三月ウサギの戯言 その5
今回、三月ウサギがちょい怖いです。根はいい人なんですがね。笑ってる人ほど実は怖かったりしますよね。
剣先が迫り来る。
もう……駄目だ。
あきらめかけたその時、目の前で剣先がぴたりと止まる。
白ウサギが怒りに満ちた目でこちらを睨む。もちろん視線の先には三月ウサギがいる。
「何のつもりだ? 三月ウサギ……」
白ウサギが低い声で尋ねる。どうやら本気で怒っているようだ。
「悪いね、白ウサギ。私は君や帽子屋のように優しくないんだよ」
三月ウサギが笑ったその刹那、勢いよく三月ウサギは私の体を突き飛ばした。
受け身もとれず、倒れ込む私を床に着く前に白ウサギが手を伸ばし、抱き留める。
「アリス!?」
白ウサギが心配そうに私を覗き込む。しかし、私の心配などしている暇はなかった。
「白ウサギ!」
慌てて叫んだが、もう遅い。白ウサギが気づいた時には既に三月ウサギがその背後に回っていた。
にやりと冷たく笑う三月ウサギ。
そして振り返った白ウサギを三月ウサギは勢いよく蹴り飛ばした。
みしりと嫌な音がし、三月ウサギの足が白ウサギの無防備だった腹部に深くめり込む。
あっと思った時には白ウサギの体が宙を舞い、横に三メートルほど飛び、凄まじい音とともに全身を床に打ちつける。
「うっ……」
さすがの白ウサギでもこれはこたえた。
痛そうに顔をしかめ、うめく白ウサギ。
しかし三月ウサギの攻撃はまだ終わらない。
蹴り上げられた時に衝撃で飛ばされ、床に転がった白ウサギの剣を拾い上げると三月ウサギはその剣を構え、容赦なく白ウサギの肩を貫く。
「……っ!!」
剣が白ウサギの肩を貫通する。おそらく想像を絶する痛みがするのだろう。
白ウサギの顔が痛みで歪む。それでもプライドがそうさせたのか、上げかけた悲鳴を必死に歯を食いしばって、耐える。
そんな白ウサギの様子を見て、三月ウサギが楽しげに笑う。
「あははっ、そんな顔してどうしたんだい、白ウサギ? せっかくの男前が台無しじゃないか」
三月ウサギは何がそんなに可笑しいのか、声を出して笑いだす。
今なら彼がみんなに避けられていた理由がよくわかる。
三月ウサギは完全に可笑しい。
「さて、どうしようか? このまま心臓をえぐられるのと首をはねられるの、どっちがいいかね? 長年の友人に権威を払って、特別に君に選ばせてあげよう」
「お前なんかと……友達だったことなんか……ない」
白ウサギがつらそうな表情でそう言う。
肩から生々しい血が流れだし、彼の服をあっという間に真っ赤に染めあげる。
このままではいくらなんでも危ない。
白ウサギだってそれぐらいわかっているだろう。それでも白ウサギはけして弱気な態度を見せない。
三月ウサギは相変わらず楽しげに白ウサギを見下ろす。
「あはは、そうだったかな? だが、君が言うならそうなんだろう。仕方ない、君がそこまで言うなら首をはねてあげるよ」
三月ウサギが笑う。
笑ったまま、三月ウサギは白ウサギの肩に刺さっていた刀身の部分を一気にひき抜く。
「くっ……!」
引き抜いたと同時に肩から血が吹き出す。
そうとう痛いのだろう。白ウサギは目を見開き、ただただ唇をきつく噛みしめる。
そんな白ウサギの態度を見ても、三月ウサギは少しも表情を変えない。残酷にもそのまま剣を振り上げる。
本気だ。本気で三月ウサギは白ウサギを殺す気だ。
「やっ、止めて!」
とっさに三月ウサギのその腕にしがみつき、振り下ろすのを何とか阻止する。
三月ウサギは一瞬きょとんとした顔で私を見たが、すぐにまた笑顔を浮かべる。
「アリス、どうしたんだい? そんなに慌てて、大丈夫、君の好きなケーキならちゃんととってあるよ」
「ケーキはどうでもいいから、とにかくもう止めて!」
このさい、何も気にならない。このまま三月ウサギが剣を振り下ろしたら、いくら白ウサギといえど死んでしまう。
駄目だ。やっぱりそんなの駄目だ。
必死になってそれを止めさせようとする私に対し、三月ウサギは何とものんびりと答える。
「どうして? 君は白ウサギが嫌いだったんじゃないのかい?」
「嫌いなんて言ってない!」
そりゃあ嫌いになるぐらい鬱陶しい奴だとは思っていた。それでも別に嫌な奴だとは思わない。
「じゃあ、好きなのかい?」
「……」
それとこれとは話が違う気がする。
若干、頭が痛くなったが、ここでひくわけにはいかない。三月ウサギの腕をおさえたまま、私は三月ウサギに言い聞かせるように言う。
「嫌いだとかそうゆう理由で貴方は人を殺すの!?」
「いけないのかい?」
素でそう聞かれてしまえば、思わず言葉に詰まってしまう。
そんな私を見て、三月ウサギは優しく微笑む。
「アリス……君はとっても優しい子だね」
三月ウサギはそう言いながらもけして剣を下ろしたりはしない。
「三月ウサギ……剣を下ろして……」
「何故? まだ、首をはねてないよ」
「もう、十分でしょう。これ以上やる必要なんかない」
私が懸命にそう言っても三月ウサギはなかなか剣を下ろそうとしない。
「そんな泣きそうな顔して、どうしたんだい? 大丈夫だよ。どうせ我々は代わりがきく存在だ。一人いなくなったとしても明日になればすぐに元通りになる」
「元通りになる?」
どういう事?
ふと、ある事を思い出す。そう言えば同じような話を誰かに聞いたことがある。
あれは……確か……
「帽子屋も……同じ事言ってた……」
そう言うと三月ウサギの顔が少しだけ嬉しそうになる。
「そうかね。あの帽子屋がそんな事を言ったのか。あははっ、彼にしては珍しい事もあるものだ」
でもと三月ウサギは続け、私の方を興味深げに見る。
「どうやら大事なところは何も知らされてないようだね」
大事なところ? それって……いったい?
「やはり、帽子屋は優しすぎるな」
三月ウサギは少しだけ表情を和らげる。
ふと夢の中の二人を思い出す。
やはり二人はそれなりに親しい仲なのかもしれない。