真っ赤な舞踏会 その5
放置してました。ごめんなさい!
「裏切り者ってどういうことよ?」
「どうって? そのまんまの意味だが?」
何がそのまんまの意味よ。意味がわからない。
白ウサギが裏切り者?
「白ウサギがアリスを裏切った?」
あの白ウサギが?
男のその言葉に思わず笑ってしまった。
「そんなことあるわけない」
白ウサギにとってアリスがどれだけ大切で特別な存在か私は知っている。
それこそ気持ち悪い程、私は彼のアリスへの思いを知っている。
アリスの為なら彼は何でもする。
アリスの為なら命を捨て、誇りを捨て、何もかも捨て、それでも白ウサギはきっと平気なふりしてアリスに優しく笑いかける。
きっと彼ならそうする。
「白ウサギがアリスを裏切るなんてありえない」
そう絶対にないのだ。
そう言い切る私に男は何故だか不思議そうな顔をする。
「何でそう言い切れるんだ?」
「だって、白ウサギはアリスのことしか考えてないもの。彼がアリスを裏切るなんてありえない」
「ありえない…ね」
男は腕組みをし、じっと私を見つめる。
それから小さく舌打ちした。
「よっぽど白ウサギの事を信じてるんだな?」
「なっ!? そ、そうゆう訳じゃ……」
「違うのか?」
「少なくとも名前も知らない貴方よりも信じられるだけよ!」
「なるほど」
私の言葉に男は何か考えこむ。
できれば考えこむ前に離れて欲しい。
この男からは白ウサギと同じ危ない気配を感じる。
「あの…できれば離れて欲しいんですけど?」
「ビルだ」
「はい?」
「名前だ。どこの誰かわからない奴じゃ嫌なんだろう? 俺の名前はビルだ」
「ビル?」
呼び名にしては始めてまともな名前だ。
別に変わった呼び名を期待してた訳じゃないけど、何だか拍子抜けしてしまう。
それが顔に出ていたのだろう。男は不満かと聞いてくる。
「お前が名前も知らない奴は信じられねえって言ったから教えたんだろう?」
「不満とかじゃなくて…普通だなって」
「はあ?」
「だって白ウサギとか帽子屋とかチェシャ猫とか今まで変わったのが多かったから…」
「そりゃあ、呼び名だからだろう。何だ? お前は俺の呼び名を知りたいのか?」
呼び名が知りたいかだって?
それってつまり、教えてくれたあの名前は呼び名じゃなくて本名だってこと!?
「ちょっと、そんな事していいの!?」
「何だ?いけねえのか?」
いけないと言うか、今まで本名を名乗った者などいない。
あの白ウサギでさえ本名を私には名乗らなかった。
「だって、本名はそう簡単に教えていいものじゃないんでしょう? それなのに……」
「別に俺はいいぜ」
アリスになら教えたったかまわない。
そう言って男は笑う。
その笑みが誰かと重なった。
「貴方……」
「あ?」
「白ウサギに似てる…」
私の一言に男の顔が明らかにひきつる。
それでも言わずにはいられなかった。
「何で俺があんな奴なんかに…」
「だって…」
似ている。そうやってどこか寂しそうに笑う姿やアリスの事を大事にしてるところとか、よく白ウサギに似ていた。
「あのな…俺はあいつと違う」
違うって何が?
私の言葉に男は笑う。
「アリスなら誰でもいい訳じゃねえ。お前だからそう言うんだよ」
「……私だから?」
何で?
「だって貴方、私となんてさっき会ったばっかじゃない」
「ちげえよ」
俺は前にもお前と会ってる。
男の一言に私は目を見開いた。
だってそんな事ありえない。
私は白ウサギに連れられて始めてここに来たのだから。
私が彼と会っているはずがない。
だって最初に会ったのは白ウサギのはずだから。
そのはずなのに男の目は酷く澄んでいて、嘘をついてるようにはとても見えなかった。
「私…いつ貴方に会ったの?」
「覚えてねえならそれでいい」
今はそれでいい。
男はそう言うとそっと私に手を差し出す。
「何……?」
「何って、見てわからねえか? エスコートしてやろうと思ってな」
エスコート?
「な、何で貴方にエスコートをされなきゃいけないのよ!」
「嫌なのか?」
「当然!」
「そんな事言っていいのか? お前、死ぬぜ?」
「なっ……」
死ぬ? 私が?
いや、今さら驚くことなんかじゃない。今までだって散々命を狙われてきたんだからそんなことになったとしても何も不思議じゃない。
このままこの男と別れてまたあの双子に会ったら…今度こそ首をはねられるかもしれない。
それにこの城が女王の城だと言うのならあの姉さんによく似た女王様にも会うかもしれない。
血まみれだった鎌を思い出し、背筋に冷たいものが走る。
無邪気に鎌を振るう彼女。白ウサギを倒した程の彼女が次会った時、私に何をするかはわからない。
結局私に選択の余地なんか最初っからなかったのだ。
男もそれをわかっていて、笑ったまま、まだ手を差しだしている。
「……だけだから」
「何だ?」
「一度だけだから!」
そう投げやりに言って、その手を乱暴につかむ。
半ば八つ当たりに近いそれに男は怒ったりせず、むしろ嬉しそうに微笑んだ。
「何よ……」
「いや、悪い。つい嬉しくてな」
「嬉しい?」
「アリスとずっとこうしたいと思ってたんだ…」
「何よ、それ……」
「アリスはいつも白ウサギと一緒にいたからな」
男はそう言って笑う。
笑っていたがその顔はあまりにも寂しげだった。
それがまた白ウサギと重なる。
「だから白ウサギが嫌いなの?」
「ああ」
男が私の手を強く握りしめる。
「あいつはいつでもアリス独占してた」
寂しげにと言うか、どこか悔しげにそう言う男に何故、彼が白ウサギに似ていたのかようやくわかった。
「貴方もアリスが好きなんだ」
私の言葉に男が苦笑する。
「この世界でアリスを嫌いな奴なんていないさ。みんなみんなアリスが好きだ。さっきの双子達だって悪気はない。ただ、アリスに構って欲しかっただけだ」
それにしては容赦なかった気がするけど。
そう言うと男は声を出して笑う。
「まあ、愛情表現は人それぞれだからな」
「そのせいで私は死にかけたのよ!」
「あれも愛情さ」
あんな愛情は絶対いらない。
私の言葉がよっぽどおもしろかったのか男はまだ笑ってる。
「ちょっと、貴方はいつまで笑ってるのよ!?」
「貴方じゃねぇだろう? 俺はビルだ」
男はそう言って、私の手をひき、歩き出した。