第8話 学校祭にて③
星達が教室から出て行った後。
「くそっ!なんなんだよ、あいつ!あんな事言いやがって!自分だけ楽しそうにしやがって!」
そう口にしたのは、綾瀬翼と西野圭、そして小鳥遊沙織に自分を紹介してほしいと頼んだ堺だ。
「・・・いや、俺もちらっと見てたけど、あれは完全にお前が悪い」
堺の愚痴を聞いていた坂上亮太が、星を擁護する発言をする。
「いや、だってよぉ・・・」
「あのなぁ・・・俺ですら、あまり話した事の無い奴を自分の友達に紹介なんてしたくねえよ。紹介する意味もわからねえし」
「いや、まあ・・・そうかもしれないけどさ・・・でもよぉ・・・」
「じゃあ例えば、お前に誰もが羨むような女の子の友達がいたとして、話した事もない奴がその子を紹介して欲しいって言ったら、お前は喜んで紹介してあげるのか?」
「・・・・・」
坂上にそう聞かれてしまうと、さすがに堺は何も言えなくなってしまった。
確かに自分に当てはめてみると絶対に紹介しない、もしくは紹介したくもないだろうと思ってしまったからだ。
それに気づいた堺は、少しだけ星に対して申し訳ない気持ちが湧き上がってきた。
「・・・反省してるなら、一言だけでも謝っておけよ?」
「あ、ああ、わかったよ・・・」
「ただ、まあ・・・お前を含め、クラスの連中が星と仲良くなる事は・・・もう難しいだろうな。今まで以上にクラスメイトに心を閉ざすだろうし・・・」
「はっ?なんでだよ?」
坂上は、星が出来るだけクラスの連中と仲良く出来るようにしたいと考えていた。
しかし今回の一件で、星はさらに付き合いを避ける事は間違いないと感じている。
星との付き合いのない堺には、それがどうしてなのかわからない。
「俺も今日初めて知って驚いたけど、星はあんな有名なモデルと知り合いだったんだな。皆がそれを知ったという事を踏まえ、今回のお前の件もあり、これから星に近づこうとする奴に対しては、自分と仲良くなれば彼女達と仲良くなる事が出来ると考えて近づいてきた、と星は思うだろうからな」
「・・・いや、確かにそうかもしれないけどよ・・・でも、あいつに近づく人、全員がそんな奴ばかりとは限らないだろう?」
これ以降の星は、自分に興味があるのではなく、彼女達と親しくなりたいがために近づいてくるのだ、としか思わなくなるだろうと坂上は思った。
それに対して堺は、全てを一緒くたにして考えるのはおかしいと告げる。
「もちろんその通りだ。だけど、それこそお前は知らないだろうけど、あいつは元々そんなに他人を信用してないんだよ。だからクラスでもあまり馴染もうとしていない。そんな星が、今まで近づいてこなかった奴が近づいてくれば、そう思わないわけがないだろう?・・・まあ、今まではまだしも、これからのあいつの気持ちは、なんとなくわからなくもないけどな」
「・・・・・」
「彼女達の件を別として、今回あいつの料理の腕を見た事で星の良さがわかって、純粋にあいつと仲良くなりたいと思っていた奴も男女共にいたみたいだけど、そいつらも同じ部類として見られる事は間違いないな。まあ、さすがにそういう奴らには俺も出来るだけフォローしてやろうとは思うけどさ」
「・・・それは、俺のせいだな」
「・・・これに関しては、お前が全て悪いわけじゃないさ。そりゃ、お前に原因がないとは言わないが、どちらかというと星自身の気持ちの問題だろうからな」
「・・・・・」
今回の件の一端を担った堺が悪くないわけがない。
だからといって、星のこれから取るだろう対応の全てまで、堺が悪いというわけでもない。
それよりも、星が自分に寄って来る者を、見極めようとすらしない事の方が問題あるだろうと坂上は思う。
星と同じ中学だったわけではないが、ある事から彼の過去を知っている坂上は、それも仕方の無い事だろうとは思いつつも、やはりどうにかしてやりたい気持ちが強い。
それに星を否定するわけじゃないが、折角仲良くなれるチャンスを自ら潰す必要などない。
しかし星は、話した事のない者が近づけば間違い無く拒絶するだろう。
いくら何とかしてやりたくても、さすがに坂上が頑張った所で星に受け入れる気がなければどうしようもない。
坂上はそう考えながら、やるせない気持ちで一杯になっていた。
「というか、あんなに楽しそうな星は初めて見たな・・・」
「はっ?いや・・・いつもの無表情とそっけない態度は何も変わってないだろ?」
「いや、まあ大きくは変わってないかもしれないけど、いつもよりも表情や態度が柔らかく明らかに楽しそうな雰囲気を出してたよ」
「そうかぁ?」
「はあ・・・そりゃ、お前にはわからねえよ」
「・・・?」
坂上は学校で見せる星の様子とは全く違う事に気が付いていた。
しかしそれは、今まで星と接してきた自分だけが気がつける事であり、堺や他のクラスメイトは気がつける事ではないと思った。
坂上はクラスメイトが星の変化に気がつけない事、そして自分には決して見せない星の姿に少しだけ寂しさを感じるのであった。
・・・・・
「ねえ、次はここ見よう!」
学祭の案内パンフレットを見ながら、綾瀬さんが俺の手を引いて進んでいく。
さっき小鳥遊さんが、俺にエスコートを頼むと言っていたけど、俺も全部を把握しているわけではないので、結局パンフレットを見ながら、各々が見たい場所へ行く事にした。
その際、行きたい場所を言った人が、俺を引っ張って行くという事になった。
そこに俺の意見など、介入の余地はない。
もちろん言いましたよ!
行くのはいいけど、なんで僕を引っ張って行く必要があるんですか!?
引っ張らなくても、ちゃんと付いて行きますよ!と・・・
そう言った瞬間3人は俺の顔を見て、これでもかというくらいの笑顔でニコッとした後、ガン無視されました。
とまあ、そんなやり取りもあり、今は綾瀬さんの行きたい場所へ行く為に、彼女に引っ張られている状態である。
その後ろを、西野さんと小鳥遊さんが付いて来ている。
「ちょっと、綾瀬さん!皆見てますから、手を離してください!」
俺がそういうと、俺の手を引きながら少し前を歩いていた綾瀬さんが立ち止まり、手を握ったままくるっとこちらを振り向いた。
「そうそう、ずっと気になってたんだけど・・・綾瀬って呼ぶの止めない?」
「え??」
俺は彼女の言っている意味が全く理解出来なかった。
一瞬、俺ごときに名前を呼ばれたくない、と言われているのかと思ってしまった。
それが顔に出てしまったのか、綾瀬さんは空いている方の手を振りながら弁解し始めた。
「ああ、違う、違うよ。星君に名前を呼ばれたくないんじゃなくて、逆だよ。呼んで欲しいんだけど、苗字じゃなくて下の名前で呼んでよって事」
「あ、ああ、そういう事ですか・・・」
俺はホッとして、安堵の表情を浮かべた。
「そうそう。それ、私も気になってたんだよね~」
綾瀬さんの言葉に、うんうんと頷きながら西野さんが俺の隣、綾瀬さんとは反対側に並んだ。
「いや、でも・・・馴れ馴れしいじゃないですか・・・」
「あのねえ、私達の事を苗字で呼ぶ人なんて、星君くらいだよ」
「そうだよぉ。私達の職業柄、ほとんど名前でしか呼ばれないからねぇ。だから特に、親しい人から苗字で呼ばれる方がかえって違和感があるんだよねぇ」
まあ、そう言われてみればそうなのかもしれないと思った。
俺は元々、彼女達を“花鳥風月”の大事な常連客として見ていたため、実際にモデルかどうかは半信半疑であり、正直言えばどうでもよかった。
けれど彼女達は堺が言っていた様に、誰もが知っているモデルだったらしい。
それならば、確かに名字だけで呼ばれる事は少ないだろう。
俺も女性芸能人の名前を出す時は、フルネームか下の名前だもんな。
というか今までは店員とお客様という間柄だったけど、西野さんに親しい人と言ってもらえた事が本当に嬉しく感じる。
「そうですか、わかりました。じゃあこれからは、翼さん、圭さんと呼ばせてもらいますよ」
俺は2人に名前で呼んで欲しいと言われたので、きちんと名前で呼んだのだが綾瀬さんが渋い顔をしていた。
「・・・いいんだけど、なんか・・・なんかだよね」
「星ちゃん?固い、固いよぉ!星ちゃんなら、別に私たちに敬語を使わなくてもいいし、“さん”もいらないよぉ?」
「そう!それよ、それ!お店で他に客がいる場合は別としても、普段は私達に対して気を遣う必要はないんだよ」
「そうだよぉ、星ちゃん!」
確かに気を使いすぎていたのかもしれない。
でも、それも仕方の無い事だろう。
何せ彼女達は大切な常連客である上、自分よりも年上の女性である。
そんな彼女達に、いきなり下の名前を呼び捨てにした上、タメ口で話すなんて事が出来るわけがない。
相手が男なら、また違ったのかもしれないが。
しかし彼女達がそれで構わないというのであれば、それ以上気を使う必要もないだろう。
あまり意固地になると、かえって失礼にあたるし。
「わかりました・・・いや、わかったよ。これからは翼と圭って呼ばせてもらうよ」
「「――!!」」
俺がそういった瞬間に、2人が驚きの表情を浮かべた。
それを見て、やっぱり俺なんかに呼び捨てで呼ばれる事が嫌だったんだな、と考えてしまった。
・・・が、どうやら違うらしい。
「や、やばいよ圭ちゃん!年下の男の子に呼び捨てで呼ばれるとか・・・なんかくるんだけど!私、変な境地に目覚めそう!」
「ああ、星ちゃんが初めて私の名前を呼んでくれた!今日は星ちゃんと私の初めてづくしだよぉ。今日は私と星ちゃんの初めて記念日とします!」
綾瀬さん・・・いや、翼は俺の手を握りながらも身もだえ始め、西野さん・・・圭は俺のもう片方の手を両手で包み込むように握り締めながら、上目遣いに見つめてきた。
だから圭、それは違う意味に聞こえるから止めてほしい・・・
「とりあえず2人共、恥かしいから落ち着いて!そして、手を離して!」
立ち止まりながら話しているので、人の邪魔にならないように端に避けているとはいえ、俺達のやり取りは周りから「なんだ、なんだ?」と注目を浴び始めていた。
その事に気づいた俺はさすがに恥かしくなり、しかも2人とも俺の手を握り締めているものだから、その恥かしさも倍増である。
とりあえず、いい加減に手を離して欲しいと思って言ってはみたものの、2人が素直に俺の言う事を聞くわけはなかった。
「目的の場所に着くまで、星くんをエスコートする約束だから、それは無理!」
え?いつの間に、俺がエスコートされる事になってるの?
「今日は私と星ちゃんの始めて記念日だから、それは無理だよぉ!」
もう何の記念日か知らないけど、それは圭が勝手に決めた事だよね!?
と、俺が心の中で突っ込みを入れていると・・・
「ちょっと、翼さんと圭さん!」
それまで会話に入れなかった小鳥遊さんが、どうやら助け舟を出してくれるようだ。
・・・と、そう考えていた時代が俺にもありました。
「2人して、ずるいんじゃないかな!?私も星くんに名前で呼ばれたいし、手を握りたいんですけど!!」
助け舟じゃなくて、完全な泥舟でした。
そんな小鳥遊さんも参戦しようと前に進んだ、その時だった・・・