秘密のダンスレッスン
人魚の結婚が決まったら、式までの期間は短い。おめでたいことは早くやりたいという人魚の性格である。リシェラは大急ぎで、結婚のお作法を勉強中である。
「結婚は、群れの長が認めることで成立となります。お二人のご結婚は、国王様が許可されることで正式なものとなります。」
教育係のご婦人が厳かに言う。父王の許可はすでにもらっているので、あとは結婚式で盛大に祝うだけだ。
「結婚の宣言が終わった後は、なにをするのでしょうか?」
リシェラは分かりきっていたが、その面倒なことがなければよいと思い、念のため質問した。
「ダンスパーティーです。それはもう、王族から国民まで皆んなが朝まで踊り狂います」
踊り狂うのですね・・
リシェラはダンスが嫌いなので、ふーぅと長いため息を吐いた。そのため息は気づかれず、小さく波を起こしただけだった。
「ダンス・・・」
リシェラはダンス自体が嫌いな訳ではないのだ。小さい頃は、踊るのが好きだったし、ペアと一緒にくねくねと踊るのが楽しかった。
自分が成長してから、踊ることが嫌いになってしまったのだ。このふくよかな尾びれ。踊るとぷりんぷりんと活きがよくて、たっぷりとしたひれが十重二十重に、まるで陸に咲くという薔薇の花か、夜を支配するオーロラのように見えるのである。
この前、シエル様にはしたないって言われてしまったし・・・。
リシェラの心にはさざ波がおこっていた。
2人でダンスの練習をしないかとマリオンが誘ってくれた。気乗りはしなかったが、結婚式当日にダンスが下手と皆んなに思われるよりは、練習してかっこよくきめたかった。
侍女たちは、相変わらず大張り切りで身支度をしてくれた。動くとシャラシャラと涼やかな音を奏でてくれる装飾品をつけられると、リシェラには自分がダンス上手のように見えてくる。1つ1つの装飾品が光に当たって多彩な表情で輝き出すと力が湧いてきた。リシェラは気を取り直してマリオンのところへ向かった。
「お兄様」
マリオンは振り向いた。
我が妹ながら美しいとしみじみと思った。淡金色の髪も、海を掬い上げたかのような瞳も、自分と同じなのに、こうも可憐な存在がいるのだ。その子が、自分の妻となる。
「リシェラ、今日もすごく綺麗だ。照れてしまって、ダンスが踊れなくなってしまうかもしれないよ」
「・・・ダンスが踊れないのは、私のほうなのです」
マリオンの頭に疑問符が浮かんだ。
はて、この子は何を言っているのだろう。話を聞いてみようか。
なるほど、豊満な自分の尾びれが恥ずかしいと思っているのか。
豊かな尾びれは魅力的であるというのが、この国の価値観だ。リシェラは幼なげな顔に比べて、尾びれは大きく艶かしい。まだ少女のような妹には恥ずかしいのかもしれない。
「リシェラ、こちらにおいで」
マリオンはリシェラを正面から抱きしめた。
「こうやって、お互いしか見えないようにして踊ろう」
もともとリシェラはダンスが好きだった。飛んだり跳ねたりして踊る妹の、はしゃいでほんのり赤くなっ笑顔が好きだった。
「2人きりで踊れば恥ずかしいことなんてない。結婚式の日も、世界には2人だけだと思って踊ればよいよ」
自信満々の兄らしい言葉だった。
小さい時から頼りになるお兄様。私のちっぽけな悩みを波のようにさらってくれる。
「分かりました、お兄様」
ほんとは世界に2人だけなんてことはないし、お父様も貴族たちだっているけど、目の前にいる海そのもののような大きな方だけ見てれば安心できる。
ダンスの練習は順調にいっていたが、次第に2人の大きい尾びれが絡まり合って、息が上がり、混ざって、海温が少し上がった。