真っ赤な舞踏会 その6
全話修正を加えました。大筋は全く変わってませんが会話が増えてたりしています。暇な時にでも読んでみて下さい。
見知らぬ城に見知らぬ廊下。やっと慣れてきたと思ったらまた知らない場所に連れてこられてしまった。
不思議の国はとても不思議なところ。会う人会う人みんな変わっていて、みんな可笑しい。
そうまるで夢でも見てるようだ。楽しい楽しい夢。でも夢なら覚めなければいけない。
早く目を覚めなければ。
早く家に帰らなければ。
そう思っているのにいつまでたってもこの夢から覚める気配がない。
どうしてこうも私はろくでもない事に巻き込まれてしまうんだろう。
繋がれた手を見て、私はため息をついた。
「何だ? ため息なんかついてどうした?」
誰のせいだ。誰の。
さっきからビルは酷く機嫌良さそうに私の手をひいて歩いている。
その様子がますます白ウサギに似ているのだが、そんな事言えばすぐに機嫌が悪くなるので言わない。
彼は白ウサギの事が嫌いだ。
似ているからこそ彼は白ウサギが嫌いなのだろう。
過去に白ウサギとの間に何があったかは分からないけど、彼が白ウサギの事を話す時、その声はただただ冷たかった。
白ウサギはどうか分からないけど彼は白ウサギを嫌っているし、もしかしたら憎んでいるのかもしれない。
この2人っきりの状況で白ウサギの名前を出して、彼を怒らせたりでもすればどうなるかわからない。
迂闊に白ウサギの名前は出さない方が無難だろう。
「ねえ、ビル」
名前を呼ぶと彼は笑顔で振り返った。
「何だ?」
本当に機嫌が良さそうだ。今にも鼻歌でも歌い出してしまいそうに見える。
そんなに嬉しいのだろうか?
全くこの世界には変わり者が多い。
「ねえ、どこに行く気なの?」
ビルは私をエスコートすると言っていたが実際はただ私の手をひいて歩いているだけだ。
ただでさえよく知らない場所に連れてこられて不安なのに、せめてどこへ向かうのかぐらい教えて欲しい。
「せっかくだからお前にうちの女王様ご自慢の薔薇園を見せたいと思ってな」
「薔薇園?」
「ああ。薔薇は好きだろう?」
薔薇か。
思い出すのは綺麗な薔薇の花束を抱えた母の姿だった。
母は薔薇がとても好きだった。
綺麗な薔薇を見て嬉しそうに微笑む母が好きで、私も自然と薔薇の花が好きになった。
よくあの頃は毎日飽きずに薔薇の花を見ていたものだ。
でも何でだろう?
あんなに好きだったはずなのに母が死んでから私はそこまで薔薇が好きではなくなった。
あんなにも好きだったのに私は全く薔薇の花を見なくなった。
母との思い出の花だからだろうか?
母との思い出を思い出すのが嫌で私は無意識に避けていたのだろうか?
「ここの薔薇はすげー綺麗だぞ。あの女王様はめちゃくちゃだがあの薔薇園だけはまともだ」
ビルはそう言って嬉しそうに私の手をひく。
ここまで嬉しそうにそう言われてしまったらついていくしかない。
彼がそうまで言うならいいか。
そんな素敵な薔薇園があるのなら、せっかくだし見ていきたい。
そう思ったその時、突然廊下に大きな声が響いた。
「アリス!!」
この声は……
私が振り返るのと同時にビルも振り返る。
そこには予想通り、姉さんと同じ顔をした女王様が立っていた。
ただ少し予想外だったのはその手には、彼女の容姿に不釣り合いな銀色に光り輝く鎌が握られていたこと。
「えっ……?」
「アリス!」
女王様は笑顔で鎌を振りながら私達の方に向かってくる。
顔から血の気がひいた。
何でそんな物騒なものを笑顔で振り回してるのよ!?
一難去ってまた一難。
ビルは女王様をちらりと見ると私の手をひき、逃げるように走り出した。
「ちょっと! 何で逃げるのよ!?」
「そんな物騒なもん振り回しといてよく言うぜ」
「物騒なものって何の事かしら? 全く身に覚えがないわ」
「はは、聞いたか。あの女、あの大きな鎌をこれっぽっちも物騒だと思ってないみたいだぜ」
「お黙り! だいたい何でトカゲがアリスと一緒にいるのよ! トカゲのくせに生意気だわ!」
「こうゆうのは早い者勝ちなんだ。悪いな」
ビルは悠々にそう言うと笑いながら駆け出す。
鎌を振り回す相手に追われてるにしては何とも楽しそうだ。
「どういう神経してるの」
「全くだ。あんなもん振り回してあの女王様はいったいどんな神経してるんだろうな」
「女王様じゃなくて貴方よ! 貴方!」
「あ? 俺か?」
「こんな状況でどうして笑えるんだか」
嫌みがましくそう言うとビルはやはり嬉しそうに笑う。
「悪い。悪い。でも、実は楽しくて仕方ないんだ。こんな状況でも隣にアリスがいると思うだけで俺は凄く楽しい。アリスが白ウサギでなく、俺のそばにいて、俺を頼ってる。そう思うだけで俺は嬉しくて仕方ねぇんだ」
笑いながらそんな事を言うビルに私は言葉に詰まる。
何て言えばいいのかわからなかった。
ただわかったのは彼はずっとアリスと白ウサギの姿を羨望の眼差しで見ていたのだろう。
彼は幾度となくそれに憧れ、嫉妬し、己の思いに身を焦がしていたに違いない。
きっと彼の言う通り、今が彼にとってもっとも幸福な時間なのだろう。
私は僅かにビルの手を握る力を強める。
少しぐらいなら彼に付き合ってもいいかと思った。
「このまま逃げて彼女を巻く気? 私、そろそろきついんだけど…」
「何だ? もう限界か。アリスは体力ねぇな」
「仕方ないでしょう! 私、さっきまで双子と鬼ごっこしてたんだから!」
「あー、そう言えばしてたな。楽しかったか?」
「あれが楽しいように見える!?」
「まあ、いいじゃねぇか。ちゃんと助けてやっただろう?」
「なら、今回も助けて! このまま鎌でざっくりされるなんて嫌!」
私がそう言うとビルもそれはそうだなと同意した。
「あの鎌で首をはねられのは俺もさすがに嫌だ」
「なら、何とかして! 白ウサギがいないんだから貴方がどうにかしなさいよ!」
私のその言葉にビルは神妙な態度で、足を止め、女王様と対峙した。