表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

俺の隣に座るクラスメイトが推しASMR配信者だった件。~目立たないけど実は可愛くて努力家で声も綺麗な美少女から告白されたんだけど!!~

こちらではお久しぶりです!

是非楽しんで頂ければ嬉しいです!




『―――ふふっ、後輩くんはやっぱり照屋さんだね』



 揶揄(からか)うような、けれども優しげな凛とした少女の声が耳朶に響く。


 舞台は放課後、文芸部の部室。椅子に座って読書をしていた後輩の隣には揶揄い上手で美人な先輩がいて、こちらの表情をずっと覗き込んでいるようだ。


 雰囲気はとても甘酸っぱく、まさに青春を味わっている気分である。



『本当はキミからして貰うのが一番理想なんだけど……うーん、こればかりはしょうがないかぁ』



 きっと先輩は、部員としてこれまで可愛がっていた後輩に何か伝えたい事があるに違いない。


 最初は躊躇(ためら)っていたようだったが、やれやれと諦めがついたとばかりに彼女は言葉を紡ぐ。その声音はどこか嬉しそうで、恥ずかしながらもまるで喜びを噛み締めるように幸せな感情が満ち溢れていた。


 深く息を吸った、次の瞬間。



『だって、好きになっちゃったんだから』



 これまで一途に後輩を想ってきた先輩の耳元での告白。戸惑いながらも、そして無事後輩からも告白の返事を貰えてこの物語は最終的にハッピーエンドを迎えた。





 ―――俺は(たま)らず自室のベッドの上で叫ぶ。



「エンダァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」



 仰向けになった身体を左右へごろごろと動かし、両脚をばたばたとさせる。すっかりと身体中を浸透した興奮や熱はそう簡単に収まる気配は無かった。



「あぁもう何コレ最高なんですけど!! やっぱ純愛が最高に決まってるよなぁっ!!」



 夕食を食べ、風呂に入り、本日分の勉強も終わって残すは就寝するだけという、それまで一時間ほどの隙間時間。

 自らのスマホにワイヤレスイヤホンを接続し、目を閉じながら先程の音声を聴いていた俺、梅野(うめの) 鵜響うきょうは大のASMR、強いては純愛、いちゃいちゃといった恋愛ラブコメ系バイノーラルサウンド好きな現役高校二年生である。


 余韻、といえば少々大げさだが、先程のASMR動画を聴いて心が安らいだのは間違いない。俺の顔には自然に笑みがにんまりと浮かぶ。



「さて、次はどんなシチュエーションのバイノーラルサウンドを聞こうか」



 内心うきうきと心を躍らせながら身体を天井へ向けた。そして選別するようにして動画投稿サイト内の数ある動画を指でフリックしていく。


 今でこそ三度の飯よりASMRを地で行く俺だが、前まではこれといった趣味は無かった。


 俺が沼に嵌ったきっかけは去年の夏に何気なく見ていた動画投稿サイト。何か面白い動画は無いかと画面を下へスクロールしていると、偶然オススメに出ていた『耳かき&囁きASMR』の動画があったので試しに視聴してみたのだ。

 ただの気紛れ。日常ではありふれているであろう、逆に物珍しい内容の動画がどんなものかというありふれた好奇心だった。


 劇的な運命と呼ぶには、(いささ)か仰々しすぎる。だが今思えば、あの瞬間は俺にとって転機の一つと言っても良いだろう。


 未だ初めて聴いたあのときの衝撃は忘れていない。



「まさか音で"本当にそうしている"かのように表現するなんて思わないよなぁ」



 耳かき音声であればかりかり、がりがりといった掻き出す音や、梵天のさわさわという優しげな音。囁き音声では落ち着く言葉などをそっと耳元で囁かれ、ときおり耳にふぅーっと息を吹き掛けるのが特徴である。


 当時は普段耳にする音楽とはジャンルが違う上、まるでそこに本当に人が存在するかのような違和感もあったので耳慣れするのに時間は掛かってしまったが、今では就寝する前に聴かないと落ち着かない程必要不可欠なものになってしまった。


 以来、俺にとってASMR、バイノーラルサウンドはかけがえのない存在なのだ。


 因みにASMR―――正式名称は"Autonomous Sensory Meridian Response"。聴覚や刺激によって感じる心地良さ、脳への直接的な刺激にも似た昂りの反応と感覚のことである。

 恐らくだがバイノーラルサウンドと組み合わせることにより、きっと多くの種類へと細分化出来るだろう。


 勿論だが、ASMR、バイノーラルサウンドといってもすべて一緒な訳ではなく、それを聴く聞き手―――つまり俺にも好みが存在する。



「スライム、砂、炭酸水、シャンプー、散髪……ASMRに嵌ってからこれまで結構な種類の動画を視聴してきた。睡眠用や作業集中用リラックス音声も良いが、やっぱり全俺の中で最強なのは男性向けASMRバイノーラルサウンド一択よ」



 男性向けASMRバイノーラルサウンド動画とは、ASMR(気持ち良いと感じる音)にバイノーラル(録音技術)が組み合わさった、そのほとんどが女性とのシチュエーション動画である。中には十八歳以上でないと視聴出来ないえちえちなASMRもあるみたいなのだが、俺は至って健全な十七歳の男子高校生。

 決して興味が無いと言えば嘘になってしまうが、深い睡眠が出来るようになった俺は現状にとても満足していた。


 きっと毎日就寝する前に音声を聴き続けていたのが功を奏したのだろう。所謂『リラックス効果』というやつである。



「ま、流石に咀嚼音は苦手……というか気持ち悪いから聴かないけど」



 様々な動画を視聴する中で、唯一途中で断念したのは咀嚼音である。どうやら俺は他人の咀嚼、つまりくちゃくちゃ、ザクッ、サクッといった腔内で食べるときに発生する音が苦手で生理的に受け付けないらしい。


 何故だろうと不思議に思ったが、その動画のコメント欄を見てみると好意的なコメントが多く記載されているのは意外であった。


 そこで判明したのは聞き手には様々なタイプがあること。

 例えば俺のように音声のみを重視するタイプ、そして料理とそれを食べる人間が映った動画を視聴しながら咀嚼音を楽しむタイプなどである。


 なるほど、と納得したものの、苦手な音であることは変わりないのでそっと咀嚼音ASMR動画を閉じたのは良い思い出だ。


 そんなことより、と表情をにへらっと和らげた俺は、先程まで聴いていた男性向けASMRバイノーラルサウンド動画―――正確にはたった一時間前にそれをアップしてくれた推しの声主に思いを馳せる。



「はぁぁ、今日も『弧猫(こねこ)-Koneko-』さんの声最高だったなぁ……! 可愛い声も出せて年上の大人っぽい声も出せるとかもう惚れる。これで同い年とか神様良い仕事してんじゃん」



 思わず熱を帯びた吐息混じりの声が出る。


 動画サイト内には様々なASMRシチュエーションを投稿する配信者がいるが、その中でも俺が最も推しているのは『弧猫(こねこ)-Koneko-』さんである。

 彼女の声に初めて出会ったのは一年生の冬休み。偶然動画投稿サイトにアップされている彼女のバイノーラルサウンドを聴き、「お、この声良いな」と思ったのがきっかけだった。


 この頃はASMRにド嵌りして約四カ月だった為、ある程度声の良し悪しが判別出来るようになっていた。『弧猫(こねこ)-Koneko-』さんは声の使い分けや息遣いは勿論、抑揚の付け方がとても巧い。その上、声に芯があってブレないので、一部のつよつよASMR配信者以外によくある素人特有の一般人の棒読み感が無いのだ。


 惹き付けられる声、と表現すれば良いのだろうか。彼女のSNSでは年齢とアップする動画の告知、たまに日常を呟く以外情報が無いので容姿などの個人情報は不明だが、声一つでここまで魅力があるのはとても凄いことだろうと感じる。


 しかもなんと彼女は二日に一度、異なるシチュエーションのASMR動画をアップしてくれるのだ。中には毎日投稿という猛者もいるのだが、俺のようなただ施しを享受する立場で比べるのは余りにも烏滸がましい話である。


 作品内の数あるコメントの中には残念ながら悪意ある感想も見受けられるが、『素晴らしい作品には敬意を』が俺の理念だ。なので俺は、彼女の作品は勿論、それに限らず視聴して素敵だと思ったASMR動画には応援と感謝のコメントを残すようにしていた。



「きっと頑張り屋さんなんだろうな。ありがとうございます、今日も良い声でした」



 明日を生きる糧を手に入れた俺は、手を組んでそっと目を閉じながら静かに感謝を捧げる。


 作品の質を落とさず継続力もある。行動でそれを着実に示す辺り『弧猫(こねこ)-Koneko-』さんは努力家らしい。

 きっと俺の知り得ない、彼女なりに沢山の苦労がある筈だ。これからも是非無理しない程度に配信者として動画のアップを続けて欲しい。



「さて、明日も学校だしそろそろ寝なきゃな」



 ふとスマホの時間を確認すると『1:13』と表示されていた。

 夜更かしをして既に日付が変わってしまったが、俺が就寝するのは毎日だいたいこんな時間である。そっと動画投稿サイトを閉じると、俺はベッドの中に入り、就寝したのだった。






 次の日、高校に登校した俺は二年一組の教室の扉を開けて自分の机に向かう。ホームルーム十分前という事もあり、まだ来ていない生徒もいたが教室内は既に登校したクラスメイトの声で騒がしかった。


 そんなお馴染の光景になんの感慨も抱くことなく一番端の窓側の席へ足を運ぶと、俺は前に座る男子に声を掛けた。



「おっすー、おはよう内田」

「おっ、ハロハロ鵜響。勉強してきた? してきたよな。早速だけど数学の課題みせて」



 そう言って軽薄に挨拶してきたのは、高校に入学してからの付き合いである内田(うちだ)裕翔(ゆうと)。顔面偏差値が高くサッカー部の期待のエースとも呼ばれている無駄に明るい陽キャ的な奴だが、何故かこんな俺に話し掛けてくれる気の良い金髪野郎である。


 一年の頃からクラスが一緒で、昼食時も一緒、休日の際には遊ぶ機会も多いので悪友と言っても良いだろう。


 何気に頭が良い内田が課題見せてなんて言う筈がない。顔面にケチャップを塗りたくってやりたい、なんて思いながら返事を返す。



「唐突に窓割って入ってきたキツツキがお前の頭に激突しないかな。端的に言うと死んで?」

「いや軽く冗談言っただけなのに代償重くねぇ!? そこはタンスに小指思いっきりぶつかって裂けるくらいで良くねぇ!?」

「さらっと言ってるけどそれも死んだほうがマシかなってレベルの痛さなんよ。頭バグっとんか」

「痛みと友達になれば、きっと……!」

「最後まで行き付く先は友達以上恋人未満。そこには決して相容れる事の出来ない壁が…………ところで今日頭が万力でじわじわ締め付けられてポップコーンになる夢を見たんだけどさ」

「飽きたんだろうけど急に話題転換すんの止めろや」


 

 スッと真顔になった俺に対し、内田は冷静にそうツッコんだ。解せぬ、と思いつつもその夢の話の続きを言おうとした瞬間、隣から噴き出すような笑い声が聞こえた。



「―――ふふっ」

「ほら内田、お前のせいで藍原(あいはら)さんに笑われちまったじゃねぇか。昼休みアンパン買って来いよ。ダッシュな」

「しれっとなすり付けた上にパシらないで貰えますかねぇ!?」

「あ、あぅ……ご、ごめんなさい。二人の会話が面白かったから、つい……」


 

 にこり、と困ったような笑みで表情を緩ませたのは、俺の隣の席に座る藍原(あいはら)心音(ここね)さん。あまり話したことは無いが、クラス替えのある二年生からクラスが一緒で、休み時間中によく本を読んでいる物静かな少女である。


 あどけない顔立ちにさらさらとした光沢のある黒髪のミディアムヘア。日に焼けない体質なのか、制服から覗く肌は色白で、身体の線が細いやや小柄な体型はどこか華奢な印象が目立つ。


 授業中、問題の解答で先生に指名されても淀みなく答えを言える辺り勉強は得意なのだろうが、体力が無いのか基本的に運動全般が苦手な彼女。あまり積極的な性格ではないらしく、周りの女子と比較しても同年代と思えないほど普段から落ち着いた雰囲気を出しているのが特徴だ。


 影が薄いと言えばその通りなのだが、よくよく注視してみれば顔のパーツが整っている。失礼かもしれないが、地味目だがあまり学校では目立たない美少女と表現しても良いだろう。


 つい最近席替えしたばかりで、藍原さんとこうしてしっかりと言葉を交わすのは何気に初めてかもしれない。一年の入学式の頃、彼女が制服のスカートから落とした可愛らしい猫のキーホルダーを俺が拾って渡したことがあるが、きっと彼女は覚えていないだろう。


 今まで話す機会が無かったが、折角隣の席なのだから仲良くしたい。でもどうしてだろう、先程から背中がむずむずする。



「ふ、二人とも、仲が良いんだね」

「俺がぁ?」

「コイツとぉ?」

「「ないないない!」」

「あはは、息ピッタリだよ……」



 俺と内田のやりとりを見た藍原さんは苦笑しながら言葉を漏らすが、仲が良いというのはあながち間違っていない。


 女性の好きな部位やら目玉焼きには醤油派かケチャップ派か(俺は当然醤油)など、論争やくだらないことを言い合ったりすることはあれど、相手を傷付ける言葉を言い放ったり、殴り合いの喧嘩なんて一度もした事が無いのだ。


 因みに先程『死んで?』と内田に言ったのは冗談なのでノーカンである。

 俺のは冗談と分かった上での冗談なのできっと悪友である内田は分かってくれる筈だ。もし理解してくれなくても俺の心の中で手を振っているイマジナリーフレンド・ウチダは満面の笑みで「あぁ~、冗談の味がするぅ~」と言ってるので問題ない。



「ま、今まで全く接点は無かったけどこうして席が近いんだし、オレはともかく是非とも鵜響と仲良くしてやってくれ」

「ひゃわぁ…………っ!? な、なんで……っ!?」

「あれ、違ったか? これまで何度もこっちにちらちら視線を―――」

「あ、あぁー! あぁー!」



 突如、何かを言い掛けた内田の声を遮る藍原さん。どこか焦った様子で、本人なりに必死なのか両手をぶんぶんと前に振りながら声を張るが、その声はか細くて小さい。


 憎たらしいことに内田はイケメンの部類に属しているので、藍原さんがコイツを見たくなる気持ちは正直分からないでもない。俺だってきっと滅茶苦茶可愛い美少女が教室に居たら休み時間とかガン見してしまうだろう。

 何故か俺の方を向いて顔を真っ赤に染めた彼女を見て、可愛いな、という感想を抱くも一つだけ気になるところがあった。


 俺は首を傾げながら目の前の内田に訊ねる。



「え、俺だけ? お前は?」

「いやオレはほら……、他の女子とあんまり仲良くしようとすると彼女が、な……」

「あぁ、無理矢理女装させてくるんだっけ?」

「当たり前かのようにそんな平然と納得するなよ。せめて笑ってくれ……っ」

「プギャーくすくすww ちょーウケるんですケドww」

「やっぱムカつくからやめろ」



 内田の瞳孔が開かれていたので素直に引き下がることにするが、自分から申し出た癖にやめろとは一体どういう了見だろうか。


 オレが求めていた笑みと違う……、と小さく声を漏らしていたけれども、残念ながら俺は内田が考えるアクションを起こしてくれる都合の良い友達ではないので、そんなの押し付けられても困る。


 因みに違う高校に通う内田の彼女とは何度か面識があり、連絡先も交換していたのでスマホのトークアプリに最近送られてきた内田の女装姿の画像を見て大爆笑したのは記憶に新しい。ごつごつした筋肉質な身体つきにメイド服は反則なんよ。


 それはさておき、壁に掛けてある時計を見るとそろそろ朝のホームルームが始まる時間である。俺と内田の会話にいきなり巻き込んでしまったのは申し訳ないが、久しぶりに藍原さんの声が聴けて嬉しかった。



(んーでも、どっかで聞いたことがあるような声なんだよなぁ……?)



 先程から気になっていた違和感。今まで喉元に引っかかっていたような小さな感覚だったが、ふと浮き出た疑問に対し、俺は小さく首を傾げる。


 趣味や嗜好の範疇だが、俺はこれまで様々な男性向けASMRバイノーラルサウンド動画を聴いてきた。

 男性向けASMR動画に嵌って以来、俺は女性の声に魅力を感じてしまうようになったので、声フェチに目覚めたといっても過言では無いだろう。


 前にふと気になったので調べたのだが、楽器は勿論、人の声にも声域がある。様々なシチュエーションで声の高低を演技で表現出来ても、その声の特徴―――"核"とも呼ぶべき声の根幹はどうしても切り外せないのだ。


 改めて、俺は隣に座る藍原さんを見る。



「な、なにかな、梅野くん……?」

「んー…………」



 ジロジロと見つめられて恥ずかしいのか、身体を(ちぢ)こませた藍原さんは上目遣いでこちらを見上げる。


 声質はどちらかというと可愛い系で、声量は小さいが聞き取りやすく滑舌はハッキリとしている。一見目立たないが実は隠れ美少女な藍原さん。声がもう少しだけ大きく、人付き合いにも積極的な性格であればきっとモテるに違いないだろう。


 脳内で彼女の声を何度も反復させるが、残念ながらこの短時間ではすぐに探り当てるのは無理だった。ただ、俺が思う一つだけ確かなことがある。


 それは、



「藍原さんって、凄く綺麗な声してるよな」

「…………ふぇ?」

「あぁいや、ただそれだけ。何様かと思うかもしれないけど……うん、自信持って良いと思う」

「ぁ…………。う、うんっ、その、ありがとうっ!」



 藍原さんはそう言って、八重歯を見せながら可愛らしくはにかむ。


 流石に容姿を直接褒めるのは恥ずかしいのだが、声であれば別である。気味悪がられただろうか、と一瞬だけ不安になるも、頬を赤く染めながら嬉しそうに口角を上げている辺り、どうやら心から喜んでくれているらしい。


 自然に本心が口から洩れてしまったが、俺はホッと胸を撫で下ろす。


 その後すぐに担任が教室に入って来たのでそのまま朝のホームルームに突入。気だるげに出欠をとるその女性担任の声にぼんやりと耳を傾けながら、本日の高校生活が始まったのだった。







「よし、今日の課題終了ー」



 滞りなく授業が進み、窓からは赤い夕陽が差し込む放課後の時間になった。シャーペンを手放し机に転がすと、数学の課題を進めていたノートを広げたまま、腕を上げて身体をぐぐっと伸ばす。


 軽く息を吐いた俺はそのまま自分の席から教室を見渡すが、他の生徒は帰宅したり部活に参加しており既に誰もいない。サッカー部に所属する内田も放課後に突入した途端、じゃあな、と俺に軽く挨拶を済ませた後にそそくさと部活へと向かってしまった。


 ほとんどの生徒は部活をしているのだが、俺は特に何かしたい事がある訳でもないので帰宅部。この高校では生徒の自主性を重んじているため、特に入部を強制していないのは地味にありがたい。



「家だと娯楽の誘惑が多いからなぁ」



 誘惑、というのは、言わずもがなASMRやバイノーラルサウンドなどだ。


 普段ならば家に帰宅してから課題に着手するのだが、こうして教室に残って宿題を終わらせる事はたまにある。特に曜日などは決まっておらず完全に気分になってしまうのだが、教室という場所の力もあって集中出来るのでASMRに嵌った頃から習慣化していた。



「学校では勉学に励み、家では趣味に没頭する。うんうん、充実した高校生活送ってんじゃん俺」



 軽く息を吐いた俺は、腕を組みながら一人満足げに頷く。


 幸いにもこの高校生活で友人に恵まれた俺だったが、趣味として男性向けASMRバイノーラルサウンド動画を聴いていることは誰にも言っていない。悪友である内田は勿論、家族にもである。


 家族はともかく、きっと多方面に理解が深い内田であれば俺の趣味を受け入れつつ話に乗ってくれるのは間違いないだろう。アイツは俺が無趣味で悩んでいた事も知っているし、好きな事は自分で見つけるしかないと、どこか達観した考えを持っている憎めないヤツだから。


 このまま正直に自分の趣味を打ち明けても良いのだが、ようやく見つけた趣味なのだ。おそらく話題を共有するのも楽しみの一つなのだと思う。……が、どうやら俺が意外に器量が狭いらしい。


 ―――俺は、"世間一般に浸透していない文化を俺が知っている"という優越感にどっぷりと浸りたい。


 自分でもこんな欲を持っていることに初めは驚いたものだが、同時に今まで分からなかったオタク心に理解を示せた気がした。自分しか知らない、という優越感は傍から見ればやや傲慢に聞こえるかもしれないのだが、自分の趣味をより魅力的にさせる、謂わばスパイス(・・・・)なのだ。


 なので内田には申し訳ないが、暫くこのまま秘密にしておこうと思う。



「さて、家に帰って『弧猫(こねこ)-Koneko-』さんの過去作聴きまくるかー。……その前に」



 帰る準備を行なう為、机に広がる筆記用具やノートを鞄の中に仕舞いながら立ち上がろうとするも、一旦椅子に座り直す。


 制服のポケットに手を突っ込んで取り出したのはスマホだった。



「『弧猫(こねこ)-Koneko-』さんのバイノーラルサウンドを、いま、ここで、猛烈に聴きたいんじゃ」



 愛用しているワイヤレスイヤホンは、充電をし忘れていたため自宅に置いてきた。そして幸いにも教室には俺一人。他の誰もいないのでこのままスマホから音を出しても多分問題はなく、現在手元にイヤホンが無くとも視聴するには絶好のタイミングである。


 とてもリスキーな行為であることは重々承知だ。他の生徒に聴かれても特に(やま)しくはないのだが、もし万が一聴かれてしまう場合も無きにしも非ずである。


 確かに最近ASMR動画などメディアに露出する機会が僅かに増えたが、正直男性向けASMRバイノーラルサウンド動画は悔しいことにマイナー中のマイナー。教室に俺以外誰もいないとしても、もし廊下を通りがかった多感な年頃である一般生徒に聴かれでもしたらきっと引かれてしまうだろう。

 こんな目立たない俺でも噂になってしまうような事態は極力避けたい。


 ―――なのに、心のどこかで背徳感のドキドキを味わいたいと思う自分がいるのも確かだ。


 本来であればASMRはイヤホンを付けてこそ真価を発揮する。

 だがしかし、俺はどうしてもここで『弧猫(こねこ)-Koneko-』さんの声が聴きたい……っ!



「ふぅー」



 僅かに乱れた呼吸を静かに整えながら、俺は指でスマホを操作していく。

 慣れた手つきで動画投稿サイトのアプリを開くと、俺はある『弧猫(こねこ)-Koneko-』さんの男性向けASMRバイノーラルサウンド動画を視聴し始めた。


 早速ボリュームを上げる。



『……あっ、せんぱぁ~いっ! 教室のどこにもいないと思ったらこんな所にいたんですねっ! 探しましたよ~!』



 がちゃりと扉が開いた後、快活さの中に仄かな甘い声が響く。吐息混じりに息を切らしている様子から、探し回ってようやく見つけたのだろう。先輩である聞き手を慕う可愛らしい後輩の姿が簡単に想像出来る。


 俺は瞳を閉じて机に突っ伏すと、感覚を研ぎ澄まし聴覚にのみ意識を集中させていた。そのままスマホのスピーカーから伝わる音声に耳を傾ける。



『何しに来たんだ、って……もうっ、先輩の為に学校中を探し回った後輩に対してそれは酷くないですか!? 落ち込んでいるであろうぼっちで根暗な先輩を~、可愛くてキュートで、幼馴染な後輩ちゃんが慰めに来たに決まってます!』



 どうやら聞き手であるこの作品の先輩は何か落ち込む出来事があったようだ。そこで何やら事情を知っている幼馴染な可愛い後輩が、先輩を慰めるためにわざわざ探しに来てくれたらしい。


 僅かに間を空けた次の瞬間、後輩は息を吸いながら言葉を紡いだ。



『―――告白、失敗しちゃったんですよね』



 右のイヤホンからダイレクトに声が耳朶に伝わる。よいしょ、と呟くと、後輩は先輩の隣に座った。



『もともと無理な告白だったんですよ。先輩と同じ同学年でも相手は生徒会長で、真面目が服を着たような長い黒髪が特徴的な美少女。みんなから慕われてて運動神経も抜群でテストも常に一位、更には家もお金持ちじゃあ、ぼっちで根暗で、ダメダメな先輩では流石に釣り合いませんよ』



 後輩は落ち着いた様子を見せながら状況を先輩に伝える。その言葉の端々にはおちゃらけた部分があったものの、どこか先輩を傷付けないようにする配慮が伺えた。



『だから、一人になりたくて屋上で黄昏(たそがれ)てたんですよね。小さい頃から先輩って、いっつもそう。何か嫌なこととか落ち込んだことがあったら毎回一人で泣いちゃって』



 懐かしいなー、と後輩は過去を噛み締めるように話す。息遣いで表現される、会話の後の空白の余韻が不思議と心地良い。



『どうして知ってるんだって……。そんなの、当然だよ。お兄ちゃん(・・・・・)のこと、今までずっと見てきたんだから』



(おっ、ついにくるか? くるのか!? 幼馴染・後輩属性ヒロインの必勝パターン、後輩ちゃんのターンが!!)



 うつ伏せになりながら目を閉じていた俺は、これからの展開に胸を膨らませながらそっと口角を上げる。だいぶ前に聴いた作品なので久しぶりの視聴だったが、確かこの後の後輩ちゃんの言葉は……、



『私じゃ、ダメかな……?』



 何が、とは言わないが、その耳元で囁かれた言葉には間違いなく彼女のこれまでの想いが込められていた。そのまま言葉を続ける。



『わ、私ならお兄ちゃんのこと良く知ってるし、落ち込ませたり嫌な気持ちになんて絶対にさせない。お料理は……苦手だけど、こっ、これから頑張るし……。お出掛けだって、私と一緒ならきっと楽しい筈! だから、ね―――私に、しよ?』

「しますッ!!!!!!!!!」



 思わず先に声を上げてしまったが、正直ここで告白に応えなければ男ではないと思う。



『っ! ほ、本当!? いいの!? や、やったぁ……!! ゆ、夢じゃないよね、現実だよね!? ありがとうお兄ちゃん!! …………はっ、こ、こほん。そっ、そんなに私と付き合いたかったんですか~。やっぱり先輩と云えど、私の魅力には勝てないんですね~!』



 どうやら無事告白は上手くいったようだ。喜びの感情を取り繕うとして上手くいっていない所がとても可愛らしい。



『それじゃあ改めて。―――私のこと、ずっと幸せにしてね。お兄ちゃん♡』



 幸せに満ち溢れた声が、俺の耳を浸透していく。

 やがて動画の再生が終わり、心身ともにリラックス出来たと充実感を抱いた俺はそっとアプリを閉じた。


 高鳴る心を抑え付けながら、目元を片手で覆った俺は軽く息を吐く。



「『弧猫(こねこ)-Koneko-』さん好きぃ……」



 そう言って表情を緩ませながら再び満足気に溜息を吐こうとしたその瞬間、カシャンっ!と廊下辺りから何か硬質な物を落としたような物音が聞こえた。


 俺は勢いよく廊下の方向を見遣りながらも、閉じられた教室の扉をじっと注視する。気のせいだ、と思いたかったが、思いのほか静寂な放課後はよく音が響く。

 そして決定打は「あわ、あわわっ」という慌てたような小さな悲鳴らしき女子生徒の幼い声。


 椅子から立ち上がった俺は、恐る恐る扉へと近付いていく。

 もしかして先程の音声を聴かれたかという不安と、やらかしたという自身への後悔があったものの、とりあえず反省は後回しである。


 ふぅ、と覚悟を決めて扉の取手に手を掛けると、ゆっくりと扉をスライドさせていく。そこに居たのは―――、



「―――藍原、さん……?」

「あ……えと、その、き、奇遇だね……っ」



 視線を彷徨わせながらもしゃがんでこちらを見上げている、か細く震わせた可愛らしい声。

 なんと、廊下に居たのは藍原さんだった。彼女は困ったような笑みを浮かべているのは変わらないが、その顔は林檎のように真っ赤に染まっている。


 しかしその一方で、彼女の纏う雰囲気がどこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。



「ど、どうしてここに……?」

「あ……、その、大事なメモ帳を、机の中に仕舞いっぱなしにしてたの、忘れてて……。それで、急いで取りに戻ったら、その……」

「な、なるほどな……。ちょうど俺が音声を聴いてた場面に遭遇した、と」

「う、うん……っ!」



 顔を真っ赤にさせたままの彼女はこちらを見て何度もこくこくと頷くが、正直俺の心の中は穏やかではない。



「ち、因みにどの辺りから……?」

「え、えと……、『告白、失敗しちゃったんですよね』の辺りから、だね」

「オゥ…………」



 終わった、と思いながら俺は両目を片手で覆って天を仰ぐ。


 ということはだいぶ序盤の方から藍原さんに音声を聴かれていたのだろう。おまけに作品内の後輩ちゃんからの問い掛けに対し、テンションが上がって興奮した俺が勢いよく返事をするという今思えば虚無感満載の行為までも、だ。

 というか声真似上手いな、と思いつつも、内心慌てていたせいか絶賛情緒不安定(微)である。


 Q.今現在俺の胸の中から止め処なく溢れている、この形容しがたい複雑な感情はなんでしょう?

 A.ク ソ デ カ 羞 恥 心☆


 思わず床をのたうち回って悶絶したくなる気持ちに襲われるが、なんとか自制心を保つ。あっ、内唇ちょっと噛んだから血の味がする……っ。



「と、とりあえず教室に入ろうか……?」

「あ、う、うんっ。そうだねっ!」



 この後どうするのかは特に決めていなかったが、このまま廊下で話すのはなんだか気まずい。僅かに声を震わせながらそう促すと、彼女は何故か気分良さげに教室へと足を踏み入れる。


 俺は教室の扉をしっかりと閉め、改めて彼女の方へと振り返った。先程の反省を活かしながら声のボリュームを落として今後のことを話そうとしたが、次の瞬間、藍原さんは驚愕の言葉を口にする。



「そ、それにしても、梅野くんが男性向けシチュエーシ(・・・・・・・・・・)ョンボイスを聴いて(・・・・・・・・・・)()なんて、初めて知ったなぁ」

「…………え?」

「しかも、『弧猫(こねこ)-Koneko-』が好きだなんて……っ。え、えへへ、色々辛いこともあったけど、いま私、これまで頑張ってきて良かったって、心の底からそう思ってるよ……!」

「……ん、ちょ、ちょっと待って!? えっとごめん、正直全然理解が追い付いてないんだけど……?」

「あ、あぁ、そうだよね梅野くん……っ! 一人で納得してごめんね……!?」



 未だ頬に朱が差している藍原さんは、慌てたように手をパタパタとさせるもその表情はどこか嬉しそうに綻んでいる。


 一方の俺はというと、全く訳が分からなかった。俺はてっきり男性向けASMRバイノーラルサウンドを聴いていることが藍原さんに知られて完全に引かれるかと思っていたのだが、そんな気配も無い上に、逆にまるでその存在を知っているかのような口ぶりである。


 おまけに、先程の藍原さんの"これまで頑張ってきて良かった"という謎の発言。


 困惑しながらも戸惑いの表情を浮かべるしかない俺だったが、藍原さんは顔を真剣な表情へと変え、続けてさらに衝撃的な言葉を言い放った。



「―――あのねっ、私が『弧猫(こねこ)-Koneko-』なのっ!」

「…………へぁ?」



 彼女の言葉に俺は頭の中が真っ白になる。

 思わず変な声が洩れてしまうが、俺の推しASMR配信者を名乗る人物が目の前に急に現れたら思考が停止してもおかしくはないだろう。ステイステイ落ち着け俺。


 軽く深呼吸を行なう。よし、となんとか気を取り直した俺はこほんと一つ咳払いをした。



「あのさ、藍原さん」

「は、はい……っ!」

「流石に冗談で男心を弄ぶのはどうかと思うぞ?」

「そんなぁっ!?」



 藍原さんは俺に信じられなかったことがショックだったのか、がーんと擬音が付きそうなほど表情を歪ませて涙目になった。



「ほ、本当なのに……っ!」

「いやさ、『弧猫(こねこ)-Koneko-』さんが同い年なのはSNSのプロフィールに載ってたから知ってたけど、それが藍原さん……同じ学校に通ってて、席が隣で、実は隠れ美少女だったって、正直都合良過ぎないか?」

「え、えへへ、美少女だなんてそんな……! あ、そ、それなら、これならどうかな?」



 そう言って制服のスカートのポケットから取り出したのは自らのスマホ。素早く指で液晶画面をタッチして操作し、俺に見せてきたのは有名SNSアプリのプロフィール画面だった。



「わ、私が持ってる『弧猫(こねこ)-Koneko-』のアカウント、です……! ちゃんとプロフィール編集ボタンもありますし、フォロワーも2万人以上いますっ!」

「オゥ……」



 何故か敬語なのは気になったが、確かにそこには『弧猫(こねこ)-Koneko-』さんのプロフィール画面が映っていた。アカウントの画像はイラストでデフォルメされた猫が全身で"コ"の形になって描かれているのが特徴なので、それが彼女のアカウントなのだとすぐに分かった。


 やんわりと(たしな)める筈が、誇らしげな表情で本人でしか操作出来ない証拠を提示されてはぐうの音も出ない。



「ど、どうかな。梅野くん、信じてくれた?」

「まだだ、まだ終わらんよ……っ!!」

「あれ、意外と強情だね!?」



 戸惑い気味な彼女からツッコミが入るも、まだ最後の砦は残されている。



「ならさ、動画投稿サイト内にアーカイブは残されてないけど、『弧猫(こねこ)-Koneko-』さんは極たまにトークライブをするときがあるんだ。その最初に毎回する挨拶があるんだが……是非聞かせてくれないか?」

「え、えぇ……」



 藍原さんは困惑した様子を見せながら恥ずかしそうに声を洩らす。


 『弧猫(こねこ)-Koneko-』さんは普段男性向けASMRバイノーラルサウンド動画を投稿しているのだが、時折りチャンネル登録者数何千人突破記念や気紛れなどで深夜配信、つまりトークライブをしたりするのだ。


 因みに配信内容は日常で起こったことやコメントの返しといったフリートークである。リスナーからのコメントでシチュエーションを募集したり言って欲しいコメントを読み上げたりするので、そんな日は夜更かしをして俺も聴いていた。


 ぶっちゃけプロフィール画面を見せられた時点でもう既に決定打なのだが、まさかこんな身近に『弧猫(こねこ)-Koneko-』さんが居たなど流石に現実的ではない。

 自分でも矛盾していることを言っているのは自覚しているのだが、未だ目の前に『弧猫(こねこ)-Koneko-』さんが居るだなんて信じられなかった。



「ほ、本当に言うの……?」

「あぁ、藍原さんが本当に『弧猫(こねこ)-Koneko-』さんだったのなら言える筈だ」

「うぅ……、あ、あれ、ホントはものすごく恥ずかしいんだけど……」



 彼女は思案するように俯いて、もじもじと身体を小さく揺らす。やがて覚悟を決まったのか、上目遣いでこちらを見つめると、とある挨拶のフレーズを言い放った。



「にゃんこすにゃんこす~♡」

「あっ信じます」

「変わり身が早いよ!? で、でも信じてくれてありがとう、梅野くん……!」



 ふわり、と藍原さんは教室では見せないような満面の笑みで微笑む。手を伸ばせば触れられる距離でそんな表情を見せられた所為か、不覚にも胸がどきりと揺れ動いた。


 咄嗟に藍原さんから目を逸らして視線を彷徨わせた俺は、気を取り直すようにして慌てて口を開いた。



「で、でもどうして正体を明かしてくれたんだ? 俺が『弧猫(こねこ)-Koneko-』さん……藍原さんの声を聴いてたとしても言わなきゃばれなかったかもしれないだろうに」

「あ、朝のホームルームが始まる前……、すっ、凄く綺麗な声してるって言われて嬉しかったからっていうのもあるけど……。元々、梅野くんには私の秘密も知って欲しいって思ってたし……」

「え、なんで?」



 うぅ、と呻きながら俯いているので残念ながら彼女の表情は良く読み取れないが、耳はとても真っ赤だ。暫く言い淀んでいた藍原さんだったが、やがてぽつぽつと口を開いた。



「にゅ、入学式のとき、覚えてるかな……?」

「あ、あぁ、藍原さんが猫のキーホルダーを落としたから拾ったんだよな」

「あれね、小さい頃に病気で亡くなったお母さんがくれた大事な物だったの」

「……そうだったのか」

「ありがとう、ってすぐに言いたかったけど、私、現実では臆病で引っ込み思案だから……。碌に感謝も伝えられないまま、教室に向かう梅野くんの背中を見つめるしかなかったの」



 確かに、あの時は高校生活に馴染めるかどうかで不安と緊張ばかりだったから、彼女にキーホルダーを渡してそそくさと教室に向かった記憶がある。


 今思えば一緒に教室へ向かえば良かったのだが、今更考えても遅いだろう。



「そんな性格の自分を少しでも変えたくて、ASMRの配信を始めたんだ。色々大変だったけど、たくさんの人に声を褒められたり応援されるのは、なんだか認められた気がして嬉しかった」

「……そっか」

「そんなとき、二年生のクラス替えで梅野くんと一緒のクラスだって知ったときはすっごく嬉しかったの。あれから、学校で梅野くんを見掛けるたびに目で追ってたし……、その……」

「ん……?」



 不意に言葉を詰まらせるも、やがて彼女は顔を上げて力強い瞳でこちらをじっと見つめた。



「―――う、梅野くんのことが、ずっと好きだったから……!」

「…………!?」

「そ、それで、あの……っ。つ、付き合って下さい!!」



 まさかの唐突な告白に俺は目を見張る。勢いで言った感は否めないが、その言葉には真剣な思いが込められているのが分かる。


 俺の推しである『弧猫(こねこ)-Koneko-』さんの正体が藍原さんで、そんな彼女が一緒の高校に通っていて、席が隣で、実は俺のことが好き。これまで藍原さんと話す機会は少なかったが、そんな気持ちを抱いている事なんて、正直露程(つゆほど)にも思わなかった。


 怒涛の展開に対し戸惑いはあったものの、異性からの初めての告白は不思議と嫌な気分じゃない。寧ろ嬉しいまでもある。


 だからこそ、真摯に言葉を選んで返事を返さなければいけないだろう。



「俺、『弧猫(こねこ)-Koneko-』さんは好きだけど、正直藍原さんの事は何も知らない」

「……うん」

「でも、これからどんどん藍原さん自身も好きになっていけたらって、思う……! そのっ、こちらこそ、よろしくお願いします」

「ほ、本当?」

「うん」

「夢じゃない?」

「うん、現実」

「よ、良かったぁぁぁ……っ」



 ほっ、と心の底から安堵したように笑みを浮かべる藍原さん。そんな彼女の様子を見ていたら、いつの間にか強張っていた身体の緊張がほぐれた。


 きっと、この湧き上がる暖かな気持ちは『弧猫(こねこ)-Koneko-』さんではない、藍原さん自身に向けられたものなのだろう。ちゃんと会話して間もないが、不思議とそんな確信があった。


 ―――そうして俺たちは晴れて恋人同士となった。俺と藍原さんが二人きりで放課後に出会ったのは、完全に偶然という他ないが、この出会いに感謝しつつ彼女の笑顔をこれからも大切にしていきたい、と強く思った。






如何でしたでしょうか?

もし面白かったと思って頂ければ、ブクマ登録、高評価、感想などお待ちしております!!(/・ω・)/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ