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ツグミ

 ーーかあさん、どこ行くの?


 最初の記憶は、真っ暗な山道をかあさんと二人、逃げるように歩いていた。

 あたしは寝ていたのを起こされたせいで、眠くて眠くて機嫌が悪かった。ぐずるあたしに竹の葉で包んだ飴を与えて、あたしは滅多に口に出来ない甘い飴に、少し機嫌を良くして足が痛いのを我慢して前に進んだ。

 陽が上がると山道から外れて岩場の陰に柔らかな草を敷いて休んだ。そして、日が暮れるとまた前に進む。

 幼い子連れの旅はきっとそう遠くまで歩けなかったはずだ。


 ある晩、たくさんの灯りに囲まれてかあさんと引き離された。かあさんは「ごめんね」と言って泣いている。


 白くてキレイなべべ着せられて、朱色の器に注がれた「痛みがとれる」薬を飲まされた。

 確かに、長く歩いた足の裏は痛かった。

 薬を飲んだら痛みが無くなったどころか、足の感覚まで無くなった。

 あたしは、「薬」という名の『毒』を飲まされて歩けなくなった。


 連れてこられたのは、海辺の洞窟。

 狭い通路の先は、ちょっとした祭壇になっていて、その奥の床半分は海に繋がっていた。

 あたしは祭壇と海の間にある、一段高い場所に縄で繋がれた。


 あたしは生け贄として連れてこられたと知ったのは、だいぶ後になってから。

 

 海の神様は、両腕が翼の有翼人の姿をしていて、生け贄には鳥の名前が付けられる。


 あたしの名前は『ツグミ』

 茶色くて地味な山の小さな鳥。


 


 洞窟には色んなモノが訪れる。

 酒瓶を担いだイタチのヒト、灰白のオオカミのヒト、麦畑色のキツネのヒト…


「お前、名前は?」

ーーツグミ

「ツグミ、歌を歌え」

ーーなんで?

「歌でウミトリを呼べば、きっと自由になれる」


 ウミトリは、海の神様。

 その姿は何度も蘇る不死鳥にも似て、海の中を飛ぶように舞う…という。


 人に似た人ではない、ヒト達に言われた通りにあたしはただ繋がれて生かされ、ぼんやり過ごすのを止めて歌った。

 最初は自分の周りにある小石を打ち合った音に近い声から。歌詞なんて知らない、ただ周りの物を使って声を出していくだけ。



 何年か過ぎた頃、洞窟内に不思議な跡を見つけた。

 何かを引き摺ったような、掠ったような跡。そして、三本の指のような足跡?

 あたしが寝ている間に訪れているみたい。

 それは少しずつ距離を縮めて、あたしに近づいている。


 最近、海が荒れてるらしい。

 あたしにご飯持って来てくれる世話役の人が言ってた。だから、「お前もそろそろだな」と言われた時、あたしの生命の終わりがもうすぐ来るって直感的に理解した。

 夜、波の音を子守唄にして横になる。

 生け贄だと知っていても、やっぱり死ぬのは怖くてなかなか寝付けない。横になったまま、薄く目を開けて寄せ返す波を見つめていた。


 ちゃぽちゃぽ……

 ザバーッ!


 ナニカが陸に上がった。

 ざざざ、ナニカを引き摺る音。カツカツとこっちに寄ってくる足音。

 ソレは横になってるあたしのすぐそばまで歩いてきて、ふわりとしゃがんだ。


 両腕が翼で、足は鋭いかぎ爪の有翼人。

 ぽたぽた垂れる水はそのまま、腕を組むように胸のところに上げる紺碧の翼。深い青の瞳は静かにあたしを見つめてる。


「もう少しだ」


 小さく呟いて、来た時と同じように翼を引き摺って海へと戻って行った。


 もう少し、ってどういう事?

 不思議と恐怖は感じなくて、あたしはしばらく青い瞳の事ばかり考えていた。


 洞窟内の海面が激しく荒れて、遠くに見える海上の空が真っ黒になった日、あたしは大勢の人に取り囲まれた。かあさんと離れ離れのなった、あの時と同じように。

 キレイな服を着せられて、じゃらじゃら何重にもなるキレイな装飾品を首や腕に付けられて。

 そして、波打ち際まで連れていかれた。洞窟に縛られてから十数年、祭壇の奥から移動したのは初めてだった。


 ひたひたと寄せる波がすぐ目の前にある。

 あ!っと思った瞬間、海へと落とされた。


 ざぶりと初めて触れる海は、冷たくて重い。

 動かない足、装飾品を付けられた腕は重くて動かない。ほとんど抵抗出来ずにあたしは沈むしかなかった。


 「ーーーーー!!!!」


意識を失う直前に見えたのは、青。




 ある小さな海辺の村には、海神へと生け贄を捧げる悪習があった。生け贄は洞窟内にある祭壇で過ごし、有事の際には海に還す。

 何百年も続いた悪習は、海神の怒りを買って全てが海の藻屑と化して終わりを告げた。

 


 ピュー一イ、ピュー一イ


 海神…ウミトリは海中を空飛ぶように舞う。

 そこに寄り添うのは小さな鳥、ツグミ。


 ツグミはウミトリに()われて、人の(ことわり)を超えて自由を得た。


 あたしはウミトリのそばで永遠を生きる。

 

 

 

 


 

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