白ウサギに連れられて その3
ついに白ウサギ以外のキャラが登場です。
「ねえ、どこまで行くの?」
薄暗い森の中。私は白ウサギの後に続いて歩いて行く。
もうだいぶ歩き続けているはずだけど一向に辺りの景色は変わらない。ずっと森の中のままだ。
「もう少しでお城につきますからね」
そう言って白ウサギは笑う。しかしこのやりとりはすでに3回目だ。
こんな訳のわからない奴の道案内を信じてついてきた私がバカだったのかもしれない。
「ねえ、白ウサギ」
「何です?」
慣れとは恐ろしい。私はあんなに不審に思っていたにも関わらず、白ウサギと普通に会話できるほどになっていた。
「私、お城に着いたらどうすればいいの?」
「そうですね…まずはお茶会に出席して下さい」
「お茶会?」
「はい。正直、あいつと貴方を会わせたくはないんですが、アリスはお茶会に出るものなので」
何んでアリスはお茶会に出るものなのよ。肝心なところがさっぱりわからない。
それにしても白ウサギが私と会わせたくないと言ったあいつとは誰の事だろう?
私が尋ねる前に白ウサギの紅い瞳が細くなり、眉がしかめっ面になった。
「白ウサギ?」
「どうやらいたずら好きの猫に見つかってしまったようですね」
「え?」
いたずら好きの猫?
白ウサギに問い返そうとしたその時、がさりと後ろの茂みから音が聞こえた。
振り返る間もなく、何かが破裂したような音がすぐ近くで聞こえ、気づいたら私は白ウサギによって地面に押し倒されていた。
痛い……。
ちらりと白ウサギの方を見ればその目は背筋が凍る程冷たいものへと変わっていた。
「アリスに向かって発砲するなんて少しいたずらがすぎるぞ、チェシャ猫」
白ウサギはそう言うと憎々しげに茂みの方を見た。つられて見るとそこには1人の少年が立っていた。
年齢は自分より少しだけ年上だろうか? サイズが合わない大きめな服をだらしなく着込み、へらへらとした笑みを口元に浮かべている。
長めの前髪によって目元はほぼ隠されているものの、その隙間からわずかにぎらりと目が光る。その目はまさに猫のようだ。
って待って……発砲?
よく見れば少年の手には黒い拳銃のようなものが握られている。
さっきの音はまさか…あれ?
もしも白ウサギが庇ってくれなかったら……そう思うと一気に血の気がひいた。
「別に当たらなかったからいいじゃんか」
「当たらなかった? 違う。私が当たらせなかったんだ」
「どっちもいっしょだよ」
「いや、違うでしょう……」
やや呆れながら私がそう言うとチェシャ猫はその目を嬉しそうに光らせ、好奇な眼差しを私に向けた。
「へえ、それが新しいアリス? いいね、可愛い。襲いたくなっちゃうよ」
襲うって……駄目だ。この人も変態だ。
「チェシャ猫! お前は何てことを言うんだ!? 私のアリスに貴様なんかが触れるなど許される訳ないだろう!!」
ああ……そう言えばこっちにも変態がいたんだっけ。
変態2人は私に構わず、先に話を進める。
「ふーん、今度のアリスにはえらく執着してるんだ?」
「当たり前だ!私のアリスだぞ? 前のとは比べものにならないほど可愛いだろう!」
自慢気に胸を張る白ウサギ。何て奴だ……。やっぱり一度思いっきりその自慢気な顔を殴りたい。
「ちょっと…私、別に可愛いくなんかないんだけど……」
「可愛くない!? 私のアリスが可愛くないなんて事ありえません! と言う訳で貴方は可愛いんです!」
「はい!? どうゆう理屈よ! どうゆう!?」
白ウサギは立ち上がって自らの服についた泥を払い、それから私の手をつかみ、引き上げて立たせてくれた。
「ありがとう……」
「いえいえ、アリスのためならこれぐらいどうってことないですよ」
白ウサギはそう言って私に笑いかけたと思うとすぐに恐い顔をし、チェシャ猫を睨む。
「だいたい執着してるのはお前の方だろう? 出会いがしらにいきなりアリスを撃ち殺そうとするなんて、前代未聞だ」
チェシャ猫はそれに声を出して笑う。何がそんなに可笑しいのかその目には涙までうっすらと浮かんでいる。
「あまりの可愛さについつい殺したくなっちゃったんだ。でも何も本気で撃ち殺そうなんて思ってないよ? どうせ白ウサギがきっちり守っちゃうだろうし」
「もちろん。私はお前と違って真面目な人間なんでね」
どこが真面目な人間なのだろうか? その点に関してはだいぶ疑いの余地がありそうだ。
「ねえ、久しぶりに会ったんだから遊んでよ」
「何故、私がお前の相手をする必要がある?」
「え~、ケチ」
「何とでも言え。あんな奴ほっといて行きましょう、アリス」
「うん。あ、それとも俺とやり合うのが恐い?」
チェシャ猫のその一言に白ウサギの目がまた変わる。
夢の中で見た殺人鬼のような冷たい瞳。
その目を見ただけで私の体は無意識に震える。今の白ウサギは今まで一緒にいた白ウサギではない。いや、彼の本当の本性はこっちなのかもしれない。
やはり彼は単なる変態ではなく、恐ろしい人物だ。
「今日は機嫌がよかったからやりすぎたいたずらも見逃してやろうと思っていたのに…気が変わった」
白ウサギはゆっくりと手を振る。するとまるで何かの手品のようにそこに剣が現れた。
両手に一本一本握られた細身の剣。まさに夢のままだ。
ただ夢の中と少し違うのはその刀身にまだ血はついてない。
もっとも、それも時間の問題かもしれないけど。
ちらりとチェシャ猫の方を見ればチェシャ猫はにんまりとした笑みを浮かべて、嬉しそうに拳銃を構えている。
チェシャ猫の手にもまた白ウサギと同じように一丁ずつ拳銃が握られていた。
「そう言えば白ウサギも二個だっけ? あはは、おそろい」
「お前とおそろいなんて冗談じゃない。二度と両手が使えないようにしてやる」
けんかなんかではない。2人とも本気だ。とは言え私にはどうすることもできなかった。