神秘の卵
「人魚は初産の際に二股となり、以後二股で過ごすこととなります。」
教育係のご婦人が厳かに言う。ご婦人の脚を見ると二股だ。ふくらはぎくらいから何枚かの清楚なひれが生えている。
「産卵が近づくと、自然と二股になってきます。大きな卵を1つ生み、そこに男性が放精します。
産卵後の女性は、美しい脚にするために海藻でひれの手前まで圧迫します」
美は常に女性の悩みだ。尾びれは大きいほど魅力的とされているのに、二股になると細い方がよいとされる。
細くするには産卵を終えた直後からの圧迫が効果的なので、女性たちはパートナーにぎちぎちに海藻を巻いてもらうのだ。パートナーである男性はそのためにいるという強者女性までいる。人魚の恋愛は海のように多様な面があるのだ。
リシェラにとって、細い脚は魅力的だった。
このむちむちとした尾びれとおさらばできるなら、つらい圧迫だって我慢できる。新しい脚に生まれ変わるのだ!
ご婦人はまだ説明を続けていたが、リシェラの頭は午後のウエディングドレスとダンスパーティーの衣装の選びでいっぱいだった。
ずらりとドレスと宝飾品がリシェラの前に並べられた。衣装は布の面積が小さいほど、尾びれの存在が目立つのでよいとされている。あとは宝飾品でこれでもかとデコレーションするのだ。
「リシェラ様。衣装は仮縫いですがご用意してございます。お好きなデザインを組み合わせることもできます。いかがでしょうか?」
どれもセンスがあり、さすが王室お抱えデザイナー、見ているだけで楽しくなってくる。
「リシェラ様がお召しになったデザインが、次の流行となります。どうぞお好きなものをお選びください」
自分が流行を生み出すなんて心躍る言葉だ。
ただここは1人で選ばずに侍女と悩みを共有しよう。
「みんなはどれがよいと思う?」
そこからは女の宴だった。花嫁衣装をたんさん見れる機会なんてそうそう無いし、お召しになるのは美の女神であるリシェラだ。三海一の美しい花嫁にしようと侍女たちはせっせと衣装と宝飾品をあてていく。
ウエディングドレスは繊細そうなレースのものにするが、品格が感じられるシルクのトープのものにするか、大胆な異国のデザインで魅力するか、悩ましいところである。
ダンスパーティーのドレスは、ウエディングドレスが白なので、それ以外の色だ。我らの姫君は何色でも似合ってしまうので困ってしまう。
候補が絞れたころには、世界は藍色に染まっていた。
「明日、陽の光で見てから決めましょう」
リシェラのその一言で女の宴は解散となった。人魚の国では太陽の光で主だった明かりをとっている。建物は平らで、天井から太陽光が降り注ぐようになっている。
国はとてつもなく大きなシャコガイだったものを地盤とし、そこに光を遮らないように建築がされてきた。広大な面積を持つ館があるということは、紛れもなく権力があるということだ。
リシェラはベッドに横になりながら、この結婚に至るまでのことを考えていた。
まずは城内の花婿探しから始まり、ロダンの石化(リシェラからはそう見えた)、そしてシエル様にからかわれたこと。。。
花婿は結局お兄様で、この前のデートは楽しかったけど、2人で羽目を外してしまったし。。。
人魚の卵はそういう行為をしないとできない。したからといって卵を授かるかは分からないし、男性の力なくしては受精卵にはならない。
海には卵泥棒などもいるらしい。自分の卵や群れの卵が盗まれたりしたらと思うととても怖い。もしかしたらそれは、パートナーが変わるより怖いことかも・・・。
リシェラの思考は海の深いところまで潜っていった。