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白ウサギとのワルツ その4

白ウサギは親切心で子守唄を歌ったのですが、アリスに酷い言い方されてますね。


アリスが言う程白ウサギの歌は下手じゃなかったと思われます。

ふんわりと漂う甘い香り。誘われるままに目を開けるとそこには一面、見たことがない花が咲いていた。



ほんのりと赤い、小さな小さな花。それがこれでもかというほどにしきつめられ、まるで上等な赤い絨毯のように見える。



綺麗……



思わず私は息を飲み、手入れの行き届いた庭を見つめる。



姉さんと一緒に私も庭の手入れをした事があったからわかるがここまで綺麗に仕上げるとなるとそれこそかなりの労力が必要となった事だろう。



誰がここまで綺麗に手入れをしたのだろうかと考えていると、不意に人の声が聞こえてくる。




この庭を手入れしている人のものだろうか?



声がした方へと振り返り、庭の手入れをしたと思われる人物を見て、私は思わず驚きの声をあげる。



体格の良い身体に焦げ茶色の髪、顎の下にのばされた髭。



侯爵?



予想外の人物に私は目を丸くし、呆然と庭手入れをする侯爵を見つめる。



あの上等な上着が無造作に地面に投げられ、ズボンはすでに土がつき、汚れてしまっている。さらにめくり上げられたワイシャツにも土が若干ついていて、せっかくの高い服が台無しになっていた。



侯爵ともあろう者が手を泥だらけにして庭の手入れをしているなんて……



侯爵ぐらいの地位なら、いくらだって使用人を雇えるだろうし、誰か別の人に頼んで、やって貰えばいいのに。



確かに侯爵は地位を持っていても威張ったりしない、素朴な人なのだが、ここまでするのはどうだろうか。



心配して見ていると、地面に落ちていた上着を誰かが拾い上げた。



「あんたさぁ、自分が侯爵って事自覚してる?」



上着についた土を払いながらチェシャ猫がそう言って、せっせと作業をする侯爵に近づく。



どこから現れたんだろう?



全く音がしなかったから、チェシャ猫が視界に現れるまでその存在に気づかなかった。



「あ? 当たり前だろう? 俺は侯爵だ。他の何者でもないぜ」



「普通、侯爵は土いじりなんかしないだろう?」



私の考えていた事と全く同じ事をチェシャ猫は侯爵に言う。



侯爵はそれに笑顔で答える。



「決めつけは良くないぜ? 侯爵だからって庭の手入れをしちゃいけない訳じゃないだろう?」



「まあ、そうだけどさ」



チェシャ猫は侯爵の隣に立って、興味なさげに作業を眺める。



「この花、あれだろう? ご主人様の好きな花」



「おう! 1人で全部植えたんだぜ。すげーだろう?」



「あはは、侯爵様はご主人様の気をひくのに躍起だね」



チェシャ猫はそう言って笑う。



しかしその言葉を聞いて、侯爵の顔が若干ひきつる。



「悪いかよ……」




どこかいじけたようにそう言う侯爵にチェシャ猫は苦笑する。



「あのね、いくらその花が好きだからってそんなに植えてどうするのさ。せっかくだったら色んな花と一緒に植えれば良かったのに」



「そうゆうものなのか?」



「あんた、本当にどっか抜けてるよね」


チェシャ猫は呆れた顔をしつつも、作業から目を離さない。



「よくめげないよね」



「ああ? 何の事だ?」



「プロポーズ。さすがに10回も断られたら誰でもあきらめるよ」



チェシャ猫が苦笑混じりでそう言うと途端に侯爵の顔が赤くなり、そのままやけくそ気味に怒鳴る。




「うるせえ! そんなの人の勝手だろう!? 10回どころか20回でも30回でも、プロポーズしてやるよ!」



「うわ……あきらめ悪っ」



「ああ! 俺はあきらめの悪い男なんだ!」



「そこで威張られても困るんだけど……」



呆れるチェシャ猫を後目に慣れた手つきで侯爵は作業をこなす。



「そうか……一種類じゃ駄目か。今度は別の種類の花も用意するかな」



「えっ!? まだ植える気なの!?」



「ああ。目標はこの庭全体を花で埋め尽くす事だからな」



「うわぁ……まだやる気なんだ。本当にあきらめの悪いと言うか、暇人と言うか」



「お前! 俺は侯爵だぞ! 暇な訳ないだろう!?」



「じゃあ、仕事したら?」



「お前って奴は……仕事と恋、どっちが大切かなんて、聞かなくてもわかるだろう?」



「わかんない。あんたが何でそこまでするか俺にはわからないよ」



チェシャ猫は侯爵の上着をたたみ、土のつかなそうな場所にそっと置いてから呟く。



「だいたい相手が侯爵夫人だからって、そんなのどうせ名前だけの関係だろう? 実際、夫婦になんかならなくたっていいじゃんか」



チェシャ猫のその言葉に侯爵は作業を止め、チェシャ猫の方を見る。



「よくねえからこんな事してんだろう?」



侯爵はぱっと手についた土を落とすと立ち上がる。



「お前もあいつと同じ事を言うんだな。呼び名だから別にそんな関係にならなくていい。あいつもプロポーズの度にそう言いやがる」



「でしょう? そうゆうもんなんだよ。あんただけだよ、そうやってこだわるのは」



「かもな。いや、確実に俺だけだろうな」



そう言って、侯爵がにやりと笑う。どこか勝ち誇ったようなその笑みをチェシャ猫はきょとんとした表情で見つめる。



「確かにそうなんだが1人ぐらい、こんなバカげた男がいてもいいだろう?」



そう言って、侯爵は自分の作った庭を見渡す。



まるで侯爵のその言葉を肯定するかのように小さな赤い花達が風に揺れる。



風に吹かれ、数枚の赤い花びらがひらひらと宙に舞い上がった。




その花びらをチェシャ猫は眩しそうに目を細めて、見上げた。










「……あれ?」



ゆっくりと数回、私はまばたきをしてから辺りを見渡した。



そこは先ほどまでいた美しい庭ではなく、見慣れない部屋の中だった。



また、夢?



最近やたらとリアルな夢をみるようになってきたな。昔なんか見た夢の内容なんて、全然覚えてなかったのにここ最近の夢は妙にはっきりと覚えてる。



しかも決まってそこにはこの不思議の国の住人達が出てくる。



なんだかどんどん侵食されてきている気がする。



私はため息をつき、もう一寝入りしようと目を閉じた。




幸い、あのうるさい雑音は消えたみたいだし、これでゆっくりと眠れる。



うん? 雑音?



はっとして、私は飛び起きる。



「私のバカ! 何、二度寝なんかしようとしてるのよ!」



すっかり忘れてたけどここは確か白ウサギの部屋だったはずだ。



あのまま強引に眠る事を強要されたとはいえ、まさか本当にそのまま寝ちゃうなんて、いくら何でも私ってば無防備すぎでしょう!?



しかも白ウサギいわく、子守唄というあの雑音の中でよくもこうも熟睡できたものだ。



自分に呆れはてて、言葉も出てこない。



「私のバカ……」




嫁入り前の娘が二回も男の人と同じ布団で寝るなんて……姉さんが知ったら卒倒するかもしれない。



「そうよ。ここは不思議の国。これぐらいしたって別に……」



別に……



別に……



良くないか。



私はがっくりとうなだれながらも、ベットからどうにか抜け出し、部屋の中を見渡す。



あれ? そう言えば白ウサギはどこ?



隣に寝ていたはずの白ウサギの姿がどこにもない。



「白ウサギ?」



私の呼びかけに答える声はなかった。

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