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第八章 舞踏会の終わり その1

新章に入りました。物語の終わりまでまた頑張ります。

「さあ! どんどん召し上がれ!」



「……」



召し上がれと言われても。



女王様が満面な笑みとともに差し出したのはとてもカラフルなケーキ。



赤や緑、青や黄色、とてもカラフルで鮮やかだけどはっきり言ってケーキに使われていいような色じゃない。



「何でケーキが蛍光色に染まってるのよ……」



「さあな。いかれた奴が作るとケーキもいかれるんじゃねえか」



「このケーキ女王様が作ったの?」



「ああ」



ビルはのんきにそう言って、紅茶を飲む。



ビルの態度からして、こんな茶菓子が出てくるのは別段珍しい事ではないみたいだ。



「食べるなら気をつけろよ。へたに食うと寝込むはめになるからな」



そんな恐ろしいものを客人に出さないでよ!



思わず怒鳴りかけたが、そこはいちよ我慢した。どうせここで怒鳴ったところでどうにもならないし。



それよりも問題なのはこの状況だ。



女王様は悪びれる様子もなく、カラフルなケーキを勧めてくる。



が、そんな事言われた後でそのケーキを食べれるはすがない。



「アリスの為にいっぱい作ったの! 遠慮しないで全部食べていいのよ」



「えっと……気持ちはとても嬉しいんだけど。私……甘いものはちょっと……」



「安心して! このケーキ甘くないから」




甘くないケーキっていったい何!?



不気味だ。得体がしれないから余計にこのケーキが不気味なものに見えてくる。



女王様には悪いけど、私にはこれを食べる勇気が全くない。



「ごめんなさい。ちょ、ちょっとお腹すいてなくて……」



「アリス、はっきり言っていいぞ。お前の作ったケーキ何か食えるか!って、な」



せっかくオブラートに包んだ言い方をしたのに、ビルは全く容赦ない。



案の定、その言葉は女王様の逆鱗に触れた。



「さっきから何なのよ! 貴方に食べろなんて言ってないわ!」



「アリスに危険なものを食わせんなって言ってるんだ!」




「危険なものなんか食べさせないわよ! ただのケーキよ!」


「どう見てもそれはただのケーキじゃねえ!」



言い合う2人にももうだいぶ慣れた。



たぶん2人はこうやって言い合うのが好きなんだろう。



「何だかんだで仲はいいのね」



私の言葉にビルが実に嫌そうな顔をする。



「誰が誰と仲いいって言うんだ? 言っておくが俺はこうゆうやかましい女が大嫌いなんだ」



「私だって、貴方みたいな乱暴者なんか大嫌いよ!」



「じゃあ、何で一緒にお茶なんか飲んでるのよ……」



嫌なら止めればいいのに。



「アリス。俺たちは仲がいい訳じゃない。ただ目的が同じだからいちよ一緒にいるだけだ」





「目的? 目的って何?」



軽い気持ちでそう聞いたのにその問いかけに2人は神妙になり、黙り込んだ。



何だろう。この違和感。



私は不安になって、ビルに再度同じ事を尋ねる。



「目的って何?」



私の問いかけにビルは何も答えず、かわりに微笑んだ。



「なあ、アリス。お前はいつまでも楽しい時間が続けばいいと思った事はないか?」



「いきなり何なのよ……」



話をごまかす気だろうか。



訝しんでビルを見るが、彼は表情を変えない。



私が質問したのにどうして質問で返されなきゃいけないのだろうか。




納得はいかないけど、答えなければ話が終わってしまいそうだったので私は仕方なく答えた。



「あるわよ。何度か」



誰にだってそうゆう事があるはずだ。



楽しい時が永遠に続けばどんなに幸せだろうと誰でも夢を見る。



「でも実際にはそんなの無理だってちゃんとわかってる」



そう、どんなに幸福な時間も過ぎ去り、やがては過去の思い出になる。永遠などない。ちゃんとわかっている。



私がそう言い終えると春にふくような暖かな風がふいた。



風にふかれ、薔薇の花びらが僅かに散る。それと同時に甘い香りが辺りに漂った。



「もしそれが実際にできるとしたらどうする?」




また質問。



呆れてビルを見るが、ビルは真剣だった。



「変わる事もなく楽しい時間が永遠に続く。そんな事できるとしたら……どうだ?」



どうゆう意味だろうか?



少し考えてから、私は彼の言いたい事がわかった。



「最初のアリスはそれを望んだのね」



だから住人達は年をとらないし、死んでも代わりがいる。



白ウサギが言っていたようにこの世界は時間自体が曖昧で、正確に時が流れていない。



「この不思議の国はまさに彼女にとっての夢だ。永遠に楽しい夢。辛い事や悲しい事を全て忘れる事ができる特別な夢だ」



彼はそう言うと、残っていた紅茶を一気に飲み干す。



かちゃりと音をたて、空になったティーカップがテーブルに置かれた。すぐさま、トランプ兵達が紅茶のおかわりを注ごうとするが、それをビルは止めた。



「もしそんな夢があるのなら目覚めない方がいい。永遠に夢を見続けた方がいい。そう思わないか?」



「また質問? さっきから貴方ばっかり質問してるじゃない」



「そう言うな。これで最後だ。答えてくれたらお前の知りたい事を教えてやってもいいぜ」



それは嘘だ。



何か根拠のある理由がある訳じゃないけどビルの言葉を聴いて、私はそれが嘘だと思った。



彼は私の知りたい事を教えてはくれない。



彼はきっと私に何も教えてくれない。



彼は白ウサギと同じ。




本当の事はきっと何も言わない。



それをわかりながら私は答えた。



恐らく彼が望んではいない答えを。



「どんな幸せな夢もそれが夢ならいつか覚めるものよ。だから夢なの。私は永遠に夢を見続けるなんて嫌」



私の答えにビルは黙り込む。俯いて表情は見えないが、指先が僅かに震えている。



動揺しているのだろうか?



とその時、大きな音がした。



音をした方を見ると女王様が立ち上がっていた。その拍子に落ちたのか床には紅茶が入っていたティーカップが割れている。



しかし女王様はそんなもの全く気にせず、私の方を信じられないといいたげな顔で見ている。




「何でそんな事を言うの!? アリスがそんな事言うはずないわ!」



女王様は叫ぶようにそう言うと隣に置かれていた鎌をつかむ。



まずいと思ったが彼女が鎌を振り回す前に、その鎌をビルが抑えた。



ゆっくりとビルが顔を上げ、視線が合う。



「お前は本当にアリスか?」



今さら何を言ってるのだろう?



私はいちよアリスと名乗っているが、本当のアリスではない。



そう。私はアリスじゃない。



「私は……」



「アリスはアリスですよ」



久しぶりに聴いたその声に思わずどきりとした。



慌てて声の方に振り返ると、そこには予想どおりの人物の姿が見える。



鮮やかな白銀の髪に赤い瞳。むかつく程に整った顔。



「白ウサギ……」



真っ赤な薔薇の中に佇む彼を見て、私はほんの僅かだけどほっとした。

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