第4話 花鳥風月のバイト仲間達
翌日、俺は登校して教室に入ると、挨拶をしてくる数人のクラスメイトに挨拶を返しながら自分の席につく。
そして、俺は小説を取り出して読み始める。
俺はいつものスタンスを崩さない。
とはいえ前にも言ったが、俺は他人に興味がないだけでクラスメイトと特別仲が悪いわけでもない。
だから挨拶されれば、挨拶くらいは返す。
自分から積極的に関わろうとしないだけだ。
そんな俺に対して・・・
「よう、おはようさん。相変わらず小説とにらめっこか?」
と、俺に話しかけてくるのは、例によって坂上亮太だ。
「ああ、おはよう。小説が好きだから、いいんだよ」
「いや、別に悪いとは言ってないけどな」
俺が小説を読んでて悪いか?というニュアンスで言うと、坂上は笑いながらそれを否定した。
それからも、ずっと話しかけてくる坂上の相手をしていると、教室の入り口から「おはよう」と言う声が聞こえ、杉並美鈴が入ってきた。
俺は一瞬、杉並の方を睨むような目で見てしまう。
普段クラスメイトに反応しない俺が反応したことで、それに気づいた坂上が俺の視線の先を確認する。
「ん?なんだ、杉並じゃないか。どうしたんだ?お前も杉並に興味が出てきたのか?」
俺の目を見て、どうしたらそんな結論が出てくるのかわからない。
俺が肩を落としていると、坂上が余計な事を言い始めた。
「なんだったら、俺が呼んできてやろうか?」
ふざけんな!と叫びそうになるところを、無理矢理押し込める。
「勘弁してくれよ」
話したくもなければ、関わりたいとすら思わない相手を、ここに連れてこられても迷惑なだけである。
しかし、坂上は俺の言葉を照れているとでも捉えたのか、さらに予期せぬ事を言う。
「遠慮すんなって。少しでも話をして、印象付けておけよ」
「マジでやめてくれ!むしろ、あいつを俺に近づけるな!」
俺が低くドスの利いた声で坂上に訴えかける。
坂上はさすがにその俺の声を聞いて驚いたようで、それ以上からかったり杉並を無理に連れてこようとしたりする事はなかった。
しかし、逆に俺の言葉で気になる事が出来てしまったようだ。
「・・・お前が杉並の事をあいつって呼ぶほど、お前との間に何かあったのか?」
「・・・・・」
坂上に問われ、俺は一瞬押し黙る。
そして、少しだけ考えて・・・
「別に大した事じゃないし、人に話すような事でも無い」
「・・・??」
とだけ言っておいた。
別に俺は、あの時の事をペラペラと話すつもりはなかった。
人の陰口なんて叩く趣味はないし、俺個人の感情の問題なのだから。
今の俺にとっては最も重要な事であり、俺の大好きな・・・一番大事な物を貶されたという事実は俺にとって決して許せる事ではない。
それを話したところで、人によっては「何だその程度の事か」と思われるだろう。
もちろん理解してもらおうとも思わない。
どちらにしろ、俺が個人的に頭にきているだけなんだから。
とはいえ綾瀬さんには話してしまったが、彼女の場合は言わないと後でどうなるか、考えるだけで色んな意味で恐ろしい。
というか、そもそもの話。
俺は学校の連中を誰1人として信用してもいないし、心を開いてもいない。
逆にバイト先で出会った人達は、それなりに信用している部分がある。
その違いも大きい。
なんにせよ、俺に起こった出来事を坂上に言う必要はない。
そう思いながら、彼女と直接何かあったわけでもないし・・・と、ボソッと坂上には聞こえないように呟くだけに留めておいた。
「とにかく、俺は杉並に全く興味がないから、頼むから俺と近づけようとはしないでくれ」
「あ、ああ、わかったよ」
俺が強めに言った事で、坂上は気圧されながら頷いた。
そこに、自分の席へ向う途中で近くまで来ていた杉並が、ショックを受けたような顔で俺を見ていた。
そんなに大きな声で言ったわけではないが、どうやらちょうど聞こえる場所にいたらしい。
俺はそんな杉並など、そ知らぬ顔でそっぽを向いた。
正直、彼女にどう思われようがどうでもいい。
許せないとは言ったが、杉並と結城に危害を加えたり思い知らせたりなんてことをするつもりはない。
ただ単に、二度と関わり合いたくないだけなのである。
・・・・・
放課後になり、今日もバイトの為に“花鳥風月”へとやってきた。
「おはようございます」
「星君、おはようございます」
「あ、セイちゃん!おはよう~!」
店の扉を開けて挨拶した俺に、昼勤である主婦の望月雪絵とフリーターの水島花音が挨拶を返してくる。
今日は二人とも出勤だったようだ。
望月さんは主婦なだけあって包容力を感じる雰囲気を持ち、優しい笑顔が魅力的な女性だ。
ただし何かにつけて、「主人に出会う前に星君と出会っていれば・・・」と口癖のように冗談を言って、俺をからかってくる。
水島さんは、髪はショートカットで明るく元気一杯な女性である。
彼女も事あるごとに、俺を構ってくる事が多い。
なぜかこの店で出会う女性は、俺をからかってくる人ばかりな気がする・・・
まあ、それはそれとして・・・
俺に対する名前の呼び方に関して、俺が名前を教えると大体の人が勝手に下の名前で呼ぶ。
そして水島さんに限っては、みんなと同じ呼び方だとつまんないと言って、キラではなく星の音読みであるセイと呼び出した。
しかもなぜか、ちゃん付けで・・・
話が逸れたが、昼勤である彼女達とは入れ替えで俺がホールに入る事になる。
俺は制服に着替える為に、更衣室へと向う。
そんなに大きな喫茶店では無いため、更衣室は共同である。
確か今日は、もう一人の遅番も出勤なはず。
と、ここでお約束を期待している人には悪いが、それはありえない・・・
ありえない事なのだ・・・
更衣室の前に立つとコンコンとノックをして、返事が無いためドアノブを回す。
もう一人はまだ来ていなかったようだ。
別にそれがお約束はありえないと言った事では無く、ドアには鍵があるため中に入った人は必ず鍵を閉めるからなのだ。
もし先に誰かがいた場合には、鍵がかかっていて開く事がないのである。
だからハプニングなどは一度も起こった事がない。
決して残念だなんて思わない。
ああ、思わないとも!
と、一人わけのわからない事を考えながら、上半身の学生服など全部脱ぎ、ズボンも半分下ろした所で・・・
タッタッタッ!ガチャッ!
え?
「あっ!」
「きゃあああああああ!!いやあああああ!!(俺の悲鳴)」
もう一人の遅番である、大学生の小鳥遊沙織が走ってきてノックもせずに入ってきた。
いや、俺が余計な事を考えていて、鍵を掛け忘れてしまったのが悪い。
あまりに唐突な事に、(嘘)泣きながら悲鳴を上げる俺。
なんというか、逆お約束をさらしてしまった。
「ちょっと、それ逆!私が悲鳴を上げる方でしょ!?」
「え?いや、そりゃあ着替えを覗かれたら、悲鳴を上げて泣くのがお約束でしょう?」
「なんのお約束!?っていうか、それは女の子の場合に限ってだよ!」
「いや、まあ何でもいいですけど、とりあえず早く閉めてくれません?」
着替えを覗かれたら悲鳴を上げる。
これ常識。
それはいいとして、いつまで経っても閉めてくれない小鳥遊さんに、早く閉めてほしいと催促をする。
「あ、ごめん。すぐ閉めるから」
バタン!
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「って、ちょうぉい!!」
「何?」
「何?じゃなくて、むしろこっちが、何この状況!?ですよ!!」
「え?何が?」
お気づきだろうか・・・
何故か会話が出来ているという、この現状がどういう状況なのか・・・
という事に・・・
俺が着替えをしているのだから、普通なら彼女は外に出て扉を閉めるはず。
しかし彼女は、更衣室に入ったままの状態で扉を閉めたのだ。
しかも彼女は、この状況を何も不思議に思っていない事が不思議である。
「いや、何がじゃなくて・・・俺が着替えているんだから、小鳥遊さんは更衣室から出てくださいよ」
「ええ!?だって、もう時間ないじゃない。星くんの着替えを待っていたら、私が遅れちゃうよ」
「はあ・・・もう勝手にしてください!その代わり、襲わないでくださいよ!?」
そう、俺の貞操の危機である。
なぜなら俺は半裸というか、パンツ以外はほぼ全裸だからだ。
「だから、それは私が言うべきセリフでしょ!?」
「いや、半裸の俺を目の前にして普通に入ってくるとか・・・襲われるのは、完全に俺ですよね?」
「もう!おかしいでしょ!普通、全部逆じゃん!私が着替えをしている所に星くんが入ってきて、私が悲鳴をあげて、私が襲わないでって言うはずでしょう!?」
「最初のは不可抗力としても、部屋の中に入ってきたのは小鳥遊さん自身でしょうに・・・もう、俺もさっさと着替えますから、小鳥遊さんも早く着替えちゃって下さいよ」
俺はこれ以上気にしていても仕方ないし、話していても着替えが進まないので、とっとと着替え始める。
小鳥遊さんも「ちぇ~」とか言いながら、自分のロッカーを開けていた。
ちなみに制服は、自前の白ワイシャツと黒ズボン、あとはマスターが用意してくれた黒のベストと黒のタイ、黒のエプロンである。
クリーニングはマスターのご厚意で、店で纏めて出すことが出来るようにしてくれている。
小鳥遊さんは何だかんだ言いながら、制服に着替える為に俺の横で普通に服を脱いでいく。
というか実際、俺は男として見られていないのだろうか?
俺も平静を装っているが、健全な男子高校生なのだ。
隣で服を脱いで、下着姿になっている女性が気にならないわけがない。
なので自分も着替えながら、もちろん小鳥遊さんを凝視する。
これ、男子高校生として当たり前!
・・・うぬ。
出る所は出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる。
ナイスぼでーです!
いい目の保養です!
・・・って!
「ちょっと、小鳥遊さん・・・下着は黒っすか!?何、アダルティ気取ってるんですか!?」
「ちょっとぉ!気取ってるって、それどういう事!?私は大人の女性ですけどぉ!?」
「俺と2つしか違わないでしょ・・・っていうか、小鳥遊さんならピンクとかのほうが、絶対似合うと思うのに・・・」
「・・・え?」
俺の心の声がだだ漏れしてしまったのを聞いた小鳥遊さんが、若干照れているような表情をしながら俺の方を見てフリーズする。
「ちょ、ちょっと、な、な、何言ってるのよ!」
我に返った小鳥遊さんが抗議してくる。
「あ、俺声に出してました?」
「出してた所じゃないわよ!もう、漏れ漏れよ!」
いかん、無意識だった。
気をつけなければ・・・
っていうか漏れ漏れって、なんか卑猥に聞こえるから止めて欲しい・・・
「小鳥遊さんの下着は俺が着替えさせるんだ、とまで言っていたわよ!」
「ちょっと、それ!絶対に嘘ですよね!?」
幾ら無意識だったとしても、さすがにそれは言うはずがない。
なぜなら、さすがにそこまで考えていなかったからだ。
「え?私の脳内変換では、そう言ってたけど?」
「変換って言ってるじゃないですか!!」
「まあ、それは置いといて・・・女たらしの星くん?」
「あまり捨て置けない事なんですが・・・ていうか、人聞きの悪い事を言わないでください!」
めちゃくちゃな事を言い続ける小鳥遊さんに、いくら抗議しても無駄である。
俺の言う事を無視して話を続ける。
「私はそんなに、黒の下着・・・似合わないかなぁ・・・?」
目をウルウルさせて上目づかいに俺を見ながら、もっとちゃんとよく見てと両手を広げている。
「いや、似合ってはいますよ・・・ていうか、俺も男ですよ!?もっと恥じらいを持ってですね・・・」
「似合ってるんだ?よかったぁ」
やはり俺の抗議に関しては無視して、自分に都合のいい所だけを聞く小鳥遊さんは、ニコニコしながら着替え始めていた。
着替えが終わり店内に戻ると、望月さんが話しかけてくる。
「さっき悲鳴が聞こえた気がしたんだけど、まさか星くん・・・沙織ちゃんに手を出した訳じゃないでしょうね?」
まあ、普通男女間で悲鳴が上がったら、そう考えますよね~。
俺も悲鳴上げるのに裏声使ったし。
「人聞き悪い事を言わないでくださいよ・・・どっちかというと、俺がお婿にいけなくなる事をされたんですよ・・・シクシク」
「え?」
「はっ?」
「ちょ、ちょっと星くん!?」
俺・風見星が衝撃の事実を告げて泣き真似をした事で、望月雪絵さんと水島花音さんが驚き、小鳥遊沙織さんが抗議の声を上げる。
「どういう事?まさか沙織ちゃんが星くんの貞操を・・・しかもこの短時間で・・・」
「ちょっと、さおりん!抜け駆けは良く無いんじゃないかな!?」
やばい・・・
俺が余計な事を言ったせいで、よからぬ方向へ向っている。
まあでも、いつも俺がいじられているんだから、たまには小鳥遊さんにも仕返しをしないと。
っていうか、水島さん・・・
抜け駆けってなんだよ・・・
「ち、違うのよ!星くん、適当な事言わないでよ!」
「いや、だって・・・(パンツは履いていたけど)生まれたままの姿を見られちゃいましたし・・・」
「「――!!」」
否定する小鳥遊さんを尻目に、俺はさらに爆弾を投下してみる。
・・・爆弾になるかどうかはわからないけど。
ただ意外と効果があったのか、望月さんと水島さんは絶句して固まってしまった。
「それを言ったら、君だって私のほぼ生まれたままの姿を見たじゃない!しかも、私の下着を脱がせたいとか!」
「んな!」
もうめちゃくちゃだよ、この人・・・
俺をどうしたいんだ!?
「星くん・・・それはちょっと聞き捨てならないわね・・・それと沙織ちゃん?後でちょっと裏で話が・・・」
「そうだよセイちゃん!そういう事は私としないとだよ!!・・・それと、私もさおりんには後で裏で話が・・・」
「2人とも誤解ですって!・・って水島さん、何をするって言うんですか!?・・・いや、それよりも、小鳥遊さん!貴方の脳内変換を事実のように言うの止めて!しかもさっきと違うし!!」
「わ、私は関係ないですよ!そ、それにほら、この後は仕事で忙しいから」
この空間は完全に混沌と化していた。
俺は小鳥遊さんのとばっちりを受けつつも、何とか誤解を解こうと必死に訴えかける。
そして小鳥遊さんは、望月さんと水島さんから体育館裏・・・もとい店の裏への呼び出しが決定したようだ。
きっと、ボコボコにされるのであろう。
自業自得である。
と冗談はさておき、その後の交代時間が過ぎても、しばらくは色々なやり取りが行われたが、何とか誤解は解けたと思う・・・
まだバイトは始まって無いのに、非常に疲れた気がする・・・
そんなやり取りをしている中で、マスターは暖かい目で見守ってくれているのである。
お読みいただきありがとうございます。
作者の特に意味のないこだわりとして、“花鳥風月”のメンバーには名前に一文字ずつ入っております。