舞踏会の終わり その3
長いですね。今年中に終わらせるのを目標に頑張ります。
私は誰も守れない。
あの時だってそうだった私はただ見てる事しかできなかった。
大好きなあの人達が傷つくのをただ見ていただけ。
声も出せず、動けもせず、ただただそれを見ていた。
赤い薔薇が舞う。怒鳴り声。そして悲鳴。
私はずっと見ていた。
見てるだけだった。
あれ?
私は何を見ていたの?
わからない。思い出せない。
でも私は確かに見ていた。
そして何かを失った。
とてもとても大切な何かを。
「駄目! そんなの駄目!」
また見てるだけなんてそんなの駄目だ!
私はいてもたってもいられず、白ウサギのもとへと駆け出した。
「アリス!」
白ウサギが何か言ってる。
危ないから来るなとかそんな事を繰り返し言っている。
危ないから来るな? 冗談じゃない。私が危ないなら貴方だって危ない。
貴方はいつもそう。
そうやって全部1人で背負い込んで無理して傷つく。
もうそんなのたくさんなのよ!
何か言い続けている白ウサギに構わず、私は白ウサギに抱きついた。
白ウサギの言葉が止まる。
どうしたのかと思ってその顔を見上げれば、彼は目を見開き固まっていた。
そう言えば、私から白ウサギにこうするのは始めてだっけ?
これは後でうるさいなとか思いつつ、腕の力を強める。
放してはいけない。私が少しでも離れればその瞬間、女王はトランプ兵達に白ウサギを襲わせるだろう。
「アリス! 何してるの!? 駄目よ! そいつから離れて!」
女王が悲鳴に近い声でそう叫ぶ。
それでも私は離れない。
「いいの!? そのウサギごと殺してしまうわよ!」
「アリスよせ! その女は本気だ! 本気で殺されるぞ!?」
ビルの焦ったような声がする。
だからって白ウサギをまた見捨てる訳にはいかない。
「アリス! は、離れて下さい! 危ないです!」
ようやくはっとしたように白ウサギはそう言い、私から離れようとする。しかしそれを私は許さない。
「やれるもんならやってみなさいよ」
私は不敵に笑いながらそう言った。
そうはしたものの本当のところ怖くて仕方なかった。
斬られたくなんかない。言うとおりに白ウサギをほおって1人逃げてしまいたい。
そう思う一方、どうしても私は白ウサギを見殺しにする事ができなかった。
会ってまだそんなにたってない、しかも変態にここまで思い入れるなんて。
私自身訳がわからなかった。
「何で? 何でなのよ!」
女王はそう言って私を見る。彼女の目には今にも溢れそうなくらい涙がたまっていた。
「いつもそう! 私の方がずっとアリスが好きなのにアリスが選ぶのはいつだって白ウサギ! アリスはやっぱり私なんか嫌いなんだわ! お姉さんによく似た私なんか大嫌いなんだわ!」
お姉さんによく似た私?
「え……?」
何故……貴方が私の姉さんを知ってるの?
そう言えば、前に白ウサギも姉さんの事を知っているようだった。
何故?
何故、不思議の国の住人がこの世界にいない姉さんの事を知っているの?
知っているはずがない。だって姉さんはこの世界に来た事がないのだから。
とても気になったけど、残念ながらそれについて尋ねる事はできなかった。
女王がこちらをすごい形相で睨み、鎌を構えたからだ。
「いらない。もうアリスなんかいらない。アリスが私を嫌いなら私もアリスを嫌いになってやる。アリスなんてもういらない! 殺してやる!」
まるでそれは小さな子供が癇癪をおこしているようだった。
いや、もしかしたら彼女は姉さんに外見こそ似ているけど私よりも年は若いのかもしれない。
そのわりに物騒なものを振るってるけど。
「アリス! 何でだ!? 何でお前はいつもそいつを選ぶんだよ!? 俺達じゃなくてどうしてそんな裏切り者を選ぶんだよ!?」
ビルが叫ぶようにそう問いかける。
そんな事言われてもわからない。
彼を選ぶ理由?
そんなの私だって教えて貰いたい。
ただ見捨てられないの。だって彼は……
「アリス! 危ない!」
白ウサギはそう言うと私を守るように抱きかかえる。
それと同時に女王は斬りかかってきた。
女王の後にトランプ兵が続く。
ビルの静止する声が聞こえたが、そんなもので誰1人止まらなかった。
もう、こうなってはさすがの白ウサギでも無理だろう。
いちよ覚悟は決めていたつもりだけどやっぱりいざとなると怖いものだ。
気づくと私は白ウサギの服をまるで子供のようにぎゅっとつかんでいた。
少し情けないなと思ったけど今さら気にしたって仕方ない。
どうせ最後なのだから。
女王が鎌を勢いよく振り上げる。
そして何の躊躇いもなく、私達に向かってその鎌は振り下ろした。
グサリと刃が肉をさく嫌な音がした。
しかし私の体に痛みは走らなかった。
何で……?
恐る恐る見ると鎌は私達のすぐ手前で止まっていた。
止まった鎌は振り下ろされる事なく、地面に音を立てて落ちる。
「あ……」
女王の着ている華やかなドレス。見るとそれが真っ赤に染まっていた。
赤く染めているそれが何か。聞かなくてもわかる。
女王は小さく悲鳴を上げると地面に倒れた。
地面にどろりとした赤い液体が広がる。
何が起こったのかわかる。
でも、どうして……こんな……
「ビル……貴方……」
私はそれ以上言えなかった。
だって彼は確かに白ウサギと敵対していたけど女王とは敵対していなかったはずだ。
なのにどうして……?
「例え誰であっても……アリスを傷つける事は許さねぇ」
地面に倒れ女王を見ながら、ビルはそう言った。
その右手に握られた剣。その先端は彼女の血によって赤く染められていた。