余命一日
朝が来た。
予定通り、解体作業は行われた。
音を聞くのも解体現場を見るのも嫌だと伝えたら、寝ている間に作業が終わっていた。無事だった両腕がない。不自由だな、とぼんやり思った。ただでさえ瀕死の人間から両腕を切断する技術はあるのに、私の死は止められないんだな、と考えると、それは悲しいくらい、人間の限界であるような気がした。
静まり返った部屋に、機械音と、何かを継続的に記録する音が響く。私の腕が誰かの血肉となるのだろうか。切り取った私の一部が、誰かを飢えから救うのだろうか。下半身の足りない私で埋めた穴など、気休めに過ぎないような気もする。
ただ、体が重たかった。
動ける気がしない。瞬きすら億劫だ。昔読んだ小説と、好きだった音楽を思い出していた。歌おうと思ったけれど、横たわったままの姿勢では音が上手く出せなくて、諦めた。
それから、流れ星のように、いくつかの思い出が頭を過っていった。
高校からの帰り道、自転車を漕ぎながら見る夕焼けが好きだった。
田舎に住んでいたから、遮蔽物が少なくて、空が広かった。田んぼに映る茜色には、ただただ息を呑むことしかできない荘厳さがあって、涙が出るくらい、好きだった。
返しそびれた本のことを思い出した。私の部屋に置きっぱなしの彼らは、誰かが責任をもって返してくれるのだろうか。
初めてのアルバイトで失敗したこと、違う大学に行っても変わらず遊んだ親友のこと、友達がカラオケでよく歌った曲、通話を繋いでゲームをしたこと、たまに帰る実家のにおい、恋人になる人と、恋人になる前に見た夜景のこと。
どれもキラキラしていて、眩しかった。
苦しいなあ、と思った。
これを覚えていられるのは私だけなのに、この光を、誰にも伝えられずに死んでいく。
それがただ、苦しくて、悲しかった。
愛されていたのだ。
その時は自覚していなくても、確かに愛されていたのだ。
たくさんの愛と笑顔と感情が明滅して、ひそやかに降り積もっていく。
この思い出が私を作った。この記憶の中で、私は成長してきた。
「………………、やだなぁ」
死にたくないなあ。
いまさら、心底そう思えたって手遅れで、それがどうしようもなく笑えた。
よい人生だった。誰が何と言おうと、この欠片は本物だ。
強がりだとわかっていた。
それでも、そう思わずにはいられなかった。