白ウサギとのワルツ その6
今回、まさかのアリスが出てきません。予想外にアリスがいないサイドが長くなってしまいました。
「君は本当に使えない奴だな……」
三月ウサギはわざと嫌みったらしくそう言って、テーブルをひとなでする。
指の先にわずかについた汚れを見て、三月ウサギは顔をしかめ、眠りネズミに責めるような視線を向ける。
「見ろ。こんなに汚れているじゃないか。君の目は節穴かい? ろくに掃除もできないとはなんて嘆かわしい事なんだ」
三月ウサギは大げさにそう言って、やれやれと首を振る。
「全く使えない奴め」
三月ウサギの最後の言葉にさすがの眠りネズミも頭にきたのか三月ウサギをきっと睨みつける。
「お前……何を偉そうに……人にお茶会の準備を全て押しつけて、自分は今まで遊んでいたくせに私に文句を言うとは……」
「遊んでいたんじゃない。アリスの相手をしてたんだ」
「同じだろう!! 結局のところ、アリスで色々と遊んでたんだろう!」
「そんな人聞きの悪い言い方をしないでくれ。私は善意でアリスに助言していただけさ」
「善意? お前に善意なんてものがある訳ないだろう」
今日はやけにつっかかるものだ。
三月ウサギはいつもより少々機嫌の悪い友人を見て、首を傾げる。
「君は何を怒っているんだ? あれか? そんなに私がいなくて寂しかったのか?」
「うぬぼれもたいがいにしろ! 誰が寂しがるか! むしろ、お前なんかいない方がせいせいする」
「そのわりには私をえらく探してたじゃないか」
三月ウサギの何気ない一言に眠りネズミはぎょっとする。
「なっ!? ちがっ、何でその事を……」
図星か。あまりにもわかりやすすぎる眠りネズミの態度に三月ウサギは思わず声を出して笑ってしまう。
「本当に探していたのかね?」
「!? お前!? はめたな!」
「はめられた君が悪い。そうかそうかやはり私を探していたのか。どうりでお茶会の準備が中途半端なはずだ」
三月ウサギはちらりとテーブルを見る。
食器も茶菓子もお茶も用意はされてあるがまだテーブルには一つも並べられていなかった。
おそらく眠りネズミはそれらを放り出して三月ウサギを探しに出かけたのだろう。
そうわかってしまえば、責めるのも可哀想に思い、三月ウサギは笑いながら茶菓子をつかむ。
「さっさと準備しないとお茶会ができないぞ?」
「……っ、偉そうに」
「何だ? 文句あるのか?」
三月ウサギが怪訝そうに問いかければ眠りネズミはむすりとないと答える。
相変わらず、どこか拗ねたような態度をとる眠りネズミを三月ウサギはひどく珍しそうに見る。
前にだって眠りネズミを置いていった事などたくさんある。
置いていくどころかもっととんでもない事をした事だってある。
例えば新型のトラップの実験体にしたり、射撃の的にしたり、何度か本気で撃ち殺そうとした事さえある。
もちろん実際殺しはしなかったが三月ウサギは手加減など一切しなかった。
それぐらいで眠りネズミが死ぬとも思っていなかったし、三月ウサギは手加減などするようなたちではなかった。
そんな事をする度、眠りネズミは飽きもせず三月ウサギを怒鳴りつける。
怒鳴りつけるだけ怒鳴りつけてから、結局最後はもういいと言って機嫌を直すのだ。しかし今回は違う。
その事が少し気になって、三月ウサギが眠りネズミに尋ねようかと考えていた矢先、珍しい客人が現れた。
大きめな帽子にだらしない服を着た男。
驚く眠りネズミをよそに三月ウサギは笑顔を浮かべる。
「やあ、帽子屋。君が一人でお茶会に来るとはいつ以来だろうね」
三月ウサギのその言葉に帽子屋は何も答えず、さっさと部屋の中に入ると相変わらずの不機嫌な顔で三月ウサギを睨みつける。
「そんな怖い顔してどうしたかね? あいにくお茶会はまだ開かないよ?」
三月ウサギが冗談めかしにそう言うと帽子屋は眉間のしわをより深くした。
しばらくの間帽子屋は何も言わなかったが、しばしの沈黙後、帽子屋がようやく口を開いた。
「白ウサギを見たか?」
「白ウサギかね?」
「そうだ。さっき、城を出て行く影をを見た。あれは白ウサギだった」
真剣にそう語る帽子屋に対し三月ウサギは相変わらずふざけた感じでしゃべる。
「おや、白ウサギが? よくあのアリスから離れたもんだ。何せ彼のあのアリスへのこだわりようったらなかったからね」
「俺はそんな事を聞きにきたんじゃない。あいつが何をしに出て行ったのか聞きたいんだ」
帽子屋のその言葉に三月ウサギはにやりと笑う。
「人に尋ねるときにはもう少し丁寧に頼んだらどうだい?」
「お前に丁寧な言葉を使う気はない」
「酷いな。そんな言い方しなくてもいいじゃないか」
「うるさい! さっさと教えろ!」
痺れを切らした帽子屋がどこからか自分の剣を取り出し、三月ウサギに剣先を向ける。
三月ウサギはそれに動じる事なく、静かに帽子屋を見る。
刃を向けられているというのにその顔はひどく落ち着いていた。
「三月ウサギ!」
眠りネズミの焦ったように声を出し、懐からナイフを取り出すと構える。
今にも飛びかかろとする眠りネズミを止めたのは帽子屋ではなく、三月ウサギだった。
「眠りネズミ、大丈夫だからナイフをしまえ」
笑ってそう言う三月ウサギに眠りネズミは困惑したものの、それでも大人しくその言葉に従う。
「帽子屋。何をそんなに焦っているんだ? 白ウサギが城を抜け出す事なんかいつもの事じゃないか」
「……つい前まではな。あのアリスが来てからは違う」
帽子屋はそう言い、三月ウサギを睨みつける。
「お前は知っているんだろう? あのウサギはいったいあの娘をどうする気だ? あの娘を巻き込んで何をしようとしている?」
帽子屋の問いかけに三月ウサギは何も言わない。
ただ帽子屋の顔をしげしげと眺める。
しばらく眺めてから三月ウサギはため息まじりに呟いた。
「らしくない。本当にらしくないよ」
「何だと?」
「らしくない。そう言ったんだよ、帽子屋。たかが一人のアリスにこだわるなんて君らしくないじゃないか」
三月ウサギはそう言って、無表情で帽子屋を見つめる。
「君らしくない。そんなにあの少女を気に入ったのかい?」
「アリスを気にかけるのは当たり前だろう」
「ああ。でも君は今まで一度もそんな事しなかったじゃないか」
三月ウサギの問いかけに帽子屋は答えない。
そんな帽子屋を見て、三月ウサギは笑う。
「白ウサギはこの国の案内人だ。彼が何をしようとしているかは彼自身にしかわからない。知りたいなら彼に直接聞いてくれ」
「お前は知っているだろう」
「知らないよ。彼が何を考えてるかなんて知りたくもないよ。だが、一つだけ言える事がある。白ウサギはあの少女を傷つけたりは決してしないよ」
三月ウサギはそう言って、帽子屋に刃をどかすように促す。
帽子屋はあっさりとそれに従い、剣を鞘におさめるとさっさと三月ウサギ達に背を向け、お茶会の会場から出て行った。