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三月ウサギの戯言 その3

三月ウサギがいよいよ本気なったようです。きっと、本気になったら一番危ないタイプですよ。

「帽子屋!」



廊下を歩いていると突然後ろから呼び名を呼ばれ、帽子屋は眉間にしわを寄せる。



あきらかに不機嫌そうな顔をして、帽子屋が振り返る。その顔を見て、声をかけた方はすぐに後悔したような表情になる。



それが気にいらなかったのか。ますます帽子屋は嫌そうな顔をする。



「何のようだ? 眠りネズミ」



どこか苛立ったような声で帽子屋は眠りネズミを問いただす。



眠りネズミはびくびくと怯えたように体を震わせながら、小さな声で言う。



「その……三月ウサギを見かけなかったか?」



「あんな奴知るか」




力の差は歴然。帽子屋はますます不機嫌そうな顔をし、眠りネズミを睨む。



眠りネズミはそれに後ずさる。




帽子屋の機嫌が最高潮に悪い。



眠りネズミは冷や汗を流し、数歩下がって距離をしっかりととる。



「そうか……邪魔して悪かったな……」



そう言って逃げるように立ち去ろとする眠りネズミを帽子屋が鋭い声を発して止める。



「待て!」



「……っ!?」



急に呼び止められ驚く眠りネズミに帽子屋はずかずかと歩いて行く。



あっという間に離した距離が縮む。



帽子屋はじろりと眠りネズミを睨みつける。



「……」



「……何だよ」




「お前……あんな事されてよく三月ウサギを心配する気になれるな」



どこか呆れたように帽子屋がそう言うと眠りネズミが驚いたように目を見開く。



「何言って……」



「自分を殺そうとした男の心配をするなんて、愚かだと言ってるんだ」



「私は別に……心配なんか……」



「そうか? じゃあ何故そうやって必死になって三月ウサギを探しているんだ?」



帽子屋の問いかけに眠りネズミは言葉を詰まらせる。



「それは……」



困った顔をし、言いよどむ眠りネズミに帽子屋はため息をつく。



「あの男はお前に平気で銃を発砲したんだぞ?」



「そうだが……本気では……」




「そうか、あれが本気じゃないか? 楽しそうにお前を撃っていたあいつが、あの顔が本気じゃないと? そう、お前は言うんだな?」



「いや……それは……」



完全に眠りネズミは返す言葉に困り、おどおどと黙り込む。



そんな眠りネズミに帽子屋は静かに言う。



「眠りネズミ、悪い事は言わない。あいつに必要以上に近づくな。あいつは狂っている。いかれた俺が言うのも何だが、あんな奴といたって、ろくな事がおきないぞ? あんな奴心配するだけ……」



無駄だ。そう帽子屋が言う前に眠りネズミが叫ぶ。



「うるさい!」




突然出された大声に驚く帽子屋に構わず、眠りネズミは早口で続ける。



「お前に三月ウサギの何がわかるんだ! 三月ウサギは別に何も悪くない!」



眠りネズミはそう言うときっと帽子屋を睨む。



その目は涙目で、体も小刻みに震えている。それでも眠りネズミは帽子屋を真っ正面から睨みつけた。



「三月ウサギは悪くないんだ!」



眠りネズミはそれだけ言うとすぐに背を向け、その場から走り去る。



帽子屋は黙ってその背中を見おくり、眠りネズミが完全に立ち去ると小さく舌打ちをする。



「三月ウサギは悪くないだと? もとはと言えば全てあいつのせいじゃないか」




帽子屋はかぶっている帽子を深くかぶり直すと眠りネズミが立ち去った方向とは逆の方へと歩み出した。










「終わったよ! アリス、見てごらん! なかなか素敵じゃないか!」



そう言って子供みたいに三月ウサギが騒ぎ立てる。



そんな三月ウサギを見て、いい年した大人が何をとか、何で貴方が嬉しそうにするのとか思ったがそれを口にする元気がもうない。



がっくりとその場にしゃがみこみ、自分が無傷でいれた事に心の底から安堵する。



良かった。本当に良かった。



言いようのない喜びを噛み締めていると何を勘違いしたのか、三月ウサギが嬉しそうに言う。



「どうだね? 素晴らしいだろう? 素晴らしくて言葉も出ないだろう? 完璧だ! さすがは私が切っただけはある。実に見事だと思わないか?」



「そうね。見事ね」



とりあえず、耳を切り落とされなくて良かった。本当に良かった。



ちらりと鏡を見れば、綺麗に揃え直された短い髪をした自分が写っている。



短くなった髪。こう見ればなかなか似合っている。



あながち三月ウサギのセンスも捨てたものじゃない。



まあ、調子にのるだろうから絶対に言わないけど。



「私、長い髪似合ってなかったからな……」




姉さんに言われて伸ばしていたのだが私には合っていなかった。



姉さんも母さんも髪が長かった。二人ともよく似合っていた。



似合っていないのは私だけ。私は二人に全く似てないから……



「そんな事はなかったよ。長い髪の君もとても素敵だった。ただこう見ると短い髪の君もなかなか可愛いらしい」



三月ウサギは笑顔でそう言って、私の髪に触れる。



私はそんな三月ウサギを見て、にやりとする。



「そんな事言って、私を口説き落とす気?」



ちょっと皮肉って言ったのだが三月ウサギはそれに笑顔で答える。



「おや、今頃気づいたのかい? 私はさっきから、ずっと君を口説き落とそうと頑張っているんだがな」



え?



ぽかんとして三月ウサギを眺める。



三月ウサギは笑って、触れていた私の髪にそっとキスする。



「私は何とも思っていない子の隣に寝たりなどしないんだ」



にっこりと笑う三月ウサギ。



その顔に不覚にもどきりとした。



「な、何してるの!? 変態!」



そんな顔でいきなり真面目な事言うものだから、白ウサギよりもたちがわるい。



白ウサギのはどちらかと言うとどこか冗談じみた、どこか嘘っぽく聞こえてきたのに対し、三月ウサギの言葉には偽りがないように聞こえる。




そう、話がいくら噛み合わないだろうがなんだろうが、三月ウサギの言葉は常に真実だ。



三月ウサギは白ウサギのようにごまかしたりはけしてしない。



「からかわないでくれる?」



「私が君をからかうはずがないだろう? 私は本気なんだが?」



「私の反応をいちいち面白がってるようにしか見えないんだけど?」



「困ったな。やはり唇にしなければ伝わらないものなのか……」



はい? 何だって?



唇にしなければ伝わらない? 何を?



迫ってきた三月ウサギの顔に私は慌てて唇を手で隠し、守る。



それを見て、三月ウサギは楽しげに笑う。



「アリス、何をしてるんだい?」




こ、こいつ……



絶対に私の反応見て、面白がってる!



「もう、ふざけないでよ!」



「はははっ、アリスは紅茶にミルクを入れる派か。私はストレートが好みだが君の好みになら合わせてもいいな」



「どこからそうゆう話になったのよ!? 何の前ぶれもなく、話を変えないでくれない?」



「そうかそうか。さあ、アリス。君の好きなチーズケーキでも食べに行こうか」



全く話を聞いていない。



呆れる私をよそに三月ウサギは私の頭を撫でると扉へと向かう。



まさか本気でチーズケーキを食べにいく気だろうか?



「全く……何なのよ……」




突然とんでもない事を言い出したかと思ったらすぐにいつもみたいに戻って……



「不思議の国の住人なんてみんなこんなものか……」



私は仕方なく、三月ウサギの後に続いて部屋を出た。

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