あぁ、まさか本当に平民までにも広がるだなんて思いもしなかった。
あの時あの場から逃げようなどと、どうして私は考えてしまったのだろう。
素直にあの場で告げてしまえばよかったのだ。
私は…………。
「……長年不思議に思っていたのだ。何故あの時、僕は突然君に告白してしまったのか。確かに一目惚れだと、あのときは確信してた。何だったら今だって君の容姿には好感が持てる」
立ち上がった姿勢のまま、彼は語りだす。
まるで悔いる思いがありありと溢れるように。
「しかしっその全ては、君の固有魔法が原因だったのだとすれば説明がつく!」
(しかし、この方は本当に何を言っているのだろうか?)
さて皆々様、私からも一つ問題を出しましょう。
いえいえ、とても簡単な問です。
よく話を聞いていた方にはわかるでしょう。
「固有魔法が発現するのは一体いくつの年の頃でしょう?」
制限時間は……必要ないですね。答えは16歳です。
そして発現したからこそ、私はわざわざ教会に行って診断してもらったんです。
ええ、そうです。
すでにお気づきの方もいらっしゃると思いますが、殿下とお会いしたのは2年前です。
もちろん魅了魔法なんて発現前です。当たり前ですよね。
なら、私がどうやって彼を魅了にかけることができましょう。
年齢詐称?公爵令嬢の私が?
そんな訳ありませんわよね。
ならば、この場合私が彼に告げる言葉は決まっております。
「お頭の具合がよろしくないようですね、殿下。婚約を破棄する、そのお言葉喜んで受けさせていただきます」
公爵令嬢として鍛え上げられた最上級の微笑みを以て、私はそう告げました。
あぁ、もちろん「今この瞬間から貴方は赤の他人なのでさっさと出て行ってください。不法侵入で訴えますよ」という言葉を忘れてはいません。
赤の他人が自分の屋敷にいるだなんて怖いですものね。
か弱い令嬢にとってこれ以上ない恐怖です。
「え、えっ」と情けない声を漏らす彼を屋敷の警備をしている方々に任せ、私は侍女に茶会の片付けを任せるとさっさと屋敷に戻りました。
赤の他人が目の前で何か喚いているのを、お茶をしながらゆっくり眺める趣味なんてありませんもの。
これには誰も文句を言いません。
「お父様、今し方殿下が婚約破棄を告げてきました」
しかし、いくら当人同士の勝手な婚約だったとはいえ、父に報告しない訳には行きません。この屋敷の主でもありますしね。赤の他人の不法侵入の件に関しては今回は見逃して差し上げましょう。
「………………そうか」
父はそう頷いて受理をしてくれました。
なんてもの分かりのいい父なんでしょう。
これだから尊敬せずにはいられません。
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そしてそれから数ヶ月の時が過ぎ、これまた皇族主催のもとパーティが開かれました。
私がパートナーと共に会場に赴けば、周囲からチラホラと視線が刺さります。
すでに私と殿下が婚約を破棄したことは周知されているのですが、未だ驚きがあるのでしょうか。
それもそうですよね。
あんな公開告白をしておきながら、散々美談とされながら婚約を破棄したんですもの。
殿下だけではなく、私にも非難の声が上がることも当然でしょう。
(しかし、私にだって言い分はあるのですよ?)
少しぎこちないながらも、そこは貴族。
話題に花を咲かせ、時には腹の探り合いをする。
普段通りの空気が会場に流れ漂うようになった頃。
それをぶち壊す高らかな声が会場に響き渡ります。
「やっぱり僕は君が好きだ!! もう一度僕と婚約してほしい!! 絶対に愛し抜くと誓うから!!」
それはもう、大きな声で。
誰が?
無粋ですわね、殿下が、です。
「お願いだ!! もう一度僕を信じてほしい!!」
眼の前で言い募る殿下。どうやら頭だけではなくそのお目も悪いようです。
「殿下…………」
私はどうにか優しく彼を呼びます。
彼はまるで女神に救われたかのようにその瞳を煌めかせました。
私はこれ以上ないほど申し訳無さそうな顔をして次の言葉を告げます
「大変申し訳無いのですが、いくら殿下とはいえ人妻を口説くなどいけませんわよ」
「………………は?」
目を点にしておられる殿下ですが、いくら皇族という身分とはいえ、すでに夫を持つ女性を口説くなどあってはいけません。
ええ、すでに籍を入れて夫のいる女性を口説くのは。
「な、なな、どういうことだ!?!?」
「どうもこうも、婚約を破棄した殿下とはもう赤の他人ですし。それにもうあれから3ヶ月以上は経っておりますし……。私も年頃の令嬢だったのですぐに結婚を決めてしまわないと。……まさかずっと実家に居座る訳にはいかないでしょう?」
何を当たり前のことを、という表情で答えれば、彼はその目を彷徨わせ、信じられない、というように声を上げました。
「っな、ならそのお、おお夫はどこにいるっ!! どこにも見当たらないじゃないかっ! ……っ、そうか、さては君を疑った僕を騙しているんだな?! なんて意地悪な……、いや、それでも僕は君が好きだ。いや、そんな君も含めて好きだったんだ。お願いだ、今度こそ愛し抜くと誓うから、僕を許してくれないか?」
その端正な顔を輝かせて乞うてくるその姿は、傍目から見ればおとぎ話の王子様のような姿なのでしょう。
それにしても、この御方は一体何回誓いの言葉を口にするのでしょうか。
しかし、今になっても気が付かれないなんて、この御方は本当に目が悪いのですね。
「殿下、私の顔が見えますか?」
「あぁ、もちろんだとも!」
力強く頷く彼に、私は安心してゆっくりと促す。
「なら、私の隣にずっと立っている方の姿は見えますか?」
「…………………………は?」
私が隣に視線を移せば、彼もそれを追って私の隣にいる方に目を向けます。
そこには凛とした佇まいの、一人の男性が立っていました。
「……ようやく殿下とお目が合えて嬉しく存じます。…………それから妻が大変お世話になりました」
一切の感情を含まず淡々と挨拶する彼は、殿下が私に声をかける前から、いいえ。この会場に入る前からずっと隣で私のエスコートをしてくださっていました。
彼の腕に寄りかかっていた私を見ても、彼の存在に一切気が付かなかった殿下は本当に私のことしか見えていなかったのでしょう。
あら、こんな言い方をしては他の方からは、まるで自慢みたいになってしまいますわね。
それはとても嫌です。
ですが、相手はたとえでも殿下。殿下は一途なのですね、という以外にどう表現したら不敬にならずに済むのでしょう?
「…………………………」
しかし、今初めて私の隣にいる夫の存在に気が付いた殿下は呆然としてらっしゃいます。こういうのをフリーズ、というのでしょうか?
なかなか起動なさらない殿下を前に、私も夫もどう対応すべきか判断しかねていました
「……………………っ、い、いい、いつからっそこに!?」
ようやく起動したかと思えば、まるで人を幽霊でも見たかのように指差す(失礼)のですから本当にどうしようもないお方……あら、失言でしたわね。
「殿下、ここは社交場なのですから会場に入る前から彼は隣にいますわ」
一度だって離れていません、と説明すればその時の殿下の表情ったら……。
またフリーズ状態に戻ってしまったので、他の殿下に挨拶をしたい方々に任せて、私と夫は手早く挨拶を済ませその場を後にしました。
ええ、本当に最後まで困ったお方でした。
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「……本当に貴方は存在感が薄いのね。あんなに沢山の人が私達を見ていたのに、私が貴方を紹介した時にようやく周囲も気がついたようだったわ。殿下もそうでしたけど、皆様の顔ったらもう……!」
「しょうがないよ。俺は存在感が限りなく薄いけど、リゼは却ってこんなにも美人でキレイで愛らしいから存在感が強いんだ」
「……今の『美人』だけで良かったんじゃないかしら?」
会場から離れテラスで二人きりになって、私はようやく胸に巣くっていた思いをこぼした。
それに彼は答えてくれたけれど、本当に納得できない。
「それにしたって皆して酷いわ。本当に誰一人気づかなかったっていうの? 今日も、あの日だって、貴方はずっと私の隣にいたのに!」
そう。今日もそうだったけれど、2年前のあの日、私は他の誰でもない彼の手を取って陛下主催のパーティに参加していたのだ。
あの無駄に権力と声の高い殿下が一目惚れだ何だと喚いていた間も、私の隣にはずっと彼がいた。
そもそも14にもなって令嬢、それも公爵家の娘が一人で、婚約者もなしで帝王家主催のパーティに参加なんてできるはずもないのに!
婚約者の目の前で他の殿方に言い寄られるだなんて、あの時は本当に目眩がした。
あまりのフラつきに婚約者の胸にすがろうと思えば、殿下が邪魔をして勝手に私のこと担ぎ上げてっ!
そのせいで何故か存在を全く認知されていなかった婚約者との婚約を白紙にして、殿下と婚約しなくちゃ外聞も何もかもメチャクチャになるって何人もの大人に縋られたあの時の私!
陛下も陛下よ! あんなに泣いて縋って、どうか息子を頼む、とか帝王にあるまじき土下座を見せられたら断れるわけがないじゃない!!
その結果、私の固有魔法が魅了だとわかった途端のあの殿下の発言!!!!
もう一生帝王家となんて関わり合いたくないわっ!!
「ねぇ、パーティには参加したのだし、いい加減貴方の実家に居を移してもいいでしょう? いい加減この帝都から離れたいわ」
夫に甘えるようにしなだれかかれば、彼はう〜んと悩まし気な声を上げる。
「でも、俺の実家マジで田舎だぜ? 周辺山と森ばっかだし。……帝都の方がリゼには合ってると思うんだけど」
「もうっ、またそんなこと言って!! また私が他の人に言い寄られたりプロポーズされたらどうするのよ! またあの時みたく譲るつもり!?」
今はもう、すでに結婚して籍も入れているのに、この夫ったら!
「…………でも、リゼがキレイなのは事実だし。俺よりももっと見合った人が……。俺なんて所詮田舎貴族の跡取りなわけだし」
存在感だけでなく、自信にも薄い夫に私はため息をこぼす。
……ほんと、困った旦那さまだわ。
「私、他の誰でもない貴方のことが好きなのよ。それこそ、一目惚れだったんだから」
もちろんお付き合いを始めてから彼の人となりを知って、更に好きになったのは言うまでもない。
殿下の婚約者に取り上げられてからは諦めてしまうしかなかった想いだけれど、今はこうして隣にいて、夫婦でいる。
これ以上ない幸福だわ。
あまりに勝手な言い分の殿下に怒りを感じてはいたけど、この点に関しては随分と感謝してる。
「貴方は私のこと、好きじゃないのかしら」
もう結婚もしているっていうのに、冗談のように口にしたその言葉には、ほんの少しだけ本音を混ぜる。
眼の前の彼はそれに気が付いているのか、いないのか。
「……俺だって、他の誰にも負けないくらい、お前のことが好きだよ。他のやつのところに嫁がれても、諦めきれないくらいには」
彼の言葉に無条件に胸がキュンとくる。
真っ直ぐこちらを見つめてくるその瞳に一切の揺らぎが見られないのだから、彼の言葉が嘘でないことがよく分かる。
これは惚れた弱みってやつね。
「……貴方も私の魅了にかけられてるのかしら」
「お前がかけてくれるのなら、たとえ魅了だろうが呪いだろうが、俺は構わないよ」
軽口と本音を綯交ぜに、私達はどちらからともなく笑い出す。
もう絶対に離れない、離さない。
そんな思いを心に秘めて。
さて、魅了にかけられたのは誰かしら?
最後までお付き合いくださりありがとうございます。
設定ミスで国名を変更させていただきました。
大変失礼しました。2025/01/04
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誤字報告ありがとうございます!