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12 どこでこんな匂いをつけてきたのよ?!

 その日、俺は朝から張り切っていた。その理由は、昨晩見つけたネット記事にある。


 昨日は、ルゥの食事を準備し、部屋の掃除が一通り終わった後、一息ついて、リビングでスマホをいじっていた。最近少し日課になっている「ネコ」関連での検索。これをやっておくと、篠田さんと話題が合いやすい、、とか、そういう下心が最初はあったが、検索していると段々癖になってきて、日課のように無意識につい検索していた。そこに出てきたのが、今回の記事。


「ネコは液体でありえるのか?」


 そう、イグ・ノーベル賞の記事だ。ネコはもちろん固体だ。まぎれもない事実だ。しかし、ネコが小さな隙間や箱に入る柔軟性は、液体なのではないか?!ということを「実証」したという内容だった。ネコの写真、写真、写真。まさしく証明されたといっても過言ではないと思う。思うが!!

 高校生の夏休みとしては、実証せねばならない。実験があるということは、追試を行わなければならない!!のだ!!誰がなんと言おうとも!!


「__ということで、母さん、協力してほしい。」

「・・・またアホなことを考えるね。」


 母さんは『まぁ好きだけどね』と言いながら嬉しそうに協力してくれた。お願いしたのは、実験に必要な道具だ。母さんが用意してくれたのは4つ。

 ①使わなくなった鉄鍋。

 ②小さめの植木鉢。

 ③ティッシュペーパーの空き箱。

 ④父さんの部屋にあった用途不明の木箱。

ちなみに、用途不明の木箱を見て、母さんは『これが終わったら処分』と父さんに宣告していた。


 俺は用意した4つのリビングのテーブルに並べた。父さんも背景として座っている。ある意味シュールだ。さて実験開始!おら、ワクワクすっぞ!ほぼ最後の『ワクワクさん』世代としても成功させねばならない。


「なぁ、ルゥ。好きなものに入ってみて。」

「・・・」


 ルゥをリビングに連れてくると、何をやらせたいのやら・・・と少し呆れ気味だった。しかしテーブルに並べられた4つを見ると、本能がうずくのか、周りをソワソワと歩き出した。


「えっと、入ればいいの?」

「お好きにどうぞ?」


 まずは鉄鍋へ前足を入れた。しかし、入れた瞬間に鍋がガランと動き、ルゥはビクッと体を引いた。揺れる鍋をツンツンしていたが、飽きて次に向かった。次は、ティッシュペーパーの空き箱。上の部分を切り取っている。ルゥがするりと入ると、まるでお風呂に入ったように見えた。『悪くないわね』『まぁまぁね』そんな感じの雰囲気。箱評論家ですか?

 次に、父さんの部屋にあった箱。そもそも何に使っていたのやら・・・ルゥも箱をスンスンと匂いを嗅いで、ぷいっとそっぽを向いた。父さんの悲しそうな顔・・・ルゥに悲しんでいるのか、それとも、この後の箱の運命に悲しんでいるのか・・・

 最後に選んだのは植木鉢。大きさ的にはちょうどルゥが収まるかどうか。丸い浅めの植木鉢、もちろん洗ってあるので、匂いは少ないと思う。ルゥはピョンと植木鉢に入ると、くるりと体を丸めて、ジャストフィットで収まった。


 おぉー!まさしく!まさしく!流体だ!


 実験は証明されたぞ!そうそう写真、写真。

 スマホで写真を撮ろうとすると、ルゥが植木鉢からぴょこんと頭を出した。まるで、植木鉢からネコの花でも咲いたようだ。写真は篠田さんに送っておこう。


「なかなかいい具合ですよ? 落ち着きます。」


とはルゥの談。このまま植木鉢は、ルゥの遊び場になりそうだ。


・・・


ピコん!

『ルゥちゃん、カワイイね!』


篠田さんから早速返事が来た。やっぱり送って良かった。


『こんど家に遊びに来て!』

『ルゥちゃんだけじゃなくて、うちのカワイイ大豆くんに会って!!』

 

 篠田さんからだった。前回はルゥちゃんに会って遊んだので、今度はうちのコに会いに来いないと不公平だ。だそうなのだが、何が公平なのかは分からない。分からないのだが・・・


 篠田さんちに、篠田さんちに、遊びに行ける!!

 ルゥは、植木鉢から、俺がくねくねする姿を眺めていた。


◇◇◇◇◇


「こ、こんにちわ・・・」


 篠田さんの家に着くと、篠田さんとグレーのネコがお出迎えしてくれた。

「このコが大豆くんでぇ~す!!」

篠田さんは、大豆と呼ばれたネコの脇を両手で抱えて、俺に見せてくれた。大豆くんは、篠田さんに持たれると、びよぉ~んと伸びた。けっこう、伸びるのね、大豆くん。

『ほら、ご挨拶して?』という声に反応したかは分からないが、大豆くんは『にゅあ』と俺にひと撫で声をかけてくれた。


「ん~~!だいずく~ん!かしこ~い?」

 篠田さんは自分の頬をすりすりしていた。どちらがネコか分からないぐらい。というか俺、忘れられてる?!


「あっ、松本君、あがって、あがって!」

「お、おじゃまします・・・」


 よかった・・・忘れられてなかった。大豆くんにも『にゃー』と促され、そのままリビングに通された。リビングにはキャットタワーあり、爪とぎあり、水飲み用の器械のようなものあり、『ネコ飼ってます!』を存分にアピールする部屋になっていた。

 篠田さんはリビングに到着すると、近くにあったペンギンのぬいぐるみをポイっ部屋の奥に投げた。大豆くんは、投げられたぬいぐるみを追いかけ追いつくと、少し匂いを嗅ぎ、前足でくりくりっと突っつき、段々と強くなってくると、一気に噛みつき、こねくり回し始めた。


「大豆は、これがお気に入りだもんねぇ~。」

 篠田さんは、ぬいぐるみと戯れる大豆くんに見入っていた。その間、リビングの奥にいた篠田さんのお母さんにご挨拶。ドキドキ。


「はじめまして、篠田さんのクラスメートの松本と言います。」

「あぁ、ルゥちゃんの飼い主さん?」

 えっーと、ルゥが先に来るんですね、まぁ俺はルゥの(しもべ)みたいなもんですが・・・


「最近、結衣ったらルゥちゃんの話ばかりするのよ?ぜひ一度連れてきてね?」

「あっ、はい。」

 そうか、篠田さんとは、ルゥと大豆くんの話しかしてないからなぁ。まぁそうなるよね。あ、そうだ、篠田さんは大豆くんと遊んでいるので聞いてみよう。


「ところで一つ伺いたいのですが・・・」

「はい、何でしょうか?」

「なんで名前が『大豆』なのでしょうか?」

「あー、もう当たり前になりすぎてたけど__」


 お母さんが言うには、大豆くんをお迎えした時に、大豆みたいにコロコロ転がっていたんだそうだ。大豆みたいだね、と家族で言ってるうちに、『大豆』が定着しちゃったんだそうだ。


「えー、二人で何話してるの?」

 篠田さんが大豆くんと遊びながら声をかけてきた。

「大豆の名前の由来を話してたのよ?」

「あれっ?松本君に言ってなかったっけ?」

 篠田さんはこっちを向きつつ、大豆くんを見ずに猫じゃらしをぴょこぴょこと左右に振っていた。大豆くんはそれに合わせて右に左に飛び跳ねている。篠田さんの手のひらで遊ばれてるみたい。


「大豆って、豆しばみたいな感じでカワイイ名前でしょ?」

「そうだね、うん、カワイイ名前」

 そういわれると、大豆くんは『大豆』にしか見えなくなってきた。普通の名前だ。うん。でもルゥだったらどうなるだろう。元々ルイーズって名前で、本人が『ルゥ』と呼べと言ったから、そうなったけど。


 大豆くんが『みゃ~~!!』と大きく啼いた。

「大豆?あぁごめんね、話してないでもっと遊んでほしいの?しょうがないわね、ちょっと待ってね。」

 篠田さんは全くしょうがなくない顔をして、止まっていた猫じゃらしをまた動かし始めた。篠田さんが『それー!』と振る度に、大豆くんは飛びついた。


「篠田さんってスゴいね。ネコの気持ちが分かるみたいだ。」

 素直にそう思った。人語で話してくれるルゥですらよく分からないのに、全く話せないネコの気持ちって分からない。篠田さんは大豆くんの一挙手一行動や啼き声で何をやってほしいのか手に取るように分かるみたいだ。長く一緒に暮らしているとそうなるのかもしれない。そう思った。でも篠田さんから返ってきたのは意外な答えだった。


「ネコの気持ちなんて分からないよ?」

『全く』という言葉を篠田さんは付け加えた。でもさっきから大豆くんの要求に的確に応えているような・・・そう思っていると、篠田さんが続けて話してくれた。


「ネコの気持ちが分かるなんて、驕ってはいけないと思うんだ・・・大豆はね、一緒に過ごす時間があったから、少しは分かるけど、それでも本当にどう思っているかは分からないよ?結局は別の生き物だもの。」

「そんなものなの?」

「そんなものだよ」

 篠田さんは『ねぇ~、大豆くん?』と話しかけると『にゃあ』と答えた。


「でもね、寄り添うのが大事なのかな?今こういう気持ちなのかな?どう感じてるのかな?って。」

『でも大豆が大好きだってのは伝わってるよねぇ~』そういうと、篠田さんは大豆くんを抱き寄せて、すりすりと頬ずりをした。大豆くんもまんざらでない様子だ。きっと二人は心から寄り添ってるんだろう。


 そのあと、夕方まで大豆くんと遊んだ。帰り際、お母さんに『また来てね』と言われ、篠田さんには『また今度』と声をかけられた。大豆くんと少し遊んだおかげで、帰りの玄関で足にすり寄ってきてくれた。少しは気に入ってくれたかな?いや、大豆くんの気持ちは分からないや。


◇◇◇◇◇


「・・・ゆうとさん?こんな時間までどこに行っていらしたのかしら?」

「いやー、ちょっと遊びに・・・」


 帰ってくると、ルゥが玄関に座っていた。ピンと立った三角の耳が、角らしき幻影に見える・・・ルゥさん、種族変更しましたか?


「どこに?」

「あっ、いやー」

「隠してもすぐに分かるんですから!!」

 ん?別にやましいことはしてないんだから、隠さなくても・・・いいのか?そう思っていると、ルゥは俺の臭いを探すように、鼻をクンクンと立ててきた。


「なんですの?!!この臭いは!!別の(ネコ)の臭いをつけて帰ってくるなんて!!!」

 あぁそっちですか。匂いますか?そんなに臭いですか?でも一つ言っていいですか?大豆くんはオスですよ?


「さぁ、私を置いて、どこ行ってたんですか?言いなさい!」

「篠田さんちに行って、篠田さんちの大豆くんと遊んできました。」


『私というネコがありながら!!』とルゥは叫んだ。どうも篠田さん云々より、俺から他のネコの臭いがするのがたまらなく不愉快らしい。


「あぁもう、、臭いが!!ちょっと!ゆうと!こっちに来て!」

 はいはい、何でしょうか?

 靴を脱いで、ルゥに手を伸ばすと、腕をひっつかむように、腕に体をまきつけてきた。


「もう臭いが我慢できません!今から私の匂いで上書きします!!!」

 上書きとは?という疑問はすぐに解消した。ルゥが俺の手をペロペロと舐めだしたからだ。あぁ舐めて俺に自分の匂いを付けようということなのね。右が終わったら左に。玄関からリビングに移動しても、ずっと舐め続けた。手が終わったら足に、俺が座ったら体も舐め始めた。母からは『ルゥちゃんは本当にゆう君が大好きなのね』と冷やかし交じり呆れ交じりに笑われた。


「なぁ、ちょっとやりすぎじゃない?」

「まだ臭います!」

 部屋に戻っても舐められ続けた。今舐められているのは顔だ。もう途中からどうでもよくなってきた。もう好きにしてください。その後、一晩中舐められ続けた。顔と手が、びっしょびしょ、ぐっちょぐちょに・・・ネコは、いやルゥはやっぱり液体なんだと思う。

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